第4話【問題用務員と厄介な客】
4時間目の授業が終われば、待ちに待ったお昼休みの時間である。
生徒たちはこぞってヴァラール魔法学院に併設されたレストランに向かうのだが、中には購買部で販売されている弁当や飲み物、お菓子などを求めてやってくる生徒も少なくない。
ただでさえ狭い店内が満員になるほど客が押し寄せ、問題行動を除けば超優秀と言われる用務員たちでもてんてこ舞いになるほど忙しかった。多分、大半の生徒は「問題児が真面目に働いてる」などという興味本位で購買部を訪れたのかもしれないが。
「おいまだかよ!!」
「こっちはずっと並んでるんだぞ!!」
「遅えぞ店員!!」
学生たちで賑わう店内に、相手の心を確実に傷つける類の罵声が飛び交う。
会計待ちで出来た長蛇の列に並ぶ学生たちの何名かが、モタモタと商品の精算をしていく店員に怒鳴り散らしていた。他の学生たちもどこかイライラ気味だが、彼らのように罵声を上げたりはしなかった。
おそらくだが、他の客が苛立っているのは店員へ罵声を浴びせる迷惑な客に対してだろう。ただ下手に口を出せば標的が自分に向きかねないので、黙って聞かなかったことにしているようだ。
まあ店員に対して罵声を浴びせたところで、会計台の前に立つ問題児たちには一切通用しないのだが。
「お次のお客様、お待たせしました」
さらに商品を紙袋に詰めていく作業は、手先の器用なアイゼルネが担当していた。収穫祭でもないのに橙色の
次々と客を捌くショウとアイゼルネの組み合わせを店裏から覗きながら、ユフィーリアとエドワードは商品在庫の確認と陳列を急いだ。もう面倒なので陳列は魔法を使っている。これも魔法の大天才と言われたユフィーリアだからこそ成せる技だ。
「ユーリ、いいのぉ?」
「何が?」
木箱から次々と出されるお菓子の袋を魔法で陳列しながら、ユフィーリアはエドワードの何気ない質問に応じる。
「ショウちゃんとアイゼ、あれだけ罵声を浴びせられて心が折れないのぉ? 俺ちゃんが代わろうかぁ?」
「ああ、平気だ平気」
ユフィーリアは「あとは何がないっけ」などと店内状況を確認しながら商品の詰められた木箱を探し、
「
「30セメル(センチ)だとぉ、大体目の前のお客様ぐらいしか聞こえない程度かねぇ?」
「そうそう。あと会計中の客と次に待機する客との間は一定の距離を置いてるから、2番目の客が暴言を吐いてもショウ坊とアイゼの耳には入らねえよ」
ユフィーリアが厄介な客どもの対策をしない訳がなかった。可愛い部下であるアイゼルネと可愛い新人であり恋人でもあるショウを、誰かの悪意によって傷つけられるのを良しとする訳がない。
そんな訳で早々に対策済みである。目の前の客以外の言葉を聞こえなくさせてしまえば、彼らも安心して業務が出来る。会計に焦りは禁物なのだ。
雪の結晶が刻まれた
「あれぇ? そういえばハルちゃんはぁ? こういう時にああいった迷惑なお客さんをぶっ飛ばしてもらわないとぉ」
「ああ、アイツには特別なお仕事を任せてるから大丈夫だろ」
「特別なお仕事ぉ?」
「こんな狭い店内で乱闘騒ぎなんて起こせば、店長に怒られるだろ。店長を敵に回して購買部の商品が安く買えなくなったら困るんだよ」
「あーねぇ、何か知らないけど購買部に贔屓にされてるよねぇ」
