第2話
昼過ぎ、午後のお茶の時間には、屋敷の中で一番眺めの良い部屋のバルコニーでお茶をする。これも旦那様から仰せつかったお飾りの妻の役割なのだ。
横目には私の大好きなスズランの花畑が映り、さらにその奥には旦那様の愛する方の住む別邸が見える。
なんて可愛らしいおうちなのだろう。
少しだけ、旦那様に寵愛される女性のことがうらやましくなる。
もちろん、彼女が住んでいるという別邸がうらやましいのだ。
旦那様が入り浸る別邸。
私のいる本邸である屋敷は、すごく豪華で広い。白亜の館と呼ばれているらしい。歴史があるのに恐ろしいくらい白い。うら若き乙女の骨よりも真っ白で、純粋無垢だ。
私なんかには不釣り合いだ。
どうせなら、あの小さな別邸に私を住まわせて、愛する方と旦那様がこの本邸に住めば良いのに……。
見れば見るほど、あの別邸は私の好みだ。小さくて堅実でしっかりしている。そもそも、あの家は先々代の公爵様が趣味のために作られたもので、住むためのものではなかったらしい。
だけれど、旦那様が愛する方と共に生活をするために、改装をされたらしいのだ。
小さくてあたたかそうで、しっかりしている。
貴族の奥様なら無骨とか田舎くさいと言うのかもしれないけれど、私はなんだかその家の煙突から煙りがのんびりと上っているのをみると、すごくあたたかい気持ちになった。
「奥様、紅茶のお代わりはいかがですか?」
「ありがとう、じゃあ、お願いします」
私の専属のメイドがタイミングよく、聞いてくれる。
私とそんなに年が変わらないのに、小さなころからこの屋敷で育っているせいか、この屋敷について知らないことはない。本当に頼りになるし、気が利く素晴らしいメイドだ。
この屋敷で働く人はこのメイドだけでなく、みんな気さくで明るくていい人ばかりだ。
私にとっては本当に良い職場である。
ふわりと風が吹く。
森の土と水の爽やかな香りが、すうっとあたりを清める感じがした、
「あ、奥様みてください」
メイドがふと、遠くの方をみて私に声をかける。
つられて、その視線の先を追うと、そこには別邸があった。
いいなあ。温かみがあって本当に素敵だなあ。私も豪華なお屋敷よりああいうところに住みたいなあ。
名ばかりの貧乏貴族にとっては広く豪華なお屋敷よりも堅実で小さな家の方が安心できるのだ。
自分で掃除もできるし……ね?
私がそんなことを考えていると、メイドがすこしはしゃいだ声を上げる。
「奥様、旦那様が笑顔で手をふっていらっしゃいますよ!」
つい、別邸のことにばかり気をとられてしまっていたが、別邸の前では確かに旦那様がこちらに向かって手を振っている。
こんなに遠くで見えるのだろうか?
ただ、この時間にここでお茶をするのは私の仕事なのできっと分かるのだろう。
私も旦那様の形が手をふっているのは確認できたけれど、笑顔かどうかまでは分からなかった。目はそんなに悪くないはずなのだけれど。
一瞬、手を振りかえそうかと迷う。
でも、別邸には旦那様の愛する人がいるのだ。
私と旦那様が手を振りあっているのをみたら、きっと旦那様の愛する人はなにか誤解をしてしまうかもしれない。
そう思うと手を振るのは得策ではない。
万が一、旦那様が愛する人に嫌われてしまったら、私のこのお飾りの妻という仕事もなくなってしまうかもしれないから。
無難なところで、すこしだけ会釈をすることにした。
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