モノクロとセピア色に終止符を

とろにか

第1話 香り付きの街路樹は


「うげっ、銀杏踏み潰した」


日中の暖かさも束の間、夜の帷が降りて、灯りは街中を活気にさせる。


都市部の緑地計画も、欅だけにしておけば年中変わらず通り過ぎるだけの道なのに、わざわざ足元の銀杏の実を気にしなきゃいけない歩きにくさ。


前から歩いている人とすれ違うことすら億劫で仕方ないこの僕は、20歳で石田和孝(いしだかずたか)っていう名前で大学生をやっている。


出会い系サイトに本名を晒してしまうぐらいにはアホなんだけど。


それでいて、僕の前を歩く凛としていてキラキラした女性の本名を僕は知らない。


いや、言い訳はさせてくれ。生年月日と住所をまともに打ち込んだら、名前もニックネームで良いなんて思わないじゃ無いか。


よくよく見たら住所は市町村以下略になってるし、なぜ出会い系に本気度と誠意を表そうとしたのかはわからない。そして、そんなの金払ってる時点でそれが誠意なのだから、サイトからしたらどうでもいいのに。なぜ本名を載せたのか過去の自分を問い詰めたいくらいだ。


実名を晒した後、翌朝に冷静になってサイトの会員登録は消した。唯一まだ救いがあったのは、ここが地元では無かったということぐらいか。大学2年目でも仲の良い友人がなかなかできなくて苦しんでいて、もうヤケクソになっていたかもしれない。


「ヒールで銀杏潰すの楽しいねー?」


「・・・・・・」


「ねー?聞いてるー?」


アキさんという名前のその人は同い年にしては大人びていた。


夜の街にそのまま溶けて行きそうな黒いスパンコールドレスに面食らって、ああ、この人は住む場所が違うわとか思いながら。ぼうっと僕はただアキさんの後ろをついていく始末。


身長は僕より高いんじゃないかと思うくらいだけど、ヒールのせいだから気にしないようにしておく。


イヤリングが明かりに反射して印象的だし、全身細いのに出るとこは出てるモデル体型ときた。今日、多分めっちゃ奢らされるのを覚悟しながら、ネカフェ往復用のウインドブレーカーに首を縮こませていた。


話の流れからすると、まずは銀杏で臭くなった足元から新調をご希望なのかもしれない。目まぐるしく、時間の流れを加速させているような気がするこの女性に、僕は負けないように川の中に石でも投げて抵抗しようとしてみる。


「靴って、いくらくらいの履いてるの?」


「へっ?かずくんって足元から見るんだ。ファッション厳しい人?」


んなわけあるかい。靴は意外と見る人がいるから草臥れたやつなんか履くなよと親に言われてたけどね。


「いや、臭いでしょ。銀杏。こっち飛ばさないで」


「えーっ?いやいや。意外と楽しいよ?足が痛くなって歩けなくなりそうだからあんまり無理はしないけど」


そういってなぜか白い歯を見せて笑うアキさんに、僕はそれ以上追求はできなかった。


小さい頃から、何か自分にわからないことがあると、レベルが足りないフリをして後でいくらでも攻略してやると思ってた。そしてなんとなく過ごしていたら、倒すべき敵も強くなってた。


物事を知ろうとすればいつでもできるくせにくだらないと雑に散らかしてとりあえず隣に置いた。結果、いつか学ぼうと思っても無理だし、後から振り返ることもできずにいるんだ。まさに自業自得。


女性のことも一緒で、そりゃ男女間の差を神格化はしないけども、そういうもんだなって呑み込んだ。4つ上の姉から学ぶことはたくさんあったから、これ以上何を学ぶのって感じだけど、要は弟として、そのポジションで諦めの境地を拓いた。


姉から止めどなく溢れる知的好奇心は見習わなければならない。でも、それに追随しようとはせず、どこか一歩引いて見ていた。


閑話休題。それにしても、このアキさんって人は無防備すぎる。色んな意味で。まずは口元ね。


「マスクしたら?」


「かずくんはマスク美人がお好み?」


「そういうわけじゃなくてさ」


「んん??」


「普通にコロナかかるよ?大丈夫?」


「お店に着いたらするよ。でも、今だけはかずくんに見てほしくて」


他の人にも、そんなことを自然に話しちゃう人なんだろうか。


マスクをしていて良かったことは、万が一にも僕の間抜けなニヤケ面を見せることがないことだ。


女の子の当たり、外れで言えば間違いなく見た目では当たりだろう。あとは女性特有のめんどくささが無ければ最高かもしれない。


何が最高なのかといえば、友達になるくらいにはアキさんはあっけらかんとしていて、初対面でも彼女はとっつきやすかった。異性として見るために僕は今日来て無いけど、向こうもそうなんだから、お互いの目的は合致してる。


「店、そっちじゃないよ。そこ入ったらラブホ街」


「く、詳しいんだね」


うげ、やっちまったと思うくらいには彼女は苦笑いを浮かべている。まぁ、警戒はされているだろう。アキさんが話しかけてくれているのに、僕はと言えば、任せっきりで相槌ばかりだ。


だから、と言うか余計なことを口走る。


「ぶっちゃけ言っちゃうけど、アキさんの服装は夜にぴったりと言うか・・・居酒屋に行く感じではないよね」


「むー。怒りましたっ。めっちゃ怒ってます。なぜかと言うと頑張ってお洒落した女の子をかずくんは貶すからです」


「む、難しいわ」


「いいよっ、そういうのは今日、求めてないから」


アキさんに許されてなければ、普通はここで怒らせてバイバイなんだろう。だけど、今日はそういう目的じゃ無い。


『成人したけどまだ飲酒したことない者同士、夜に繰り出す会』


そんな言葉が浮かんでくる。つまり、今日は僕にとっても、彼女にとっても、初めてなのだ。


記念すべき、アルコール解禁日だ。

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