学生たちは知らないが、実はユフィーリアたち問題児は購買部の商品を全品いつでも2割引きで買えるのだ。
理由は、黒猫店長と現在のお嫁さんを引き合わせたのがユフィーリアたち問題児である。美人なお嫁さんと何とか仲良くなりたいと思っていたらしい黒猫店長に、商品を安く買える取引を持ちかけて協力し、この度見事にゴールインを果たしたのだ。
実はそのゴールインに協力したのはユフィーリアただ1人なので、エドワードたちは何故購買部から贔屓にされているのか分からないのだ。「とりあえず年がら年中セールでもやってんだろ」と思い込んでいるらしい。
「だから購買部とあんまり揉めたくないんだよ」
「まあ、ユーリがそう言うならあんまり言わないでおくけどねぇ」
肉が中心となった弁当を木箱から出したエドワードの腹から、ぐぎゅるるるるという盛大に腹の虫が抗議の声を上げた。
そういえば、昼間から働き詰めである。勤勉・勤労の言葉から1番遠い存在の問題児が、真面目に購買部の店番をしているのだ。まあ多少はふざけたかもしれないが、それでも昼間からずっと忙しなく働いている。
これだけ働けば腹が減るのは早い。特にエドワードは大食いなので、弁当1個だけでは満足できないだろう。
ユフィーリアはガサガサと木箱から個包装された
「エド、これ食っとけ」
「ええ? いいのぉ?」
「お前に倒れられちゃ困るんだよ。ただでさえ人手が足りないのに」
「助かるぅ」
エドワードはユフィーリアから
ユフィーリアは麵麭の代金を
さて、そろそろ頃合いだろうか。商品を陳列する作業を一旦止めて、麵麭を3口で食べ終えてしまったエドワードに視線をやる。彼もやるべきことを理解したのか、神妙な表情で頷いた。
ユフィーリアとエドワードは店裏から店頭にやってくると、会計の業務に勤しんでいたショウとアイゼルネの肩を叩く。
「ショウ坊、アイゼ。交代」
「2人は働き詰めだったしぃ、ちょっと休んでてねぇ。俺ちゃんたちが代わるからねぇ」
「え、でもまだお客さんが……」
「おねーさんたちは平気ヨ♪」
唐突な交代を命じられて困惑するショウとアイゼルネを強制的に店裏へ連行し、ユフィーリアは木箱から取り出した飲み物を押し付ける。冷えていなかったので魔法を使って少しばかり冷やしておいた。
チョコンと木箱に並んで座らされ、困惑気味に休憩を取り始めるショウとアイゼルネの姿を確認してから、ユフィーリアは店頭に戻った。さて、今度はユフィーリアとエドワードが客を捌く番だ。
ちなみにお次でお待ちのお客様は、先程からショウとアイゼルネへさんざっぱら罵倒を浴びせた迷惑客である。
「いらっしゃいませェ、お次のお客様どうぞォ」
「怖くないよぉ、おいでぇ」
ユフィーリアとエドワードは、それぞれ笑顔で対応する。
迷惑客は昼食を買いに来た教員ではなく、地味な格好をした男子生徒である。眼鏡の奥にある三白眼がギョロギョロと忙しなく動く。その後ろに続く2名の男子生徒も似たような格好をしており、自分よりも弱い立場にいる人間相手にしか威張れないのだろう。
普段は迷惑を被っている問題児が店番をしていると分かって、ここぞとばかりに日頃の鬱憤を晴らしに来たか。しかも会計に立っているのが問題児の中でも弱いと言ってもいいショウとアイゼルネである、不平不満をぶち撒けて泣かそうとでも画策したのだろうか?
