第6話【問題用務員と魔力回復のキス】

「さて、私は冥府へ戻ることにしよう。冥砲めいほうルナ・フェルノを勝手に持ち出した挙句、研究材料に使うなどという窃盗犯どもを説教してやらねばならない」



 髑髏どくろ仮面で再び顔を覆い隠したキクガは、純白の鎖を引いて簀巻きの状態にした学院長のグローリアを逃さないようにする。

 魔法はおろか神々の権能さえ封じる冥府天縛めいふてんばくに拘束された状態では、さすがにグローリアも抜け出すことが出来ない。しくしくと涙を流しながら「純粋に研究しようと思っただけなのにぃ」と嘆いている。


 ずるずると冥府天縛で拘束した学院長及びその他研究に加担した教職員を引き摺り、キクガは片手を振って召喚した冥府の門を潜ろうとする。髑髏が支える観音開き式の扉が開いたところで、髑髏仮面の神父様は「あ」と思い出したように口を開いた。



「ショウ」


「何だ、父さん?」


「これは君に渡そう」



 そう言ってキクガが息子のショウに渡したものは、純白の鎖で雁字搦がんじがらめに拘束されていた白い三日月――冥砲めいほうルナ・フェルノである。

 純白の鎖から解放された冥砲ルナ・フェルノは脱兎の如くキクガから距離を取り、ショウの背中に隠れてしまった。ユフィーリアとショウが気絶している間に何があったのか聞きたくなるほど態度が変わっていた。


 背中に隠れる冥砲ルナ・フェルノを見上げたショウは、



「これは父さんが管理するのではないのか?」


「せっかく適合者が現れたのだから、君が使いなさい。きっと君の力になってくれるはずだ」



 冥砲めいほうルナ・フェルノにキクガが「そうだろう?」と問えば、慌てた素振りで冥砲ルナ・フェルノが上下に揺れた。それは肯定と捉えていいものなのか。



「それではユフィーリア君」


「あ、はい」



 純白の鎖で拘束した盗人どもをずるずると引き摺るキクガは、冥府の門を潜ったところでユフィーリアへと振り返る。



「ショウのことをよろしく頼む」



 それに対してユフィーリアは親指を立てて、清々しい笑顔で応じる。



「任せろ、絶対に幸せにするから」



 キクガはユフィーリアの自信満々な返答を受けて小さく笑うと、冥府の門の奥に消えていった。順調に盗人どもが冥府の門を潜っていっているので、冥府に連行されるのも時間の問題だろう。

 冥王の説教を5時間と言っていたが、本当に5時間で終わるのだろうか。グローリアが抵抗を示した時に「冥王は48時間でもいい」と言っていたのだが、本当に48時間の説教をぶっ続けでやれば声が枯れないだろうか。


 まあそんな話は置いといて、だ。



「おいおい、冥砲めいほうルナ・フェルノなんて貰って大丈夫なのかよ……」



 ショウの背後に一生懸命隠れる冥砲めいほうルナ・フェルノを一瞥し、ユフィーリアは口元を引き攣らせる。


 冥砲ルナ・フェルノはショウの身体を乗っ取った前科がある。

 ヴァラール魔法学院の火事はショウの身体を乗っ取った冥砲ルナ・フェルノが原因だし、いつまたショウが操られるか分かったものではない。


 だが、ショウは冥砲ルナ・フェルノに寛容だった。歪んだ白い三日月を優しい手つきで撫でると、



「大丈夫だ、ユフィーリア」


「どこにそんな自信があるんだよ」


「あれが『もうしません』って言ってるから」



 あれ、とショウが示した方向にはゆらゆらと揺れる腕の形をした炎が何本も生えていた。めらめらと燃える炎が文字を描き、ショウの言う通り『もうしません』と反省の言葉が並んでいた。

