奏とホットコーヒーと

「明日、昼から雨だって言ってるから、合羽ちゃんと持つんだよ」

『あいあい』

「二回返事する時は、言うことを聞かない時だよね」

『あいあい』


 先日、隣駅まで一緒に買いに行った小説。古本屋さんで購入するそれとは違い、本独特のいい香りがする。

 ベッドの上、うつ伏せになって匂いを楽しむ奏。手応えを感じたのか、笑みを浮かべてクスクスと笑いだす。


『あいあい』

「まだ何も言ってないけど?」

『あいあい』


 完全に、わざとだ。


「君は電車にも乗るんだぞ。車内は寒いし濡れたままだと風邪ひいちゃうんだからな」

『風邪ひかないっつってんだ』

「あんまりひかない体質だけど、持ってけっつってんだ」

『濡れても平気だもん。濡れたいんだもん』

「濡れるなっつってんだ」

『少しくらい我慢するもん』

「びしょ濡れだと、周りから見られるだろ」

『折り畳み傘あるもん』

「自転車だっ。風でブワサッってなるだろ」

『あ! あのねぇ、雨にあたらない所を見つけたんだ』

「通勤途中に?」

『軽く濡れたほうが好きだから行かないけどね』

「立ちこぎで雨ん中を疾走すんのか」

『うん』

「サドル取るぞ!」

『アッハハハハハ!』


 ツボに入ったらしく、天井を見上げながら噴き上げている。


「あれ格好悪いから、やめなって」

『急がなきゃいけないんだもん』

「毎朝、自転車の立ちこぎお姉さん見かけるけど、あれ凄いブスだぞ」

『急いでるんだから仕方ないでしょ、お姉さんに謝れ!』

「なんでそんな必死に全力疾走なんだよってくらいブスだし、五分か十分でいいから早めに起きろよって思うもん」

『私はそれ見たら、あぁきっとあの人は、朝から何かしらのドラマがあったんだなぁ。って想像するね』

「僕はそれを見て、あぁきっと君もあんなにブスなんだろうなぁって想像するね」

『とりゃっ!!!』


 背中にあてていたクッションを投げてくる奏。

 すかさず投げ返す。


『あ、今度ね抱き枕が欲しい』

「これ以上、ベッドに住人はいりません」


 我が家のセミダブルベッドには、住人がいる。

 僕がUFOキャッチャーで獲得した、全長50センチほどのエルモとクッキーモンスターのぬいぐるみ。

 奏は彼らを、抱きかかえる用と膝で挟む用に利用している。


「そいつらがベッドの4分の1を支配しているのに、まだ増えるの?」

『そこなんだよねぇ』


 急に男前な声を出して、推理するように頭に手をあてだす奏。


「引っ越してからならソファ置きたいし、彼らも避難させてあげれるからぁ、考えていいけど」

『そこなんだよねぇ』


 少し声量が大きくなった。


「だいたい抱き枕必要ですか?」

『そこなんだよねぇ』


 吐息混じりになってきた。

 どうやら気に入って、ツッコミ待ちに入ったみたいだ。


「つっこまないよ?」

『むぅ・・・抱き枕必要なの!』

「朝起きたら、クッキーとエルモを従えて4分の3を君が支配していて、落ちるか落ちないかって端っこで僕が寝ているというのに」


 この話は、我が家では何十回と繰り広げられている論争だ。


「トイレに起きて戻ってきたらさぁ、壁側4分の1が彼らで、君は僕にくっついてきてたから、そのまんま残りの面積まで支配しちゃってさ。僕の寝るとこないんだよね。無理矢理、端っこで安定のミイラパッケージだよ」


 いつ話しても必ず笑いを噴き出す奏。


「たまに落ちる時、怖いんだからな」

『うん、あれは起きる。あ、落ちたなぁってすぐ寝ちゃうけどね』

「壁側で寝たら、押し寄せてくる君と壁に挟まれて、悪夢にうなされるしな」

『ちゃんと呼び起こしてあげてるでしょう』

「ダブルかキングサイズ欲しいなぁ」

『きっと同じだよ』

「おめぇが言うな。毎朝、股をおっぴろげてベッドを支配してる奏さんを見て思うんですよ。無防備だなぁって」

『安心してますって愛情表現ですよ』

「今度、写真撮っといてやるよ」

『やめれ! 訴えるぞ!』

「で、どんなのが欲しいか、すでに見当はつけてるんでしょ?」

『うん。えっとねぇ』

「その前にホットコーヒー飲む?」

『いいの?』

「いいよ」

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