第14話 絶望はすぐそこに
「クソッ、もう町中に火が上がってる」
ルカが走りながら言う。焦りと怒りが入り交じったその言葉からルカが今の状況をどう捉えているかがよく分かる。感情は抜きにしても、少なくとも敗北の事実は受け入れられていた。
人によってはこの状況になっても反撃に出ようとしていたかもしれない。もしくは負けの現実を受け入れられず、狼狽えながらわめき散らかすかもしれない。だがこの青年(獣人に青年というのかはわからないが)はその意味ではまともである。
少なくとも、この間会議で見た年寄り連中とは違うであろう。村上はそう感じていた。
(年をとると時折現実さえ見えなくなる。日本も二次大戦時、どれだけ劣勢になっても認識をあらためられなかった)
かの敗戦から何を学んだのか。村上は政治家時代時折思うことがあった。
未だに年寄りは現実を見えておらず、旧態依然とした官僚制は官民問わず残っている。小賢しいばかりの役人と政治家を見る度に、自国の悪癖を思い知らされる。
(まあ、余所が良く見えるというのもあるがな)
実際にアメリカに行ってみれば日本の良さも沢山見えてくる。一見短所に見えるような部分も、見方が変われば長所にもなる。その意味では村上の留学は非常に有意義でもあった。
「ジン、このまま走れば町の外に出られる。南側に二つの町があるからそこへ移ろう」
「ああ。分かった」
町の人間全員はどうする?そう聞くのは野暮であろう。村上は口を結ぶ。
おそらくこの町の半数以上の住人はこの町にとどまり、支配を受けることになるのだろう。この町には“人間”も多い。彼等は解放の名目でより良い待遇を受けられる可能性もある。まあ実際にはないだろうが。
村上がそんなことを考えていると、西門が見えてくる。見ると兵士が手を振っていた。
「ルカ!大丈夫か!」
「ああ。こっちは問題ない。ジンも無事だ。……イア様は?」
「姫様は既に脱出している。しばらく粘っていたが、姫が動かないことには部下も動けないと話したら渋々移動してくれた」
「ははっ、あの人らしい」
その時、激しい音が響く。砲兵がかなり近づいて、再び砲撃を開始したのだろう。既にかなり西側の方まで砲弾が届いている。
「ルカ、俺はこのまま避難民の誘導を続ける。お前は姫様のところに」
「分かった。……ジン、お前も来い」
ルカにそう言われ、村上は返事をしようとする。しかしその時、丁度砲弾が町の中に着弾した。
「ッ!?もうこんなところまで砲撃が……ジン、どうした?」
ルカが頭を抱えているジンに近寄る。村上は「大丈夫だ」とだけ言って立ち上がった。
(クソ、頭が痛い)
村上は砲撃の衝撃を感じる度に、凄まじい頭痛に襲われる。過去の記憶が壊れたビデオテープのようにぶつ切りでフラッシュバックしていた。
(何なんだ、一体、こんな時に)
村上は呼吸を整えながら町を見る。すると遠くに走りながら此方へ向かってくる少女がいた。
「助けて、お母さんが、お母さんが!」
数多の叫び声の中から、村上には確かに聞こえていた。そしてその声を聞くやいなや
走り出していた。
「ジン、何やっている!戻れ!」
ルカの言葉は既に村上には届いていない。村上は全速力で少女の元へと走って行く。
距離にしておよそ100メートル。今の自分ならば10秒もかからないだろう。火の手のあがる町から彼女を抱きかかえて戻ってくる。決して難しいことではない。
そのはずだった。
「お母さっ……」
泣き叫ぶ少女のすぐそばに、巨大な衝撃と共に着弾する。その衝撃波で村上は真後ろに吹き飛ばされていた。
「おい!大丈夫か!」
吹き飛ばされた村上の元にルカが駆け寄る。村上は揺れる視界の中なんとか身体を起こした。
「ああ、俺は大丈夫だ……。彼女はっ」
村上が先程の少女を探す。しかし彼女が先程までいたその場所は砲撃の跡が残るばかりであった。
「悲しむのは後だ。とにかく今は急ぐぞ」
ルカが村上の手を引き、立ち上がらせる。そしてぼーっとしている村上に「急げ!」と声をかけた。
(死んだ……。関係の無い人間が、また……)
村上は足を動かし始める。町には砲弾が降り注ぎ、次々と火が上がっている。何故こうまでするのか。村上は理屈では理解できても、心の整理はついていなかった。
村上は町に背を向け、走る速度を上げる。ルカに追いつくと、避難する住民達と共に、西の待ちへと移動していった。
彼等が休むことができたのは、丁度朝日が昇り始めた頃であった。
「手の空いている方は負傷者の手当を。水は順番に配りますから、動かないでください」
避難先の町で、イアが先頭に立って皆をまとめている。窮地にこそヒトの真価がとわれるのであれば、彼女はリーダーとしての素質はあるだろう。現に混乱の中にあった住民達は、一定の落ち着きを取り戻していた。
「ルカ、ジン!無事だったのですね」
二人を見つけ、イアがかけよってくる。綺麗なドレスは既に一部が破れ、泥がついている。しかしそんなことはお構いなしに、泥まみれのルカを抱きしめた。
「ひ、姫様。服が汚れてしまいます」
「無事でよかったです。ルカ」
二人が安堵している最中、村上は避難民達の様子を観察していた。既に秩序は生まれており、ここからさらなる喧騒が起きることはなさそうであった。
(しかしそれはあくまで暫定の話、ここからはさらに地獄が待っている)
始まりの地であるあの町は既に占拠されているだろう。一旦侵攻がおさまるだろうが、じきに再侵攻してくることは確実だ。その時、彼等はもう跳ね返す力をもってはいない。じきにこの姫様も捕らえられることになるだろう。
(だとしても、それが俺に関係があるのか?)
最低限の恩義は返している。それに、自分は元々この世界の住人でも、ましてや彼等と同じ種族ですらないのだ。愛国心や郷愁の思いなども持ち合わせてはいない。
(それにあの銃、間違いなく地球製。いや元世界製か?いずれにせよ、何か手がかりがあるかもしれない)
自らの命を奪おうとしたその兵器は、同時に自らが生きる道さえも与えている。それは間違いなく元いた世界とのつながりであり、この兵器の出所を探れば、元の世界に帰る可能性すら見えてくる。そこには戦争などとは縁遠い、平和な暮らしが待っているはずだ。
(だが、帰ってどうする。死んだ俺が、今更戻って……)
村上はそんなことを考えながら、ぼんやりと人々の様子を眺めていた。
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