 確か冥砲めいほうルナ・フェルノに付随する能力だったか。あの腕に氷柱を受け止められた記憶がある。


 ショウはしょんぼりと垂れる炎の腕に近寄り、



「貴方たちは一体何なんだ?」



 めらめらと燃える炎が形を変え、さらに文字を描いた。



『ぼくたちえんわんです』


「エンワン?」


「炎の腕って書いて炎腕えんわんだな」



 ユフィーリアもその程度の知識なら持ち合わせる。


 月砲げっぽうルナ・サリアが冥砲めいほうルナ・フェルノに改造された際、色々と冥王本人から権能を渡されたようだ。その1つが腕の形をした炎――炎腕えんわんである。

 逃げる標的を拘束したり、冥砲ルナ・フェルノの主人が落下しないように補助する役目を持っている。主人には炎の熱さは伝わらず、どこからか腕がいっぱい生えてくる便利な機能となるだろう。


 ショウは「なるほど」と頷き、



「じゃあ、今日からよろしく頼む」



 そっとショウが手を差し出せば、彼の滑らかな手に炎腕えんわんが握手をしてきた。冥砲めいほうルナ・フェルノの主人であると彼らも認めたのだ。



「はいはい、何かいい感じに終わろうとしてますけどー」



 いい雰囲気が唐突にぶち壊され、ユフィーリアはうんざりとした表情で声の投げかけられた方向を見やる。


 大半の教職員はキクガによって連れて行かれてしまったので、残り少なくなった教職員で1万人を超す生徒たちの面倒を見なければならないのだ。

 その筆頭となるのが、副学院長のスカイ・エルクラシスである。彼はグローリアの研究に加担しなかった教職員の1人の様子で、目元を覆う布越しに睨みつけられているのが分かる。



「学院の校舎を直してもらわなきゃ困るッスよ」


「副学院長が直せよ、アタシは魔力がねえもん」



 魔力欠乏症マギア・ロストの回復薬は服用したが、まだ完全に魔力が回復されたとまではいかないのだ。これで校舎を直すとなったら、また魔力欠乏症に陥ってしまう。


 ところが、スカイは「ボク無理ッス」と言って首を横に振った。

 天下のヴァラール魔法学院の2番手、副学院長様が放った言葉はまさかの否定である。これはどうするべきなのか。



「ボク、そこまで魔力が馬鹿みたいにある訳じゃないんスよ。広い校舎なんて直すほど魔力ないッス」


「はあ? じゃあ誰が直すんだよ」


「だからアンタッスよ、ユフィーリア。全ての魔法を手足の如く操る魔法の天才様は、実は魔力量も学院長のグローリアと同じなんスよ。知ってた?」


「知らなかった」



 自分の魔力量を測定する機会なんてなかったので、スカイに指摘されて初めて知ったユフィーリアである。


 ただ、ユフィーリアも今は魔力を回復している最中だ。魔力が全快すれば校舎を直すことも造作ではないのだが、ないものはないのだ。

 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥えるユフィーリアは、



「じゃあせめて残った教員で修繕魔法を手伝えよ。それぐらいなら出来るだろ」


「その程度なら協力できるッスよ」


「じゃあ5分後に修繕魔法の作業を開始するから、そっちはそっちで擦り合わせておけ」


「了解ッス」


「……つーか何で副学院長が顎でコキ使われてんの? 普通は逆だろ?」


「魔法に関する知識ならアンタの方が詳しいッスからね。ボクもさすがに知識がないのに威張るような真似はしねえッスよ」



 動ける教職員たちへの通達と修繕魔法に関する擦り合わせは副学院長のスカイに任せるとして、問題はユフィーリア本人の魔力である。

 現在の魔力では、せいぜい修繕魔法を発動しても玄関程度しか直せない。せめて校舎の正面ぐらいは直して、ご褒美として賞与をたんまり貰いたいところだ。お小遣い程度の金額でもいい。


 少し考えてから、ユフィーリアは問題児の中でも魔法の使える相手へ振り返る。



「この際なりふり構っていられるか、アイゼ頼む」


「はぁイ♪」



 元気よく返事をしたアイゼルネが、いそいそとユフィーリアに近寄る。



「……何をするんだ?」


「魔力回復」



 ユフィーリアはちょっと嫌そうな顔で、



「手っ取り早く魔力を回復する方法ってキスなんだよ」


「きッ」



 ショウが固まってしまった。


 そう、魔力を回復する最善の方法は魔力を持つ者同士によるキスだ。

 接吻による粘膜接触が手っ取り早く魔力を回復する方法になり、応急措置として推奨されている。最も回復できる方法は性交渉だが、そんなことをやっている時間もなければ場所もないのだ。


