第16話 ちょー意識してるもん!


 中間試験三日前。


「最近、天城の様子が変なんだ」


 今日も僕と平太は、いつもの非常階段で昼食をとっていた。

 四月に見つけたこの秘密基地的空間も、季節が傾き寒くなってゆくにつれ居心地が悪くなってきた。そろそろ別のところに移動しようか、なんて話が落ち着いたところで、僕は真剣な面持ちでそう口にする。


「変って何が?」

「まず、これを見てくれ」


 僕はポケットからスマホを取り出し、二週間前の天城とのトーク画面を見せた。


【アンナ:すき】

【アンナ:好き好きー!】

【アンナ:今日も大好き!】


 おはようのように、おやすみのように、天城は一日一度は文字で好意を伝えてくる。

 読み返されることが嬉しいらしい。


「最近、この手のメッセージが送られてこなくなったんだ」

「そんなもん、俺じゃなくて天城に言えよ。好きって言ってくださいって」

「そ、そうじゃなくて! 何かあいつ、全体的に変なんだよ! キャラが変わったっていうか……一緒に勉強しててもベタベタ触ってこなくなったし!」

「自慢か?」

「違う! 服装だって、前はタンクトップに短パンとかだったのに、最近はやけに露出度も減ったし!」

「寒くなったからだろ」

「真面目に聞いてくれ! 女慣れしてるお前なら、何かわかるだろ! 突然キャラが変わることって普通なのか!?」


 平太は頬張っていたホットドッグをもぐもぐと咀嚼して飲み込み、ふーむとそれらしい表情で唸った。


「他に何かあるか? 天城の変わったところ」

「……一緒に学校行ったり帰ったりしなくなったし、うちで飯食わなくなって勉強終わったらすぐ帰るようになったし、心なしか他人行儀っていうか何ていうか」

「お前それ、あれだろ」

「あれ?」

「別に好きな男ができた」


 しんと、空気が凍ったような気がした。

 僕に惚れたのだって突然だった。それなら突然冷めてもおかしくないし、他の人に気が移ったところで不思議ではない。


「よかったじゃねえか。付きまとわれて迷惑してたんだろ?」

「ま、まあ、それは……」

「何だよ。もしかしてお前、天城に惚れてたのか」

「そうじゃない、けど。何か……呆気ないなって」


 平太の推理が正しければ、僕にとっては喜ばしいことだ。

 もう勉強を教えてもらえないのは痛手だが、少なくとも不純異性交遊に発展することはない。あいつからの誘惑に、心臓を痛めないで済む。


 それなのに、心がざわつく。

 これでいいのだろうかと、考えても仕方のない疑問が浮かぶ。


「そんなに気になるなら、ちょっと試してみたらどうだ」

「試すって?」

「今日はどうしても一緒に飯を食いたいって、しつこく誘うんだ。それでも断られたら、もうそれはそういうことだろ」

「……なる、ほど」


 僕は別に天城との関係がどうなったって構わないし、それは強がりとかじゃなく本当で本物の本心だ。


 しかし、うちの冷蔵庫は構わないと思っていない。

 二人分の食材、作り置き、冷食を抱えた冷蔵庫。あいつがもううちで夕食をとらないなら、これらをどうにか処分しなければならないし、余分な買い物もやめなければ。


「今夜、試してみるよ」


 何でもないような、素知らぬ顔をしながらも。

 身体の内側を、緊張の汗が流れてゆく。




 ◆




 バイトを終えて、いつものように勉強会が始まった。


 今日の天城の服装は、デニムパンツに白い長袖のパーカーとやはり露出度が少ない。

 本当に寒さが原因なのだろうか。ついこの間まで、胸元を強調するような服で僕の向かい側に座り、わざと見せつけて喜んでいたのに。


 加えて、メイクも大人しい気がする。

 もしかしたら、肌が荒れていて控えているだけかもしれないが……。

 それにしたって、あれだけギャルギャルしかった天城のギャル要素は、もう金髪とピアスくらいしか残されていない。


