#046.SSS迷宮【黒耀石の尖塔】へ入ろう④
バッドランド国王家の第一王女、【ネイア】もといーー【ネレイス】はそう名乗った。
「………」
さすがに俺もこれには驚きを禁じ得ず、閉口する他なかった。ネレイスは嘘を言っているわけではないーー間違いなく。首元を光らせる装飾に刻まれた紋様が証明している。第一、そんな冗談を口にした所で自分達に不利益しか生じないのは明らかだ。
バッドランドの第一王女……つまりは王【ブラフマン】の実娘でありーー次期国王継承者。
「あぁ~……言ってもうた~……姫様、これ以上はもうアカンで?」
「ええ、わかっています。リン」
隣でリンが頭を抱え、ネレイスを諌める仕草をする。これ以上と言うからには他にも隠し事があるのだろう、だが、混乱していることに加えーー千載一遇の好機を見出だした俺は追求したくなる衝動を抑える。
まずは話を聞いてみる事だ。
「……と、いうことはリンは護衛の騎士か何かか?」
「……せや。頭の回転が早いなぁライン君は。ウチは王国騎士団総隊長ーー名前は【リンドブルム・ルー・アルスケット】や。今まで通りリンちゃんって呼んでくれてかまへんよ。それとも最強美少女のリンちゃんでもええで?」
明るさで場を和ませるように、リンは戯(おど)けた様子を見せながら言った。しかし瞳に宿すそれはこの場の空気を取り直そうーーというものでは決してなく、余計な追求を断固許さないという隠れたメッセージでもあるようだった。
「……順を追って当たり障りのない質問をさせてくれ。答えられないようだったら答えなくて構わない」
「………優しいのですね、ライン様は。そしてこちらを立てて下さる……わかりました。お受け致します」
「まずは何故、俺達に素性を明かした? 額面通りには到底受け止められない、意図はなんだ?」
「…………端的に申し上げます。私達にお力添えをして頂きたい故に、です。私達の目的のために」
「目的とやらも気になるところではあるが、まず『何故俺達なのか』。それを話して貰いたい」
「……実は、あなたの事は事前に噂で聞き及んでおりました。【この地で最高ランクのステータスを叩き出したビギナーの冒険者ーーライン・ハコザキ】……それが貴方だと知り、接触を果たさなくてはと思い至った次第です」
「せや、ウチらが冒険者を装って潜入した時にな。この場におるんやったら是非ともパーティー結成の打診をしてみようっちゅー狙いだったんや、正直……眉唾な噂やとは思っとったんやけどな」
ネレイス達が言っているのは、イルナの思惑にまんまと乗ってしまった『エレクトロブレイブ』での一幕の事だろう。
身分紋章付与の際に、帝国の馬鹿集団とのいざこざが重なって露見してしまった俺のステータス。それは冒険者連盟界隈では既に周知されており、たちまち話題になっていたそうだ。
「人違いでしたら申し訳ありません、このお話は聞かなかった事にして下さい」
「……だが、そんな偶然に頼って身分を明かすリスクを犯すわけはない。つまり俺が本物のラインだと何らかの『確証』はあったわけだ……まぁそれはいい。だが、王族が張る情報網にまんまと引っ掛かっちまったマヌケに何をさせたい?」
「…………やはり、随分と頭の切れる御方のようですね。白状します、貴方がこの【塔】へ出向くであろう事も掴んでおりました。手段や情報元は明かせませんが……しかし、流石に宿での出逢いは予測していませんでした……」
「なはは、そりゃあそうだ。あれは単なる気紛れだからな」
「ですが、それこそが更に貴方との邂逅を果たすべきという一助となったのも事実です。洞察に富み、心慮深く光風霽月(こうふうせいげつ)な心根の持ち主であるのが良く理解できました」
真っ直ぐと淡い色の瞳を向け、ネレイスは俺を不自然なほどに賞賛する。隣で大人しく話を聞くマインが何故か嬉しそうだ。
要約するとーーネレイス達はギルドに潜入したのちに俺の噂を聞きつけ、何らかの手段でずっと張っていた。【塔】に来る事もわかっていて目的に協力してもらうために出自を明かしてまで接触した、というわけだ。
