第8話

「ソフィー。明日はピクニックに行きましょう」


 お嬢さまは嬉しそうに言った。

 公爵様から送られてきた、モスリンのドレスを体にあてて鏡をのぞき込んでいるときのことだった。

 私は帽子箱からお嬢さまにぴったりなドレスを探す手をとめる。


「ピクニックですか?」

「そう、ピクニック」


 言葉こそしっているが、いまいちどんなものか私には分からなかった。私の知っているピクニックというのは、貴族の方々が自然を楽しみたくいと言いながら、結構な大人数でやるイメージだった。


 だけど、ここにいるのは私とお嬢さまだけ。

 それに、招待状を出す相手もいない。

(もし、いたとしても今から急に明日なんて言ってもだれも来てくれない。)


 私がぽかんとしていると、


「お弁当とおやつをもって外でのんびりしましょう。せっかく、お父様からドレスだけじゃなくて帽子も届いたことだし。ちゃんとお日様に当てて上げなきゃ」


 お嬢さまはゆっくりと説明するように言ってくれた。


 要は、ドレスを着ていくところもないので、外でお弁当を食べようという貴族らしい遊びか。

 ちょっと意外だった。

 お嬢さまがそんな貴族のご令嬢っぽいことを言うなんて。

 いや、貴族のご令嬢として育てられてきたけれど。


 なんというかお嬢さまはそういうミーハーなことはあまり好まないイメージだったのだ。


 自然の中にずかずかと人が踏み込んでいき、身勝手な解釈で楽しんで満足するのをよしとしないというか。


 自然を楽しむなら、あんな風などんちゃん騒ぎではなく、静かに田園を散歩したりそういうことを好む性格だと思っていた。


 なのに、わざわざ着飾ってピクニックをしようとお嬢さまから言われるなんて、なんか意外だ。


 翌朝、私は早起きをした。

 ピクニックの準備のために。

 さすがに、農場からきてくれているおばさんに朝早くからお弁当を用意してもらうのは申し訳ないと思った。自分の家の事情もあるだろうから。

 簡単なものにはなるが、私も少しは料理くらいできる。


 お嬢さまが、やりたいというのだから、お嬢さまらしくないことであっても全力でお供したい。

 そう思って、私は早起きをした。


 しかし、すでにキッチンにはお嬢さまがいた。

 身支度も済ませてあり、しかも、いつのまに手に入れたのかエプロンまでして料理をしている。


「あ、ソフィーおはよう。もうすぐパンが焼けるから、焼きたてのパンとジャムをもっていきましょう。そうそう、農場の方によって絞りたてのミルクをもらう約束もしてあるの」


 そういって、バスケットを見せてくれる。

 準備は完璧だった。色とりどりのフルーツのジャムの小瓶に、牛乳をもらう時用缶の容器。ピクニック用の赤と白のチェックの敷物に、あと細々としたお菓子。

 驚いた。

 しかも、お嬢さまがパンを焼いているって。

 最近、農園から家事とかをしにやってきてくれるおばさんにいろいろ教わっていると聞いていたけれど、まさかこねかただけでなく、一から作れるようになっていたなんて。


「ごめんね。本当はもっと豪華にしたかったんだけれど、私まだこれくらいしかできなくて。ソフィーと二人だけでのんびりしたかったの。いつも苦労ばかりかけてしまって……本当にありがとう」


 お嬢さまはそういってちょっとだけ恥ずかしそうに微笑んだ。

 頬が少し紅くて、頬に白い粉がついていることにいまさらだが、気づく。

 やっぱりお嬢さまだ。


「お嬢さま……ありがとうございます」


 私は感極まって、思わずお嬢さまに抱きついた。

 やっぱりうちのお嬢さまは最高だ。

 本当は男だけれど。

 誰よりも優しく思いやりに溢れた女神のようなお嬢さまだ。


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