 抜け殻、というより。

 別人といった雰囲気。


「今日もよく頑張ったね。じゃあ、あたしは帰るから」


 口調もどこか優しく、悪く言えば距離を取っているような風で、天城はニコリと笑って立ち上がった。その笑みすらも、どこか嘘くさい。


「な、なあ」

「ん?」

「久しぶりにうちで飯食っていかないか? 今日たまたま、豚バラブロックが安かったんだ」

「……」

「だから、酢豚にしようかと思って。好きだろ、酢豚」

「う、うん。好き、だけど」

「食ってけよ……ていうか、食っていってもらわないと困る。結構な量、買っちゃったし。……うん、そう、困るんだ」


 誘うというより、脅迫に近いような気はするが、これ以外に方法が思いつかなかった。

 天城は困ったように眉をひそめて、次いで作り物の笑顔を浮かべて。「ごめんね」と呟き立ち上がる。


「これから仕事の電話しなくちゃいけなくて。どれくらい時間がかかるかわかんないから、また今度にするよ」

「そ、そっか。それなら……仕方、ないな」


 天城を玄関まで見送って、「おやすみ」と手を振り合う。

 仕事なら仕方がない。そういうことだってある。あいつは、夢に向かって邁進しているのだから。


 なのに、どうしてだろう。こんなに残念なのは。




 ◆




《どうですか、天城先輩。兄の様子は》


 部屋に戻ったあたしは、美墨ちゃんに状況報告のため電話をかけた。


「もぉー効果出まくり! すごいよこれ、あたしのことちょー意識してるもん!」


 ベッドに腰かけ、枕をペシペシと叩いた。

 おっと、まずい。あまり大きな声を出すと、こちらの作戦が向こうに伝わってしまう。今度は声を潜めて、「美墨ちゃんのおかげだよ」とほくそ笑む。


 月初めに受け取った【天城杏奈清楚キャラ化計画】の概要は、要約すると北風と太陽のような計画だった。

 押せ押せで攻め一辺倒なあたしが、あえて距離を取ることによって佐伯に意識してもらうという、至極単純な話。

 それが清楚キャラなのかどうかはさて置き、今佐伯は確実にあたしを意識している。あんな風に、向こうから食事を誘ってくることなんてなかったし。ちょっと心は痛むけど、恋の成就のためなら仕方がない。


「でもさ、これ大丈夫かな。あたしに嫌われたとか、そんな風に思われてたら困るんだけど」

《たぶん大丈夫ですよ》

「た、たぶんって……」

《武市先輩に何か相談している可能性はありますが、ちょっと確認できないんですよね》

「え、なんで?」

《うちの姉曰く、ハッキングしているとバッテリーの消耗が激しくなるとか。節電のため、使う時以外は電源を切ってるっぽいんです》

「……そっか。じゃあ、勘違いされてる可能性はあるんだ」

《きっと大丈夫ですよ。それより、予定通り今度のデートで勝負に出ましょう。準備はできてますか?》

「本当にやるの、。別に疑ってるわけじゃないんだけど、流石にやり過ぎな気が……」

《わたしを信じてください! わたしと兄の付き合いは十年以上、初恋の子が誰か知っていますし、えっちな本の趣味だって知っています! 兄にどういう作戦が通じるか、本人よりも熟知しているつもりです!》


 熱のこもった声に、「そ、そうだね」と返した。


 に思うところはあるが、少なくとも現状上手くいっている。

 美墨ちゃんの話に乗らなければ、佐伯があたしを引き留めるようなことはしなかっただろう。だとすれば、このまま彼女に従うのが最適解に思える。


《デートが終わった時には、兄はきっと天城先輩にメロメロですよ! あとちょっとだけ、頑張ってください!》

「……うん。うん、わかった。やるよ、あたし。絶対に佐伯に、好きになってもらうんだっ」

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