怪ノ村 其乃弐 不幸死紙⑤

ぴちゃ ぽちゃ


「ここは何処だ?。」


清治は黒く染まるじめじめした洞穴の中にたっていた。湿り気のある岩肌から雫が落ち。光が灯さぬ深い洞穴の闇が不気味な静寂を晒す。


「これは夢だな···。」


清治は直ぐにこれは夢だと判断できた。何故なら知りあった同じスーツを着た隣村の志戸孝太郎さんに車中泊で泊めさせてもらっていたからだ。今は自分は車内で眠っているはず。そこまで意識が明確になるほど見ている夢ははっきりしていた。

ふと漆黒の闇に染める洞穴の中で清治は人影を。

目を凝らすと深い闇の洞穴の壁に持たれながらうずくまっているセーラー服の娘がいた。セーラー服の娘は靴を履いておらず。泥にまみれた素足が痛々しいほど擦りむいて血に染まり汚れていた。彼女が着るセーラー服も泥にまみれ。灰色に薄汚れていた。

彼女はだらんと両腕を洞穴の岩肌の床に落とし。何やら唇がボソボソと同じ言葉を繰り返しているようだった。しかしそのボソボソと吐く言葉があまりにも小さく聞き取れない。


「大丈夫ですか?。」


清治は彼女の状態が心配になり声をかける。

しかし洞穴の岩肌の壁に持たれかかるセーラー服の娘はまるで気にも止めず。ボソボソと同じ言葉を繰り返している。

清治はセーラー服の娘に近付く。暗闇に染まる洞穴の中で岩肌の壁に持たれかかる娘に不気味さよりも何処か憐れみを覚えたからだ。

清治は彼女の顔のとこまで接近する。


「大丈夫ですか?。」 


清治は再び彼女に声をかける。

彼女の唇から微かに声がもれ。それが徐々にと清治の耳にはっきりと聞こえ始める。


許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない


それは怨恨を秘めた圧し殺したような言葉であった。誰に?誰を?誰が?許さないかは解らない。だが彼女にとってそれは殺意と憎悪と怨恨の塊となり。呪いじみた言葉で何度も何度も繰り返される。

彼女の悲しみと絶望と苦しみが凝縮されたかのようなそんな言葉であった。


「大丈夫ですか?。」


再び清治は彼女に声をかける。

彼女の素顔はだらりと長い黒髪で覆い隠されていた。整えられていない黒髪が彼女の表情さえも奪っている。


ばあッ

突然彼女の一本の腕が動く。

ぬっと伸びた手が反応できなかった清治の首へと注がれる。


「がはっ!?。」


ぎゅうううううっ


彼女の手が清治の首を強く締め上げる。少女の力とは思えないほどの物凄い力で清治の首は締め上げる。


ギチ ギリリリリッ


清治の首が彼女の手の爪で食い込まれ血が滲む。

ギチギチに締め上げる彼女の手が清治の呼吸器官の活動さえも停止させようとする。


「あっ、がっ!。」


清治はまともに呼吸も出来ずに苦しみだす。恐ろしい力で締め上げる娘の手は緩むことさえ許さない。

清治はこのまま自分は死ぬのではないかと恐怖を覚える。いつ死んでもかまわない人間の愚図ではあるが。まだ未練はあった。


「が···あがっ···あああ····。」


言葉にならない言葉を清治は吐き出す。

長い黒髪に隠れる彼女の顔の僅かに唇が動く。激しく怒りと憎しみを込めて彼女の唇はっきりと清治の耳もとに届く。


    ········お前も····……死ねッ!


「······くはっ!!。」


バサッ!!