 ユフィーリアの場合、問題児の中ではアイゼルネしか魔力を持っていないのだ。エドワードとハルアは残念ながら魔力を持っていないので、魔力回復要員には選べない。



「アイゼのキスはしつこいんだよなァ、舌入れてくるし」


「その方が魔力回復も早いじゃなイ♪」


「何でお前はノリノリなの? 何で口紅を引くんだよ」


「だってせっかくキスするんだシ♪」



 ノリノリで南瓜のハリボテを被った状態で口紅を引くアイゼルネに、ユフィーリアは「うへぁ」と顔をしかめる。口紅が口につく感触があまり好きじゃないのだ。


 そっとアイゼルネの手が、ユフィーリアの肩に乗せられる。

 ゆっくりと近づく南瓜かぼちゃ頭。ハリボテをほんの少しだけ持ち上げて口の部分だけ露出し、真っ赤な紅を引いた彼女の唇がユフィーリアの桜色の唇へ徐々に近づく。


 キスによる魔力回復に覚悟を決めたその時、



「お?」


「あラ♪」



 勢いよくユフィーリアの身体が後方に引かれた。


 アイゼルネが離れ、代わりにユフィーリアはショウの胸元に飛び込む羽目となる。

 肝心のショウはユフィーリアを背後から抱きしめ、じっとアイゼルネを見つめたまま緩やかに首を横に振る。



「ダメだ」



 ショウは拒否するように言い、



「それはダメだ、アイゼルネさん」


「ショウちゃん、我儘を言わないのヨ♪ 魔力を回復させるにはこれが最善策なんだかラ♪」


「やだ」



 駄々っ子のようにユフィーリアを抱きしめたまま、ショウは意地でもアイゼルネに渡さないように拒否する。


 これに困ったのはユフィーリアだ。

 アイゼルネとキスをしなければ失われた魔力が回復できず、修繕魔法が使えなくなってしまう。学院長はおちょくり、嫌がらせをしたい派だが、副学院長は敵に回したくないのだ。


 アイゼルネとショウによるユフィーリア争奪戦を頭上で聞きながら、ユフィーリアは「あ」と思い出した。そういえば、ショウにも魔力があったはずだ。



「ショウ坊」


「何だ、ユフィーリア。例えユフィーリアの頼みでもアイゼルネさんに渡すことだけは」


「お前から魔力を貰うわ」



 ショウの拘束を簡単に解き、ユフィーリアは可愛らしいメイド服に身を包んだショウヘ向き直る。

 驚いたように固まるショウの首に手を回し、ユフィーリアは少しだけ背伸びをして彼の柔らかな唇に自分の唇を重ねた。


 唇の隙間から、彼の驚きに満ちた呻きが漏れる。



「ん、んんッ!? んんんーッ!?」



 うるさい、とばかりにユフィーリアはさらにショウの唇を自分のものに押し付けた。


 唇を通じて、彼の魔力が流れ込んでくる。

 どこか甘く感じるのは、彼が甘党だからだろうか。魔力に味があるとは想定外だが、今はそんなことを言っていられない。


 魔力欠乏症マギア・ロストで倒れない程度に魔力を吸い上げてから、ユフィーリアはショウを解放してやる。


 驚きで赤い瞳を瞬かせる彼は、へなへなとその場に座り込んだ。

 口元に手を添えて、ショウは乙女のような恥じらいの表情を見せる。やや頬を赤らめ、ポツリと一言。



「意外と情熱的だった……」



 魔力回復に情熱もクソもない。


 ユフィーリアがそれに対して弁明をしようとすると、スカイが「終わったッスか?」なんてノコノコとやってくる。

 乙女のように座り込むショウと慌てふためいた様子のユフィーリア、それから目元を覆い隠した状態で「我々は何も見ていません」と主張するエドワード、ハルア、アイゼルネへ視線を巡らせてから、副学院長は言った。



「早く修繕魔法をやるッスよ。今日中に校舎を直さなきゃ、ボクら寝るところもないんスからね」


「おうやろうすぐやろう直してやるよやったらーッ!!」


「やる気に満ち溢れてるッスね」



 ショウとの魔力回復キスを吹っ切るように、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握り直してヴァラール魔法学院の校舎修繕に取り組むのだった。

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