ならば、町の襲撃にもこいつらが一枚噛んでいるのだろうかーーと当然の疑惑が過(よぎ)る。が、そんな感じには到底見えなかった俺は更に確信に迫る。
「煽(おだ)てようがーー協力するかしないかはあんたの目的と態度次第だ。尤(もっと)もらしい取り繕えた目的を聞く耳はない、時間の無駄だ」
「……………リン、仕方ありません」
「あかんで姫様? なぁライン君、あんた大層な剣ぶらさげとるけど剣も使えるん?」
「……それがどうした?」
「ウチと手合わせしてや。ウチが勝ったら黙ってついてくる、あんたが勝ったらウチらの目的を教える。それでどや?」
話の途中、業を煮やした様子だったリンから突然の提案(しょうぶ)を持ちかけられる。突飛な話にマインとネレイスは驚いているようだがーー俺は二つ返事で承諾した。
「……わかった、この場でいいか?」
「もちろん、かまへんよ」
リンは立場的に姫を守る騎士だ、面子的にこちら都合のみで話を進められる事に我慢ならなかったのだろう。致し方ない。
狼狽えているマインとネレイスの二人をイルナに任せて下がらせーー俺とリンは剣を抜き構えた。
バッドランド王国の紋様を柄に刻んだ光輝く白刃の剣は俺の黒耀剣とはまるで対極を為すと主張せんばかりの存在感を示す。
言葉は一切交わさず、それが日常動作であるかのように、無言で、同時に、初手を繰り出す。
キィンッ!!
刃の重なる音が、地下宿内部に轟く。
まるで雲の隙間から射す光茫を形容した白刃の剣と、深淵の闇を象るような黒刃の剣が、遣い手に代わり対話をするかのように。
そして、まさにそれこそが互いの望みでもあった。
「「…………」」
俺とリンは、刀越しに目線を合わせる。
不要な言葉は必要ない、それぞれの思惑はもう相手に伝わっている。
長い時間だったろうか、刹那の出来事だっただろうか錯覚する程に凝縮された時間の感覚を経ての打ち合いの末ーー俺達は剣を収める。リンも満足した様子で口を開いた。
「……ようわかったわ、単に優しいだけやない……肚(はら)ん中にとんでもない悪魔を飼っとる男っちゅーんがな」
「……なはは、お互い様だ。綺麗事だけでこの世界を渡っていけないのは重々承知だろう」
「……せやな」
俺達は微笑み合う、マインが様子を不可思議に見つめておりーー補足するようにイルナが笑いながら言った。
「剣士には刀で語る慣わしがある、口よりも刃の方が雄弁に物言うーーという人見知り達がかつて作った一種の因習……ライン達が今やっていた事さ」
「もぉ~人見知りとか言わんといてや~」
もちろん、俺達が行ったのはそれを建前とした所謂(いわゆる)『理屈付け』だ。
手合わせした事により、互いに切り出し難い話をする場を設ける体裁を整えただけーーつまり、この慣習をやっておけば素直に話すのも吝(やぶさ)かではない、という照れ隠しのようなもの。確かに人見知りと言われてもおかしくはない単なるパフォーマンスだった。
「………俺達はある情報を基に、この塔に来た。ここには【姿や気配を完全に消す事ができる外套(マント)】……そのEX遺物が眠ってるっていう情報だ。俺の目的はそれだ」
元々はパーティーを組む気など更々無かった俺が手合わせを受けた理由はただ一つ……イルナが言った通り、この二人を味方につけなくてはならないからだ。
そう思い、当たり障りない目的を先に打ち明ける。それを欲する思惑、手段、経緯などはネレイス達の目的を
聞いた後に話すと付け加えて。
何故なら両者の最終目的は同じ道に帰結すると互いに察していたから。
すると、それが功を奏したのかネレイス達は顔を見合せたのちに告げた。
「私達の目的は、同国王室政務官【シルヴァラント】。彼は……国を滅ぼしかねない恐ろしい計画を企てています、その暗部を暴き、止めるためにこちらへ赴いたのです……シルヴァラントも既にこの地へ足を踏み入れています」
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