第4話【問題用務員とファンサ】
第2試合。
「…………」
「…………」
3秒ほど睨み合っていたユフィーリアと挑戦者たる生徒は、ユフィーリアが静かに地面を指差したことで相手は即座に土下座で棄権を宣言した。
第3試合。
「…………」
「…………」
第4試合。
「はッ、問題児だからって相手は女だろ? どうせ力では勝てねえんだ、何を怯える必要が」
「…………」
「ぉッ、お゛」
大口を叩いていた男子生徒に歩み寄ったユフィーリアは、問答無用で相手の股間を蹴飛ばして男の尊厳を潰した。相手は保健室送りになった。
「ふぅー…………」
第4試合終了後の控え室は、もはやツンドラ地帯の如き寒い空気が漂っていた。
理由は言わずもがな、ユフィーリアを中心として展開されていた。魔法が禁止された
超絶不機嫌なユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管をぷかぷかと吹かしている。苛立ちのせいか貧乏ゆすりも止まらない。この食事を取り上げられた肉食獣のような獰猛さを見せる不良問題児をどうにかしてくれ、とユフィーリアと同じ控え室を利用する挑戦者の面々は誰もが思った。
「あ、あのぅ……ユフィーリアさーん……?」
「あ゛? 誰が名前を呼んでいいって言った、ぶっ殺すぞ」
「ひいッ!!」
ユフィーリアの煙管を注意しにきた運営側の生徒は、引き攣った悲鳴を漏らして控え室から飛び出していく。
可哀想だとは思うが、
不機嫌全開で運営側の生徒にも挑戦者の生徒にも当たり散らすという迷惑極まりないユフィーリアへ、運営側がまさかの客人を連れてきた。
「ユフィーリアさーん……そのぅ……」
「あ゛?」
控え室の扉を僅かに開いて顔を覗かせた運営側の生徒は、睨みつけてくるユフィーリアに涙目で来客がある旨を伝える。
「あ、あのぅ、ぜひ応援したいという人がですねぇ……会いに来てらっしゃるのですがぁ……」
「やあユフィーリア、君の快進撃は素晴らしいね」
運営側の生徒を押し退けて控え室にやってきたのは、学院長のグローリア・イーストエンドだった。もはや命知らずと言っていいだろう。威嚇中の肉食獣を想起させる気迫を纏わせるユフィーリアに、意気揚々と話しかけに行ったのだから。
案の定と言うべきだろうか、木箱を椅子の代わりにしていたユフィーリアはツカツカとグローリアへ歩み寄るなり顔面を鷲掴みにした。
そのまま5本の指先に力を込めて、グローリアの顔面を凹ませてやろうと企む。ショウの実父であるキクガ直伝のアイアンクローだ。
問題児筆頭による無言のアイアンクローを食らって「イダダダダダダダダダダ」と叫ぶグローリアは、
「何するのユフィーリア!? 僕は純粋に君のことを応援に来たんだよ!?」
「冷やかしだろ。その眼球を抉り取って糸を通して装飾品にするぞ」
「発想が物騒!!」
ユフィーリアのアイアンクローから抜け出したグローリアは、顔が凹んでいないか確認する。「よかった凹んでなかった……」と安堵の息を吐いていた。
「せっかくの
「ショウ坊の唇がかかってるってのに戦意を削ぎ落とす以外の方法があるとでも?」
「イダダダダダダダダダダまた顔面を握り潰さないでよ痛いじゃないか!!」
グローリアに2度目のアイアンクローを仕掛けるユフィーリアは、
「ショウ坊を優勝賞品にする時点でアタシに喧嘩を売ったと同義なんだよォ!!」
「確かに君の恋人であるショウ君を優勝賞品にするのはいけないことだと思うけども!! でもこれは生徒が目一杯考えた娯楽なんだから楽しませてあげなきゃダメでしょ!!」
2度目のアイアンクローを何とか引き剥がすことに成功したグローリアは、
「こ、この技を使いたくなかったけれど使うしかないようだね……!!」
「あ?」
何やら使命感に駆られているグローリアは、控え室の外に待機していただろう人物へ向かって「入ってきなよ」と呼びかける。
まだ他にも来客がいたのか、3度目のアイアンクローを食らわせてやる。
ユフィーリアがゴキンと自分の指の骨を鳴らしたところで、控え室の扉がゆっくりと開いた。僅かに開かれた扉の隙間からピョコッと顔を覗かせたのは、
「ゆ、ユフィーリア」
「ショウ坊? どうしたこんなところまで」
「学院長を脅し……頼み込んで、控え室に入れてもらったんだ」
恥ずかしそうにはにかむうさ耳メイド少年――ショウだった。
ショウの登場によってユフィーリアの殺気が一気に解消された。空気の清涼剤であり学院の天使と呼ばれるだけのことはある。
愛らしいうさ耳メイド少年の登場に、控え室の生徒たちが「救世主だ」「やはり天使……」などとふざけたことを言っていたが、そんなことなど気にならないほどユフィーリアの苛立ちも霧散して消える。もう可愛くてしょうがなかった。
ちょっと不穏な言葉が聞こえた気がしたがご愛嬌である。上手く学院長のグローリアを使えるようになって、ユフィーリアは安心した。
「あの、実はユフィーリアにお願いがあって」
「ん? 何だ、ショウ坊。
ユフィーリアが笑顔で拳を握り込んだところで控え室に緊張感が走るが、ショウは「違う違う」と首を横に振って否定したことで
それ以外のお願いが思いつかないユフィーリアは、不思議そうに首を傾げる。闘技場をぶっ潰す以外に彼へしてやれることなどユフィーリアにあっただろうか?
