最終転 最後までブラック。でも……

 それから俺は何度目かの転生で無事に世界を救って、女神の言う通り財産を分け与えた。一回で行けない辺り「あなたらしいですね」と、女神もなんだかんだ俺のことをわかっていたようだった。


 天上界に上っていくとき、なんだかエレベーターに乗ったときのあの状態になって、とても懐かしく感じた。あまりに久しぶりだったからか、それとも天上界って言うだけあってそれだけ長い時間ふわっとしていたからか、天上界に着いた瞬間に気持ち悪くなって吐いた。


 天上界は想像していたよりもずっとメカメカしかった。なにやらドデカいモニターにどこかの星の世界地図が映し出され、そこかしこで赤い点が明滅している。アラート音もけたたましくなっている。


「よう、綾条あやじょう


 せわしく働いていた彼女に、俺は何千年ぶりかに声を掛けた。あの、地球に居たときの二人みたいに。日本語で。


「え。維斥いせきくん!?」

「久しぶりな呼ばれ方だな」


 振り返った彼女は地球に居たときの容姿をしていた。長くつややかな黒髪を下ろし、清潔感のあるワイシャツにタイトスカート。膝から下は黒色のストッキングとパンプス。日本のOLと言った感じのスタイルだった。

 かく言う俺も、地球に居たときの容姿でサラリーマンのような格好をしている。


「その驚き方、俺がここに来るって女神さまから聞いてなかったのか?」

「ええ?」


 そう言って綾条はパソコンのマウス的ななにかをいじって、小型のモニターを見た。


「ああ! メール届いている! ごめんね!」

「いや、謝らなくていいよ。忙しそうだな」

「うん。早速手伝って」


 隣に座って、綾条から振られた仕事を次々にこなしていく。


「休憩しないのか?」

「うん。わたし、神だから疲れないの」

「そっか」


 じゃあ俺は一回休憩でもしてこようかなと思って立ち上がろうとしたところでピタリと止まる。


「え。ちょっと待って。俺も神なの?」

「うん。だからお腹も空かないし眠くもならないよ」

「マジかよ」

「だからずっとこの調子」


 そういえば着いた瞬間はあれだけ気持ち悪かったのに、この部屋に入ったときから吐き気もふらつきも治っていた。


 俺はがっくりと項垂れた。

 これから24時間365日休憩なしの勤労地獄が始まるのだ。しかも永遠に。


「やめないの?」

「やめないよ。だって、ほら、座標1156の3872に泣いている子がいるもん」

「あー、それに457の889にも居るなあ……って、キリねえよ。やめようぜ」

「ダメだよ! すべて救いきるまで、諦めない。キリがないなら、ずっと救い続けるだけだよ」


 まあ、いいか。職場環境は最悪だけど、上司は最高のポリシーを持っていい仕事をしている。


「なんでそんなに頑張んの? 神だから?」

「神だから……っていうのは半分」


 彼女はモニターから視線をこちらに向けた。

 夜空をめ込んだ瞳が、モニターの光を反射している。


「あとの半分は、先輩への恩返しかな」

「先輩?」

「地球の神さま。今みたいにさ、すごく大変じゃない? 一人一人に目を向けるなんてできない。でも、神さまはわたしの中学校に維斥くんを転校させてくれた」

「俺の親父おやじの昇進が決まったのは神のおかげだったんかい。確かに神社にめっちゃお参りしてたわ」

「地球でみんなが言っているような全知全能なんかじゃないから、虐めを未然に防ぐことはできなかったけれど、事後でも救ってくれた。解脱げだつのポテンシャルがある人間なのに、このままだと闇落ちして奈落ならく彷徨さまようことになるからって」


 なるほど。そういうわけか。神の判断は正しかったな。有能な人材をスカウトするために手を差し伸べたってわけだ。それで、思う通りの超社畜女神スーパーゴッデスになり、この惑星の人類救済をワンオペしていたと。地球の神さまも経営者だねえ。それも超ブラックの。


「そういえばこの惑星の名前は?」


 俺がそう聞いても、彼女はすぐには答えなかった。しばらく口を開けたり閉じたりして、「あー」とか「うー」とか言っていた。


「そ……の」

「うん?」

「えっと……イセキ」


 惑星イセキか。いい名前じゃん。ってあれ?


「それって俺の」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「そんなに謝らなくても」


 思わず笑ってしまう。


「でもそれだと、まるで俺が一番偉いみたいになっちまうな」

「まさか維斥くんが来てくれるとは思ってなかったから」


 ずっとワンオペで行くつもりだったのか。


「そうだ。綾条の苗字変えたら? 維斥に」

「えええええ!?」

「そんなに嫌がらなくてもいいだろ」

「嫌がっているわけじゃあないよ! その、恐れ多いから!」


 先輩女神だというのに、謙虚が過ぎるな。


「それに呼び方は? 二人とも維斥だとこんがらがらない?」

「名前で呼べばいいだろう。あやの」


 彼女は耳を赤くして俯く。デスクの上に置いた指先が震えている。


「い……、一閃いっせんくん」


 維斥一閃。何千年も前の俺の名前を憶えていてくれたのは、素直に嬉しかった。

 ああそうか。恥ずかしいからだと思っていたけれど、あやのも嬉しかったんだな。


「ところで、ずっと救い続けるって言ったけど、終わりは来ないのか?」

「いつか来るよ。宇宙が崩壊するとき」


 宇宙の崩壊までいったいあとどれくらいあるんだろう。途方もないとはこのことだ。


「じゃあ、宇宙が崩壊するそのときまで、ずっとよろしくな。あやの」


 俺がそう言うと、綾条は頬を赤らめてコクッと頷いた。


「そういえば女神さまが、あやのが告白するだなんだって言ってたんだけどさ」

「うええあああえあ?!!?」

「神が変な声出すなよ」

「ご、ごめん!」

「あれって誰への告白?」


 意地悪に聞いてみる。文句を言えなかった代わりに。あやのはそっぽを向いて震えている。

 しばらく待ってみても、彼女からの返答はない。


「ま、いいや」


 くるりと座席を回す。小型モニターに向き直って、パソコン的なものとマウス的なものを操作した。


「え、でも、その」

「いいって」


 俺はカタカタと機械を操作する。


「宇宙が崩壊するまでには、教えてくれ。どうせそれまでずーっと一緒に居るんだから」


 あやのは瞳を見開いて、それからコクリと頷いた。

 宇宙が崩壊してもこの夜空だけは多分きれいなまま残って、そこからまた新しい宇宙が始まるんだろうなって、そんなことを思った。

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転校も転職も転生も失敗した俺が目指す未来 詩一 @serch

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