「はあ····はあ·······。」


目を覚ました清治は汗だくの顔で辺りを見回す。清治は車内の後部座席に座っていた。


「はあはあ·······。」


清治は荒い息を整え汗を手拭い気持ちを落ち着かせる。 

前の運転席ではいまだ隣村の公務員をしている志戸孝太郎さんが寝息を立てて眠っていた。


『大丈夫か····清治。大分うなされていたようだが····。』


隣の座席に置いておいたワラズマの入った位牌箱から声がもれる。


「ああ、大丈夫だ·····。何か悪い夢をみたようだ·····。」


清治は平静に取り戻し唾と息を飲み込む。


『そうか······。』


ワラズマはそれ以上何も答えない。


今のは何だったんだろうか······。

清治は悪夢の中にいたセーラー服の娘が気になった。憎悪に満ちた目。何度も怨恨の言葉を繰り返し。最後に殺意が込められた言葉を投げ掛けられた。その言葉が清治の耳から離れない。


「お前も···死ね···か···。」


清司はどうしようもないほどの人間の愚図ではあるが。人から恨まれたことなどなかった。生活にだらしなく。人との関わりを持たずに生きてきた清司にとって唯一人から恨まれることなく生きてきたことが長所なのかもしれない。それでもどうしようもないほどの人間の愚図であることには変わりはないのだが。


「死に行く旅でも人に恨まれて死ぬのはまっぴら御免だな·····。」


そう清司は一人言を呟いた。


       民家


「何で!、何でばっちゃが犠牲にならないといけんとよ!。」

「仕方ないんよ。弥恵。」

「そげなの不幸の手紙を送った奴が悪いっちゃ!。ばっちゃが犠牲になることなか!。」

「それでも島根んとこの末っ子は不憫やて。私は犠牲にならんといけんのよ!。」

「なら、私はこの呪いを解く方法探すわ!。不幸の手紙で死ぬ呪いなんてもうウンザリなんじゃ!。私はこの不幸の手紙となる原因を絶対突き止めたる!。」

「弥恵。そげな危険なことせんでええ。呪いの手紙の原因なんぞ。誰も解らんよ。十年前の時から突然不幸の手紙で人が死によったんじゃ。誰も原因が解らんかった。寧ろ弥恵が呪いの手紙に関わってしまったら弥恵に呪いがふりかかるかもしれん。そうなったら私は死んでも死にきれん。私のことはええから弥恵は自分の命を大切にせえ。」

「いやや!!。私はばっちゃを絶対助ける!!。」


バン


「弥恵!。」


祖母のトメの静止もきかず弥恵は玄関の扉を乱暴に開け飛び出す。

弥恵はずんずんと農道を突き進む


「絶対、ばっちゃを助けるんじゃ!。呪いの不幸の手紙なんぞにばっちゃの命を取らせてたまるか!。学校のみんなにも協力をあおごう!。」


弥恵はクラスのみんなにも協力してもらい呪いの不幸の手紙の原因を突き止めようと考える。


「それでは私は今日は村に帰ります。本当に私の村まで送らなくて宜しいのですか?。」


ぶろろろ

車のエンジン音がなる。

公務員の孝太郎は今日は自分の村に帰省するようだった。このまま孝太郎の村まで車で送って貰える機会があるのに何故だが清司は思いとどまり村に残ることにした。


「はい、ちょっと気になることがありまして。」


セーラー服の娘の悪夢が清治の頭から離れなかった。恐怖というよりは彼女の憎悪と同時に重なると絶望と哀しみが何故だが清司にとって無性に気になった。


「そうですか。私も明後日またこの村に来ようとおもいます。」


孝太郎さんはまだ文通相手の娘が忘れられないのだろう。


「本当にありがとうございました。孝太郎さん。」


清司は礼儀正しくお礼言う。


「ではまた。」


ぶろろろろろろ


エンジン音がなり車は動きだす。のぼりたつ山の方向へと進んでいく。

孝太郎さんの車が清司から離れていく。


『本当に良いのか?清司。私としてはこの村から早々に去るべきだとおもうがな。』


位牌箱から発するワラズマの声が何処か神妙である。


「うん、そうなんだが。ちょっと気になることがあるんだ。」


清司はどうしてもあの悪夢が気になっていた。

ワラズマは位牌箱からはあとため息がもれる。


『清司、お節介は大概にすべきだ。首を突っ込んでもいいことないぞ。』

「御免。ワラズマ。それでも最後まで付きって欲しい。」



清司の決意に秘めた言葉に位牌箱にいるワラズマももう諦めたように再びため息がもれる。


『どのような結末をもたらしても私は感知しないからな。』

「ありがとう。ワラズマ。」


清司とワラズマは呪いが蝕む村へと身をとうじる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る