そうは問屋が卸さない。部下を守るのも上司の仕事である。
「ぇ、あ、あの」
「お次のお客様どうぞって言ってんだろうが早くしろ」
「はいぃ……」
涙目になって会計台の前に立つ男子生徒は、抱えていたお菓子と飲み物を会計台に置く。目の前に立ったら仕返しされると勘違いしているのか、全身がガクガクと震えていた。
ユフィーリアはお菓子と飲み物を雑な手つきで精算機に通し、エドワードに手渡してやる。エドワードは黙ってそれを受け取ると、やはり包装ごとお菓子と飲み物を食らった。
ちーん、と音を立てて
「はい、325ルイゼ」
「え、えと、あの目の前で食われて」
「あ゛?」
「何でもないですはいすみません」
震えた手で財布から1,000ルイゼを取り出し、ユフィーリアに差し出す男子生徒。
ユフィーリアは1,000ルイゼを
男子生徒は「あの、お釣り……」と小声で求めてくるが、
「ありがとうございましたァ」
「またのお越しをお待ちしておりますぅ」
「え、あの……その……」
男子生徒がぷるぷると震えながら店員の態度を指摘するが、
「とっとと帰れ」
「2度と俺ちゃんたちの目の前に現れんじゃねえぞ、クソガキ」
有無を言わせぬ命令に、男子生徒は何も言えずに慌てて購買部から飛び出した。その後ろで並んでいたはずの男子生徒たちも商品を放り出し、逃げるように購買部を去った。
もう少しぐらい根性を見せてほしかったのだが、残念だ。敵前逃亡をするとは情けない連中である。
客に対して理不尽な態度で応じたのはそれきりで、残りの客に関しては普通に接客をしたユフィーリアとエドワードであった。
☆
「ちくしょう、あの問題児どもめ!!」
購買部から無様に逃亡した3人の男子生徒は、計画を邪魔されたことで苛立ちを覚えた。
普段から問題行動ばかり起こす用務員が、購買部で真面目に店番なんかしていたのだ。しかも問題児の中でも虐めやすそうなメイド少年と南瓜頭の娼婦が店頭に立っていたのである。これはもう虐めるしかないと購買部に意気揚々と足を運んだのだ。
ところが彼らはいくら罵声を浴びてもケロリとしたもので、ようやく順番が回ってきたと思えば寸前で問題児の中でも1番やべえ問題児と交代する始末だ。案の定、コテンパンにやられておめおめと逃げてきた訳である。
「どうする?」
「生徒がいなくなった頃合いを見計らってもう1度……」
「いやでも、絶対にあっちの方が」
頭がいい、と誰かが言ったその時だ。
じゃりッ。
砂を踏む音が、男子生徒たちの耳朶に触れる。
どきりと心臓が跳ねる。ぶわりと冷や汗が全身から噴き出てくる。
そういえば、と購買部での出来事を思い出していた。会計台に立つメイドと南瓜頭の娼婦に気を取られていて頭が回らなかったが、あと1人、とびきりやべえ問題児が購買部にいなかったのではないか?
男子生徒たちがおそるおそる音の方向へ振り返ると、
「…………」
満面の笑みを浮かべた、黒いつなぎ姿の少年が立っていた。
爛々と輝く琥珀色の双眸を覆い隠すように頑丈なゴーグルを装着し、狂気的な笑顔を保ったままこちらを見据えている。普段の喧しさはなく、何故かただそこに立っているだけで気味が悪い。
そう、彼こそが問題児の中でもとびきりやばい問題児で――。
「ご利用いただき、ありがとうございます!!」
壊れた笑顔の少年は元気な声で購買部の利用に対してお礼を言うと、
「じゃあ6ヶ月の保健室送りにするね!!」
唖然と立ち尽くす男子生徒めがけて襲い掛かった。
回想開始。
『ハル、お前に特別なお仕事を与えよう』
『何すればいいの!?』
『これから店頭にはショウ坊とアイゼを立たせる。そうするとちょっと乱暴な客も出てくる』
『殺せばいいの!?』
『馬鹿野郎、店内でそんな乱闘騒ぎを起こすな。こういうのは店を出てから狙うんだよ』
『でもその場じゃないとオレ分かんないよ!!』
『だから分かるように目印をつけておく。お前にはこの魔法のゴーグルを渡しておくから、×印がついた奴らを全員まとめて保健室送りにしろ。全治6ヶ月ぐらいの重傷を負わせてやれ』
『どの程度の怪我!?』
『両手と両足が変な方向に曲がるまでなら許す』
回想終了。
「動かなくなっちゃった!!」
購買部の裏手に広がる森の中、動かなくなってしまった3人の男子生徒を踏みつけてハルアは両手から真っ赤な血を滴らせながら笑う。
言われた通りに両手と両足を折るだけで済ませるはずだった。ちょっと暴れたので静かにしてもらったのだが、いつのまにか動かなくなっていたのである。まあ大切な後輩と大切な同僚を傷つける生徒はいらないし、死んでも問題ないか。
ハルアは「汚れちゃった!!」と死んだ男子生徒たちの制服で真っ赤な手を拭いてから、
「あとで埋めてあげるね!!」
物言わぬ死体たちを購買部の裏側に放置して、ハルアは再び森の中から購買部を出て行く生徒たちを観察する。
×印は必要のない証。必要のない生徒を探す為、問題児で1番の暴走機関車野郎は静かに息を潜めながら生徒たちを眺めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます