ボッチと初依頼



 俺たちが移動したのは家庭科室で、到着したら何かと料理するための材料やら器具が出揃っていた。


 フィットチーネの麺にベーコン、バジルのソースやらが揃ってるんだが、もしかして俺は幸運の女神に祝福されてるのか?凄く良い予感がして来たぞ。


 エプロンが人数分も用意されていたことから、こちらは片岡先生が用意してくれたんだろう。


「バジルのジュノベーゼでも作るのか?」


 すでに可愛らしいエプロン姿に着替えた2輪の花と向き合いながら返事する。


 ていうか凄く似合ってるな2人とも。


「ええ、手作りでパスタを上手く作れるようになること。でも初めてだから手伝って欲しいのが河南さんの依頼よ」


 そう言いながら材料の配分を人数分に組み立て始めてるのか、架空で指で数え始める藤村。


「……うん、食べて欲しい人が居るの……」


 と少し顔を赤くしながらちょこんと頷く河南だった。


 料理が出来ない自分が恥ずかしがってるのだろうか。


「俺の方から誘っておいてなんだが、先に仲良い友達とかに頼もうとは思わなかったのか?」


「そ、それはそうなんだけど……私が料理出来ないのってポンコツみたいでなんだか恥ずかしいし、皆部活やら恋人と遊ぶので忙しいからここに来たの……」


 心配せずとも俺は君のことをポンコツだと思ってるんだがな。


「そうか。まあ落ち込む程のことじゃないと思うけどな……」


 今すぐ覚える必要性も無いのに、料理ができないことに劣等感を感じる必要は無いと思うぞ。


「それに片岡先生に聞いたんだけど、この部って生徒の願いを叶えてくれるんだよねッ!?」


「えっ」


「それは違うわよ、河南さん」


 なんだよその7つの光る球を集めたら伝説の龍が現れる、みたいな御伽噺のような設定は。


「ボランティア部はあくまで援助の手を差し伸べるだけよ。暗殺者に狙われてるターゲットに護衛をつけるんじゃなく、戦う術を身に付けさせて自立を促すのよ」


「何と戦ってるんだよお前は」


 例え方が物騒だろ、そんなにアクション作品が好きだったのかよコイツは。


 まさか映画の好みまで似てるとは思ってなかった。


「ぁ……改めて凄い部活だね」


 おいほら河南も若干引いてるぞ。


 そう言うと藤村は違和感に気付いたのか、河南の背後に回り込んでエプロンの紐を結び直した。


「結び目が雑よ……河南さん、あなたエプロンもまだ真面に着られないの?」


「あはは、ごめんね。こういうのはいつもお母さんがやってたから。それで家事とかも全部任せきりにしてるから少しは出来るようになりたくて……ありがとう」


 それはきっと君のお母さんが聞いたら泣いて喜ぶだろうな。


「それで、俺は何をすれば良いんだ?」


 一応俺の分のエプロンも置いてあるようなんだが。


「あなたはただ味見して感想を言ってくれればいいわよ。だからそこで大人しく見ていなさい。河南さん、私も同時に作るから私をお手本にして真似していきなさい」


 口出しはするな、ということか。


 まあ料理人曰く、料理は目で盗むものらしいから藤村はそうするつもりなのか。


「そうか。わかった」


 だったら先ずは両方のお手並拝見と行こうか。


「……わ、分かった。よろしくね、アヤミン」


 香ばしい香りが家庭科室で充満していくなか、俺は2人の様子の観察に徹した。



 ※



 ようやく2人の料理が終わったのでこれから味見することになったのだが。


「……あ……ぁ……っ……ぁっ……」


「なぜあれだけのミスを重ねることが出来たのかしら……」


 藤村の鍋からは香ばしい匂いが出ていたが河南のからは全くそんなことなく。


 なんて言うか、そこにはカチンコチンに固まったパスタの麺が出来上がっていた。


 後ろで黙って見てても河南の不器用さには驚かされたが、やはりこうなったか。


「麺の先っちょが焦げ焦げになっててマッチ棒みたいになってるぞ」


「パスタが実際にときは流石に焦ったわね」


 冗談抜きで俺も何回か消化器を持ってこようか検討した程だったぞ。


「これは流石に黒焦げになってる箇所を切り離さないと。……もはや毒味だな」


「そ、そんなことないからっ、ちゃんと食べられるしッ!」


 そう言って改めて自分のお皿に盛り付けたを間近で観察する河南。


「……う〜ん……んん……んっ……やっぱり毒かな?」


「まあ荒牧くんなら大丈夫でしょ。さあ、今すぐ食べてちょうだい」


「はあっ!?お前どんな根拠なんだよ。それに、俺にこれを食えと言ってんのか?」


「当然でしょ。森のサバイバル中に見つけたキノコが毒か無害かは、食べてみたらわかるものよ。シュレディンガーの猫だと思えば少しは安心するんじゃないかしら?」


 俺なら死んでも全く意に返さないとでも言いたいのか。


「なんで俺が犠牲になる前提で話してんだよ」


「女の子からの据え膳も食えないだなんて、男として生まれた最大の恥ね」


「コンニャロ……っ!」


「うぅ……もう辞めてアヤミン……流石に泣きそうかも……」


 いじめっ子さんや河南の目が実際にうるうるして来たぞ。


「そうね、流石に言い過ぎたわ。ごめんなさい、謝るわ」


 表情こそいつも通りで頭を下げたわけでも無いけど河南が驚くのも無理はない。


 俺だって驚いてる。


 あの藤村も自分の非を認めて謝罪なんてこともすることが出来たんだな。


「あ、わ、分かってくれれば大丈夫だよッ!ありがとうアヤミン、えへへっ」


 切り替えはっや。


 よほど藤村から距離を詰めて来たのが嬉しかったのかもう懐いてるぞ。


「……え、ええ。それじゃあ、今度は何を改善したら解決するのか考えましょう」


「今まで通りにママに料理を任せることだな」


「確かに問題そのものを無くせば解決したようなものだけどもッ!」


 ムッと一生懸命に睨もうとしてるのは伝わるが可愛いせいで迫力がイマイチだな。


 すると珍しいことにいつも元気そうな河南が弱気でポツポツと呟き始めた。


「ムゥ〜やっぱり私には料理は向いてないのかな……才能っていうの?私にはそんなの無いし……」


 まさかここまで弱気になるとは思わなくて驚いてしまった。


 初めての料理が上手くいかなかったくらいでそんなに落ち込むことないと思うが。


 自分で才能が無いとか言ってるようだが俺からすればそのコミュ力は才能の塊だ。


 けどあまりにも自然にこなせてるから、とうとう自分自身でもそれが反復練習の賜物だということを忘れてしまってるのだろう。


「河南さん、解決方法は努力で示すのみよ」


 そう言いながら藤村は自分の皿に出来上がったパスタを綺麗に盛り付けて行った。


「……ぁ……」


「それにさっきは『自分には才能が無い』だなんて言ってたわね」


「あ、うん……」


「それは間違ってるわよ。何かと向き合うときに人生のほとんどの時間を注ぎ込むように費やして、これ以上はどこを絞ったって骨しか残らないような抜け殻になって……それでも上手く行かなくても言うのが許されないセリフなのよ?」


 河南のことだから恐らくチヤホヤされて育って来て自分の劣等感と向き合う時間があまり無かったんだろう。


 それもそれで幸せな人生だったなと言えるけどな。


「それにあなたはまだ料理を今始めたばかりなのでしょう?たった一度試してみただけで完璧に再現出来たら誰も苦労しないのよ。それに私はこうして当然かのように出来てるように見えるでしょうけれど、私が何時間料理と向き合って来たと思ってるのかしら?」


 確かにそれは今まで筋トレを継続したことも無い奴が『スッゲー!!どうすればプランシェ出来るようになるの!?』と騒いでるようなものだな。

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