第48話
扉を開くのと同時に聞こえてくるギターの音色。
今日はアルバイトもないため、一日中家にいると言っていた。
きっと、なつめが大学に行っていた間ずっとギターを掻き鳴らしていたのだろう。
本当に彼女は音楽に取り憑かれていて、なつめがいないと食事もせずにギターの側から離れないのだ。
「ただいま」
「おかえり、いま曲作ってて…」
「晩御飯は私が作るから、続けてて」
「ごめん……」
なつめも作詞を始めたらどんなことがあっても邪魔されたく無いため、気持ちは分かる。
彼女ほどではなくても、一度熱中したら自分のキリが良いところまでやってしまいたいのだ。
エプロンをキュッと腰元で結んで、慣れた手つきで料理をする。
白米は事前に炊飯予約をしていたたため、あと数十分もすれば炊き上がるのだ。
「唐揚げと照り焼きチキンどっちがいい?」
「唐揚げ!」
今日は鶏肉が安かったため、メイン料理は彼女のリクエストで直ぐに決まってしまう。
八百屋で購入した茄子と一緒に揚げて、店主に貰った大根を卸してから揚げ茄子の上に添えた。
味噌汁を手際よく作ってから、昨夜作り置きしておいたポテトサラダもお皿に並べる。
軽快な音楽と共に炊き上がった白米をお椀によそっていれば、可愛らしいピンク髪の彼女がキッチンに顔を出した。
「なつめちゃんの作るご飯っていつも美味しそう」
「実家いた頃は良く手伝ってたからね」
背後からギュッと抱きしめられて、彼女の温もりが伝わってくる。
狭い家の中では、二人はいつもくっついてばかりいるのだ。
「こんなに可愛い子を、狭苦しい家で暮らさせて親御さんに申し訳ないよ」
「誰目線よ?リアは一人で暮らしてたら野垂れ死にそうだし。歌詞できたらすぐに見てもらえて便利だから、今の生活が1番いいよ」
なつめお手製の手料理が並んだ、小さめのテーブルを二人で囲む。
外したエプロンを丁寧に畳んでから、彼女と一緒に手を合わせた。
「いただきます」
「召し上がれ」
真っ先に唐揚げに齧り付いた彼女が、美味しそうに顔を綻ばせる。
その顔が見たくて、つい料理を作ると名乗り出てしまうのだ。
リアの叔母が結婚することになったのが、今から約1年前のこと。
本来は叔母と結婚相手、そしてリアの3人で暮らす予定だったのだが、当時20歳の成人済みであったリアは叔母に気を遣ったのだろう。
一人暮らしを始めると息巻いて家を飛び出したのは良いものの、家事は苦手でそもそもお金すらあまりない彼女が暮らしていくのはやっとのことで。
見ていられずにこの家に転がり込んで、それ以来は狭い1Kのアパートに二人で暮らしているのだ。
「私がデビューしたらさ、毎日唐揚げ食べようね」
「健康に悪いよ?」
「夏はクーラー毎日つけて、冬は暖房も付けてさ。高いケーキとかいっぱい買って食べるの」
今年の夏はなるべくクーラーを使わずに、扇風機で暑さを凌いだ。
今も暖房は付けずに、二人でくっついて暖を取るなど節約しているのだ。
リアはこの貧乏暮らしを申し訳なく思っているようだが、なつめはただ彼女といられるだけで楽しくて十分に幸せを感じていた。
しかしそれを伝えるのは、彼女のやる気と努力を否定するような気がして、気持ちを抑え込んで後押しするのだ。
「そのためにも二人で頑張らないとね」
身を乗り出した彼女が、なつめの頬にキスをする。
子供のようなじゃれあいのキスに頬を緩めながら、お返しになつめもリアの額にキスをした。
決して世間的には有名ではなくて、お金だってない。
大好きなケーキも好きな時に買えない生活だけど、彼女と暮らす日々が心の底から幸せで仕方ないのだ。
胸元まであるロングヘアは、お風呂上がりのドライヤーにかなり時間がかかる。
ショートヘアを卒業して以来ずっとロングヘアを維持してきたけれど、ヘアオイルやシャンプー、他にもドライヤー代などお金が掛かるのだ。
ドライヤーを終えて、鏡を見ながらポツリと声を漏らす。
「……ショートヘアにしようかな」
「なつめちゃんのショート、高校生以来じゃん。どっちも可愛いしいいんじゃない?」
「本当?シャンプー代勿体無いし、美容室行ってくるよ」
美容室の予約をしようとすれば、スマートフォンを彼女に奪われてしまう。
身長差があるため、必死に背伸びをしても高く上げられてしまえば届かないのだ。
「待って、シャンプー代節約のために切るつもり?」
「ドライヤー代も節約できるかなって……」
「そんな理由で切っちゃダメ!」
軽い力でデコピンをされて、疎い痛みに額を抑える。
「だったら私が切るから!」
「もっとダメだよ。リアの巻き髪好きなのに」
「私だってなつめちゃんのサラサラの髪好きなの……お菓子買うの我慢するから、髪切らないで」
寂しそうに抱きついてくる姿は、まるで甘えん坊の大型犬のようで。
慰めるように、優しくヨシヨシと頭を撫でていた。
「…じゃあ、やめとく」
「ん……」
「リアも切らないでよ?」
コクコクと頷くリアの嬉しそうな表情に、思わず笑ってしまう。
これではまるでバカップルのようで、側から見たら何とも不毛な会話なのだろう。
そもそも付き合ってすらいないのに、互いへの執着と嫉妬は日に日に増してしまっているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます