第22話 女にモテたいからサッカーやってんだよ!


 九月下旬。


 昼休み。僕はグラウンド脇に建てられた運動部の部室棟に来ていた。

 中学、もちろん高校でも帰宅部の僕にはまったく縁のない場所だが、今日はここに来るよう平太から呼び出されていた。平太が所属するサッカー部の部室の扉をノックすると、僕がドアノブに触れるより先に扉が開く。


 壁際にロッカー、中央にベンチ。

 いたって普通の部室の中で、十人以上の男が床で正座していた。平太は一人窓に寄っかかり、苦々しく笑って僕に小さく手を振る。


「「「「「お待ちしておりましたっ!!」」」」」


 平太を除く全員が、合唱コンクールのように声を揃えて頭を下げた。

 面食らって動けない僕は、扉を開けてくれた男子生徒から「ささ、こちらへどうぞ」と椅子に座るよう誘導される。


「あ、あの、これは一体――」

「「「「「ご足労感謝しますっ!!」」」」」

「いや、ちょ、ちょっと待ってくれ」


 困惑する僕に、「事情は俺から話す」と平太は口を開いた。


「十一月に文化祭があるだろ」

「あ、ああ。それがどうかしたのか?」


 うちの高校の文化祭は二日間に渡って行われる。

 一般参加も可能で、毎年出し物のクオリティが高いことで有名だ。


「クラスだけじゃなくて、部でも出し物があるんだ。うちの三年生はもう引退してるし、俺たち一年生と二年生しかいない。でも、二年生はクラスの出し物で演劇をやるらしくて、あんまり部の方に顔を出せないんだとよ」

「……お前まさか、人手不足だから僕に手伝えって言うのか?」

「半分正解だな。うちは今回イタリアンを出そうって話になったんだが、料理できるやつが一人もいないから真白に全部作ってもらおうと思って」

「はぁ!?」


 手伝うどころの話ではなかった。


 文化祭の出店でイタリアンがあれば、それはもう目立つこと間違いないだろう。他のクラスや部がせっせとたこ焼きや綿あめを作ってる中、パスタやピザを出すのは確かに面白い。


 しかし、料理が複雑になれば当然スキルが必要となる。

 料理ができないのに、なぜそんな企画を立てたのか。わけが分からず、ジロリと平太を睨みつける。


「俺は反対したんだぜ? 俺たちじゃ絶対に無理だって! でも、こいつらが……」


 と、正座する男たちへ視線を落とした。


「……どうしてもイタリアンじゃなきゃダメなのか?」


 ため息混じりに尋ねると、男たちは目をキラリと輝かせた。


「「「「「洒落てたらなんでもいいですっ!!」」」」」


 ムカつくほどに気合いの入った声だった。


「そもそも、イタリアンが何かわかってる?」

「「「「「サイゼ〇ヤ!!」」」」」

「ああ、うん。その認識で間違ってないんだけど……」

「自分が代表して説明します!」


 ビシッと訓練された軍人のように挙手し、一人の男が立ち上がった。


「オレたちはモテたいんです!」


 その男の発言に、正座している男たちは一斉に首を縦に振る。


「今回の文化祭には、近所の女子高からもたくさん女の子が来ます! そこで目立つ料理を作れば、女の子が沢山来ると思いイタリアンにしました! 更に今我々には、武市平太という抜群のイケメンがいます! 奴を客寄せパンダとして活用すれば、女の子が津波の如く押し寄せることは間違いないでしょう!!」

「……あぁ、そう」


 呆れてものも言えず立ち去ろうとすると、別の男が「待ってくれぇ!!」と足にしがみついた。

 気持ち悪いを通り越して、怖くなってきた。


「おれたちは女にモテたいからサッカーやってんだよ! でもなぁ、どの女子も武市ばっか見てておれたちは眼中にないんだ! こんなのおかしいだろ!? 文化祭でくらい、女子と戯れさせてくれよぉ!!」

「何でそんなことに僕を巻き込むんだよ! モテたいなら自分たちで何とかしろ!!」

「あんたは天城と付き合ってるからいいだろうけど、おれたちは本気なんだ! モテるためなら何でもやるんだよ!!」

「天城とは付き合ってないっ! てか、何でもやるってなら、料理の勉強からやれ! 文化祭まであと一ヵ月以上あるだろ!!」


 渾身の正論を叩き込むと、男たちは一斉に黙りこくった。

 まずい、ここまでへこませるつもりはなかったのに。

 ささやかな罪悪感に焼かれる僕に、「こっちの事情も聞いてくれよ」と平太がため息まじりに零す。


「真白の言い分はもっともだが、俺たちは土日も練習があるし、出店で使う看板とかも自作しなくちゃならないんだ。その中で料理の練習したって、素人に毛が生えるくらいにしかならないだろ。それにな……」

「それに?」

「去年、うちの部の文化祭での売り上げは校内で一番だったんだ。そうなると……ほら、わかるだろ。運動部だし、先輩から圧力がかかるんだよ。一位以外獲ったら、どんな嫌味言われるかわかんねぇ」

「……そういう事情には同情するが、僕にも生活があるからな。文化祭の日も普通にバイト入れるつもりだし、学校で体力使い果たしたくないんだけど」


 文化祭は朝の九時から夕方の四時まで行われる。

 準備と後片付けを任せるとしても七時間労働だ。普通にバイトするのと変わらない。


「そこのところは考えてある。おい、あれ出してやれ」


 僕の足にしがみついていた男が、のそっと身体を起こしてポケットから封筒を取り出した。

 受け取ると、結構な厚みと重さがある。そこには、三十枚以上の千円札が入っていた


「全員で一人三千円ずつ出した。もし引き受けてくれるなら、メニューの作成もお願いしたいから試作の材料費に使ってくれ。残ったのは生活費に回してくれて構わないから」

「……いや、でもなぁ」


 こいつらが本気なのはわかった。

 しかし、三万ちょっとでは労力に見合わない。当日の労働だけなら申し分ないが、メニューの作成にはかなりの責任が伴う。


「そういうと思って、出店の利益の半分をバイト代として渡そうと思う」

「は、半分!? 大丈夫なのか、そんなことやって!」

「利益は一年生で好きに使っていいって、先輩たちから言質は取ってあるし問題ねぇよ」

「……ちなみに、去年の利益は?」

「十万とちょっとくらいだ。それと同額稼げば、真白のバイト代は五万ってことになる」


 文化祭は二日間。日当二万五千なら、かなり割のいい仕事だ。

 しかも、僕が美味しくて原価率の低いメニューを考案し店が繁盛すれば、その分だけバイト代が増額される。こんなに美味しい話は中々ない。


「わかった。引き受けるよ、この仕事」

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