第17章:さよならよりも、ありがとうを〜問題用務員、闘技場決勝戦無断棄権事件〜
第1話【異世界少年と決勝戦】
観客席はお通夜のような雰囲気に包まれていた。
ショウの隣に腰掛ける学院長のグローリア・イーストエンドやその隣にいる副学院長のスカイ・エルクラシスは、青褪めた表情で
観客たちの心境は、もう闘技場を純粋に楽しめるような気分ではなかった。理由はもちろん、準決勝に乱入したショウの父親であるキクガの存在だった。
ユフィーリア以外が優勝すれば、全員揃って仲良く冥府へ連行される。そんなことを彼は脅しかけてきたのだ。
「ユフィーリアってば、絶対に面白がって棄権するよね」
グローリアがポツリと呟く。
「『そっちの方が面白そう』ってあっけらかんと言いそうだよ」
「確かにそう言いそうですね」
ショウも納得したように頷いた。
長い付き合いではないが、彼女は世の中の物事を『面白い』か『面白くない』かで判断する節がある。何事に関しても『面白いこと』以外はやりたくないようで、あそこまで脅しかけられればわざと負ける可能性も非常に高い。
ただ、今回の
ショウの反対隣に座るエドワードは、
「まあ多分ねぇ、ショウちゃんのこともあるから決勝戦には出てくると思うんだけどねぇ」
「君たちはいいよね!! 冥府に連行されないんだから!!」
グローリアはショウたち問題児を睨みつけると、
「僕たちはそれどころじゃないんだよ!!」
「ショウちゃん本人の承諾なしにキスを優勝賞品にするそっちの方がおかしいと思うけどねぇ。キクガさんにバレたらこんなことになるって思わなかったのぉ?」
「エドワード君に正論で言い負かされるのは初めてだよ!!」
エドワードの正論によって撃沈したグローリアは、シクシクと静かに泣き始めた。自業自得というか、彼の場合は監督不行き届きだろうか。
ショウだって、最初から打診されていれば考えたものだ。考えるだけで絶対に断っていたが、ユフィーリアや他の用務員の先輩たちが出場するのだったら唇の手入れまでしっかりやってから引き受けたと思う。
それなのに今回の優勝賞品は無断である。ショウだって全く聞いていなかったし、学院内で『学院の天使』など囁かれていること自体が初耳である。ユフィーリアが怒るのも当然だ。
なのでユフィーリアの優勝を邪魔するのであれば、ショウは容赦しない。父親に通報して連帯責任で冥府に叩き込んでやる。
『さて、残すところ決勝のみとなりました』
実況のアシュレイ・ローウェルが静かに語り出すと、それまでざわめいていた観客席が途端に静かになる。
『ここまで様々な困難があり、さらに現在ではとある人物が負ければ全生徒・全教職員が冥府で罪人1日体験コースという非常に嫌な罰がついてきます。何故こんなことになってしまったのでしょう、それは問題児とはいえ「学院の天使」と呼ばれる彼へ安易に触れてしまったからです』
よく分かっているようで何よりである。実況席のアシュレイ・ローウェルは髪の毛をモジャモジャヘアーにするだけにしてやろう。
『ですが、ようやく我々の戦いも決着がつきます。彼女には負けなし、優勝はすでに決まったようなものです。これからは打診しますね問題児、お前らを敵にすると後が怖い』
「ぜひそうしてねぇ、全力で叩き返すからねぇ」
「殺す!!」
「全裸にひん剥いて尻に太い針を突き刺してやるワ♪」
「真っ黒焦げにしてやる」
アシュレイ・ローウェルに対して、ショウたちはそんな答えを返していた。当然の反応である。見せ物になるのは時と場合による。
まあ、彼らに言葉など届く訳がない。聞こえていたのはせいぜいショウの隣にいる学院長と副学院長の役員コンビぐらいだろう。
ショウはファンサービス用の団扇を両手に握りしめる。
この団扇はグローリアに魔法で作ってもらったものだ。ユフィーリアがファンサービスをしてくれるたびに心臓がおかしくなるのだが、どうしても止められない。これはもうある種の麻薬である。
ちなみにファンサービスを知っているのは、元の世界で通っていた学校の女子生徒に熱心なアイドルオタクがいて、そこから知識は仕入れたのだ。余計な知識だと捨てないでよかった。
『それではまず登場していただくのは、今回の
ショウは赤い瞳を瞬かせる。
ついにこの世界のサムライがユフィーリアと戦うことになるのだ。準決勝でも神速の居合で相手の衣服をズタズタに切り裂いていたが、刀剣の扱いは達人の領域に届いていると言ってもいい。
さしものユフィーリアでも、今回の相手は手強いだろうか。むしろ今までの挑戦者が弱かったのだ。決勝戦ぐらい骨のある猛者と戦って、格好良く勝利を収めていただきたい。
『肌身離さず持ち歩くカタナはすでに奴の1部。奴の領域に足を踏み入れれば最後、目にも止まらぬ速度の居合で相手を斬り裂く!!』
ガラガラと音がして、
黒い髪を
特徴的な部分は、彼の腰に差した刀だろうか。黒い鞘と銀色の鍔、そして毒々しい赤い柄が目を惹く日本刀である。展示物や教科書の記載以外で本物を見たのは初めてだ。
何だかむさ苦しい男である。準決勝でユフィーリアと戦っていた気障な美男子より断然マシだが、どうにも隙を見せない緊張感のような空気が漂っている。触れただけで指先が切れてしまいそうな雰囲気だ。
『極東地域からの殴り込み、どんな強敵相手でも決して諦めることのない不撓不屈の精神で優勝を狙う。――サカマキ・イザヨイ!!』
わッと歓声が彼に送られる。それまでの挑戦者とは比べ物にならないぐらい盛大な声援だった。
それだけ彼の優勝を望む観客が多いのだろう。もうヤケクソ気味になっている様子だった。冥府に連れて行かれようが何だろうが、問題児筆頭であるユフィーリアに優勝されたくないのか。
ショウはあんなむさ苦しい男にキスを送るなんて絶対に嫌なので、ユフィーリアにぜひ勝ってほしい。
『さてお次は絶対に優勝しなければ我々の冥府行きが確定します、未来を背負った魔法の天才!!』
次の紹介はユフィーリアのようだ。ショウはファンサービス用の団扇をふりふりと振りながら、最愛の恋人が登場するのを待ち構える。
『彼女に勝てぬ相手なし、常勝無敗のチート魔女。極東地域で生きる猛者を超えられることが出来るだろうか!?』
固唾を飲んで見守る中、ガラガラと音がショウの耳朶に触れた。ユフィーリアが登場する合図である。
期待に満ちた眼差しで
それは、
『今宵の
ヤケクソ気味な歓声が送られるものの、銀髪碧眼の魔女は
『え、ちょ、待って待って待って。何で出てこない? まさか、え、逃げた?』
実況席のアシュレイ・ローウェルが青褪めた顔で身を乗り出すが、やはりそこにユフィーリアの姿はない。どこを見渡しても存在しない。
やはり全校生徒と全教職員が冥府に叩き込まれる姿が見たいのか、あえて決勝戦から逃げ出したのだろうか? 予想はしていたが、まさか本当に出ないとは思わなかった。
すると、アシュレイ・ローウェルに1人の女子生徒が駆け寄った。彼に何やら折り畳まれた紙を渡してから、そそくさとその場から立ち去る。
『えー、たった今ユフィーリア・エイクトベル選手から伝言が届きました。読み上げます』
アシュレイは折り畳まれた紙を広げて、そこに記載された文章を声に出して読み上げる。
『所用の腹痛で決勝戦は出れません、メンゴ』
あまりにも軽い調子の謝罪文に、観客の誰もが「はあ!?」「何だよそれ!!」などと文句を叫び始めた。
そう叫びたくなる気持ちも理解できる。生徒や教職員側からすれば、ユフィーリアが優勝しなければ冥府に連行されて罪人1日体験コースという拷問を受けるのだ。可能であれば痛い思いはしたくないはずである。
アシュレイは『続きがありまーす』と文句が犇めく闘技場の観客に呼びかけ、
『代役を頼みましたので、ソイツが決勝戦に出ます。ヨロチク』
最後の最後までふざけた伝言である。彼女なら言いそうだが。
『えー、代役ですって。誰でしょうね、先輩』
『問題児の代役ですから問題児にしか務まらないのではないでしょうか?』
え、とショウは先輩用務員たちに振り返る。
エドワード、ハルア、アイゼルネも代役に関しては初耳の様子だった。彼らさえ何も聞かされていないのであれば、代役として決勝戦で戦うのは彼らではないということになる。
果たして代役とは誰のことを示しているのだろうか。ユフィーリアの代役が務まるほど強い人物などいたのか?
誰もが理解不能と言わんばかりの空気に包まれる中、アシュレイが『この方です』と代役を闘技場内に誘い込む。
「…………」
足を踏み込んだのは、さながら浮かび上がった影のようである。
黒い
手袋で覆われた彼、あるいは彼女の手には銀製の鋏が握られていた。
ゆっくりと、足音もなく、まるで散歩でもするかのような気軽さで闘技場内にやってきたのは、顔のない死神である。
「第七席……【
ショウの口から、その無貌の死神に与えられた名称が滑り出る。
それが、ユフィーリア・エイクトベルという問題児筆頭の代役として、闘技場の決勝戦に現れたのだ。
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