第2話 記憶を忘れないようにするには


駅側にすれば良かったのに、集合場所がまずったっぽくて何度か如何わしい店通りを抜けて、なんとかダイニングバーにやってきた。


その間、なぜか一言も喋らなくなったアキさんが僕の前を歩くのをやめて並んじゃうのは少し可愛かった。


店についてからはわぁー、とかおー、とか調子を取り戻したようで、とりあえず席に着く。なんか居酒屋みたいな橙色の照明に当てられて、別に畏まるわけでもなくどかっと席に座る。


うん、なんか疲れた。もう疲れた。一杯だけ呑んで帰ろう。


店を選んだのは僕で、とりあえずフードが何でも美味いらしい。何でもっていうのがまた嘘らしいレビューではあるけれど、こんなとこに来たこと無い僕はそれに頼るしかできない。


また、女性に人気っていうのも外せなかった。そんな経験の浅い目論見でこちらは接待しようかなと考えていた時に、目の前で皮の黒い上着をハンガーにかけていくアキさんと目が合った。


「どうしたの?おなか空いたの?」


「そんな顔してた?」


「うん。お酒飲む前に何か食べ物入れなきゃね」


それほどたくさん食べる気は無かった。コロナだし。今日のメインは酒のはずだ。だけど、お腹が空いていたのも事実で、17時入店だから他の客はいない。


まどろっこしいマスクを取ったら、なぜかヒノキの香りがした。無性に風呂に入りたい。露天風呂がいい。


「なんかここ、すっごい落ち着くね」


席から外を見渡せばヒノキにニスを塗った手触りと共に、間接照明が陰と陽を演出していておしゃれだ。


温かみのあるくつろげる空間って感じがする。ネットで見た内装もこんな感じで遜色無かった。


ところで、飯だ。まずはフードだ。


「何行く?チーズ?チーズアンドクラッカーか?」


「え、なんでチーズ?」


「ワイン飲みたいって言ってたじゃん」


「そ、そうなんだけどね。普通の、もっとベーシックなやつでお願いっ」


手を合わせてコテンと左に首を傾けるアキさん。


えーっと、ベーシック?ベーシックってなんだ?焼酎か?


「水割りとか?飲むの?マジで?」


「いや、ほらさ、乾杯はビールじゃんやっぱ」


なんだよ、ビールがいいならそうとはっきり言ったらいいのに。何を恥ずかしそうにしてんだか。


ん?もしかして結構呑むつもりで来たのかな?


「アキさん、トイレはあっち」


「そんなのわかるよっ!」


「いや、わかんないじゃん。アキさんが飲み潰れても介抱しないよ?」


「か、かずくんだって、ゲロゲロになっても知らないからね?」


なんだこの人。初対面なのに結構呑む気でいらっしゃる。危なっかしいというか・・・潰されてお持ち帰りされることもあるっていうのに・・・知らないのかよ。


「あー、今日は7時に店出て即帰る。OK?」


「おっけーおっけー!」


「帰りは、タクシー?」


「ううん。友達がバイト上がったら来るから一緒に帰ろうかなと思ってる」


ああー、なるほど。友達か。なら安心だな。


「なんか結構強気に呑もうとしてるから意味わかんねーとか思ってたけど、ああ、そういう・・・」


「あ、あのね、別にかずくんが信用ならないとかそういう意味ではなくてねっ!」


「いいんだよ。女子は何重にでも予防線貼っとけば」


「え・・・?」


「ということで、僕も初飲酒はビールにする」


「かずくんジンなんちゃら呑むって言ってなかったっけ?」


「あー、ジントニックな。うん、最初は思ってたけどいいや」


一杯しか呑む気無かったけど、三杯くらいなら僕も潰れはしないだろ。


ビールからジントニック。そして最後はアキさんと決めよう。それも悪くは無いかな。




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