ショウは後ろ手に隠していたものをユフィーリアに見せ、
「ファンサをしてほしい」
彼の両手には目立つように飾られた団扇が握られていた。真っ黒く塗り潰された団扇の表面には『ユフィーリア』の文字が、そしてもう片方の団扇には『ばーんして』と文字が並んでいる。手作り感が満載の団扇だった。
その団扇を両手でふりふりと振るショウの、何と可愛いことか。邪悪な空気が一気に浄化されるような感じである。闘技場をぶっ潰すという行動が馬鹿みたいに思えてきた。
可愛さのあまり天井を仰ぐユフィーリアに、ショウはコテンと首を傾げて「ダメか……?」と問う。
「ダメじゃない、ダメじゃないけど『ふぁんさ』ってのが分かんない」
「ファンサはファンサービスの略称で、この団扇に書かれてる動作をしてほしい」
「じゃあこの『ばーんして』ってのをすればいいのか?」
自分で言っておきながら、その『ばーんして』というファンサービスのやり方すら分からない。どうしたものか。
ショウの要求に応えてやりたいのは山々だが、その問題の『ばーんして』が解明できない以上、ユフィーリアは出来ない。これは挑戦者である生徒をばーんと放り投げろということなのだろうか?
するとショウが「こうやるんだ」と親指と人差し指を立てて、
「ばーん」
「うぐぅッ」
「撃たれた!?」
「何故か……心臓に来た……」
胸を押さえて悶絶するユフィーリアは、ショウのあまりの可愛さに心臓を貫かれた。これは破壊力が高い。
だがファンサービスのやり方も分かった。これならショウの要求も簡単に叶えてやれそうだ。あまり難しいものだと自信がなかったので有難い。
すると、運営側の生徒が「ユフィーリアさん、第5試合です」と呼びに来た。それまで辛く当たっていたことが影響しているのか、生徒は目に涙を溜めていた。
「じゃあ行ってくる、ショウ坊」
「ああ、頑張ってくれユフィーリア」
満面の笑みで送り出してくれる恋人に笑いかけ、ユフィーリアは第5試合に向かった。
☆
『さ、さて、ここまで常勝無敗というより殺気だけで挑戦者の数々を仕留めてきた問題児筆頭、ユフィーリア・エイクトベルのご登場です』
実況席に座るアシュレイ・ローウェルは、どこか落ち込んだ声でユフィーリアを第5試合の会場へ誘った。
どうせ変わり映えしない試合運びになると、観客たちも思っているのだろう。歓声などなかったが、1部から「ユーリ頑張れぇ」「殺せ!!」「絞めちゃエ♪」などと野次が飛んできた。
それまで不機嫌全開だったユフィーリアの足取りは軽く、鼻歌混じりに悠々と第5試合の会場へ足を踏み込んだ。静かな戦場を優雅に、そして楽しそうに歩くユフィーリアの姿を見て、アシュレイが『おや、ご機嫌なご様子ですね』などと言う。
ちら、と観客席を見上げれば、ショウが先程見せてくれた団扇を掲げていた。すでに観客席に戻っている様子でよかった。控え室の生徒どもに乱暴なことをされたら、それこそ闘技場を潰すところだった。
「えーと、どうするんだっけ」
ショウが見せてくれた動作を思い出しながら、ユフィーリアは親指と人差し指を立てる。人差し指の先端を観客席で団扇を振るショウに向け、
「これでいいのかな、と」
バチコーンと片目を瞑って『ばーんして』を決めてみた。片目を瞑るところまでは分かっていないが、自分でもやってみたらいいと思っただけだ。
団扇を握りしめるショウは、ユフィーリアのファンサービスを受けると頬を真っ赤に染めて隣に座るエドワードに抱きついていた。ついでに彼の腕へ頭突きもしていた。何か声にならない言葉を叫んでいるようだったが、ユフィーリアの認識できない言葉だった。「てえてえ」と叫んでいたような気がする。
これでいいのか疑問だが、観客席全体にもユフィーリアのファンサービスに衝撃が走った模様である。「一体あれは何?」「誰かを射抜いた?」とヒソヒソと話し合っていた。
『おっとぉ? これは先程までの態度とは違いますねぇ、トレイル先輩』
『そうですね、ご機嫌なことは確かです』
『これは次の戦いも期待できそうですね!!』
実況席で好き勝手に騒ぐアシュレイは、
『それでは第5試合の開始です!!』
試合開始を告げる鐘が
観客席で固唾を飲んで見守るショウを一瞥し、せめて彼とエドワード、ハルア、アイゼルネの4人を楽しませる努力はしようと考えるユフィーリアだった。
だけどやっぱり生徒が相手だと実力差がありすぎるので、第5試合はユフィーリアも大いに手抜きしたにも関わらず相手生徒の自滅によって試合終了を迎えることになった。盛大なブーイングが飛んできたが、今回ばかりはユフィーリアのせいではない。
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