第30話:読書狂いの初恋は06


『少し場所を変えましょうか』


 三代はそうラインでコメントした。昼休みの続き。シルクのような白い髪を追いかけて零那は中等部用の図書館に趣く。高校生が入ってはいけないとは言わないが、殊更利用しようとする高校生も少ないだろう。その地下書庫に潜って三代は零那と対峙した。


「何かドキドキするな」


 苦笑。偶発的とはいえ恋慕を囁かれたのだから、空気は気まずい。零那が場の雰囲気をかき混ぜたのも宜なるかな。


「零那」


 三代は零那の名を呼んだ。


「は?」


 特別不思議なことはない。姓は十三永。名は零那。どちらで呼ばれようとも零那個人を指すのは四則演算より明瞭だ。問題は、


『三代の口から名を呼ばれた』


 そのアクションの方だ。


「お前……喋れたのか?」


「三代ちゃん話せたの?」


「話せないと言った覚えもありませんが?」


 詐欺の理屈だが筋は通る。


「何で話さなかったんだ?」


「小生の言葉は不幸を招きますので」


 その根幹については語らない。死んじゃえと言って本当に死なれた友人の話をしても同情されるだけだろう。聞く方を不愉快にするだけなのは三代とて理解している。


「本当に俺の事が好きなのか?」


「ええ」


「いつから?」


「中等部の頃ですね」


「まただよ……」


 不満そうに一子が呟いた。零那の方は覚えていないのに、二葉にしろ三代にしろ、当者を事前に知っているらしい。


「中等部の図書館で人間失格を借りたことは?」


「あるな」


「面白かったですか?」


「あまり」


 人間としての外れ者が共鳴する本だ。零那はそっちの精神を含有していない。


「悪戯したでしょう?」


「本を汚した覚えはないが……」


「――あなたはこの本に何を望む?」


「あー……」


「――自嘲への共感と慰撫を」


 言われて思い出す。そんなメモ紙を差し挟んだこともある。


「何故俺だと?」


「エクセレントと返事を書き記した零那を見ていましたから」


「お恥ずかしい」


「一目惚れでした」


「確かに面は良いんだよな」


 皮肉でも傲慢でもない。イジメから逆算した恋立方程式。自分の御尊顔故に難解な因業に巻き込まれているのは今も同じだ。


「一子が連れてきたときは驚きましたよ。人間失格の君がまさか目の前に現われるなんて」


「ワン!」


「色々と世話になってな」


 白い瞳に憂いが光る。アルビノの美少女は倒れるようによろめいた。それを抱きしめて支える零那。自然、胸に飛び込む形になる。


「――っ」


「……っ」


 零那と三代の唇が重なった。所謂一つのキス。胸の中に抱えている美少女の……木苺より甘やかな唇の余韻は破格の至福だった。


「おま……っ!」


「言っておきますけどファーストキスですよ?」


「み~よ~ちゃ~ん?」


「ワンコがご立腹なんだが……」


「ざまぁみろです」


「ワンワン!」


「零那。愛しています。小生と付き合ってくれませんか?」


 言霊による愛の告白。力を持ち体を為す言の葉。腕に抱く白髪白眼の女の子はちっこく華奢で、今にも手折られそうな儚げな百合の茎を思わせる。手折って愛する自分の庭に飾ればさぞ幸せだろう。それは自覚的に確信できる。が、返事は出来なかった。振動が図書館を襲う。次の瞬間に零那は突き飛ばされた。胸の中に抱きしめた……女の子の渾身の拒絶。スチール製の本棚が倒れる。それもドミノ式に。突き飛ばされた零那は安全圏に居たが、三代は倒れてくる本棚の下敷きになった。

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