第65話 邂逅


 ゴスロリ衣装で左右の瞳の色が違うヘテロクロミアの少女が、俺を尾行している。

 こんな格好で少女が尾行してるのは『認識阻害アンチパーセプション』を発動してるからだろうけど。

 俺はレベルMAXの『索敵サーチ』を常時自動発動してるし、レベル差があるから『認識阻害』は効かないんだよね。


 いや、俺を尾行するなら『認識阻害』が効かない可能性くらい考えろよ。その発想がないあいつは驕ってるのか、唯の馬鹿なのか。


『僕のこともバレてるなんて、さすがはアレク様ですね』


『エリザベス、惚けるなよ。俺が気づいていることくらい初めから解ってただろ』


 エリザベスは『不可視インビジブル』も発動してるけど、レベルMAXの『索敵』なら位置なんかバレバレだし。『鑑定』を使わなくても相手のレベルまで解る。

 だけどそれだけじゃなくて、これもレベルによる影響なんだけど。リアルエボファンの世界では、レベルが高くなると相手の存在を感覚的に把握できるようになるんだよ。


 姿が見えなくても、俺はエリザベスの存在を感じることができる。これは敵に対しても同じで、姿の見えない敵を俺は感知することができる。

 エリザベスも同じような感覚を持っている筈だけど、俺の方が感覚が鋭いのはレベルが高いからだ。


『はい、勿論解ってますよ。アレク様は何でもお見通しですからね。あの小娘を放置していたことも謝りますが、大したレベルじゃないですし。何かしたら僕が始末しますよ』


 ゴスロリ少女は325レベル。俺はともかくエリスたちにとっては十分過ぎるくらい危険な相手だ。

 エリザベスがそれを知りながら報告しなかったのは、相手が行動を起こす前に確実に殺す自信があるからだ。


『エリザベス……さっき報告してなかったら、強制送還してたからな』


『でも報告したんですから、アレク様は許してくれますよね』


 『認識阻害』が俺に効かないことが解っているエリザベスは、『不可視』だけ解除して悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 2,000レベル超のエリザベスなら普通・・の『認識阻害』だけで他の奴は存在にすら気づかないけどさ。


『おまえなあ……何を考えてるんだよ。おまえより強い敵がいる可能性を常に考えろっていってるだろ』


 俺が知らないというだけで、この世界に圧倒的な強さを持つ奴がいる可能性は否定できない。例えば黒幕とか、他の転生者とか。


『そうでしたね。アレク様……ごめんなさい』


『何だよ。素直に反省するなんて、エリザベスらしくないな』


『アレク様が僕のことを想って言ってくれたことは解っていますから。アレク様の想いを裏切るようなことして、本当に反省してるんですよ』


 再び『不可視』を発動したからエリザベスの表情は見えないけど、今どんな顔をしているかくらい俺には解る。


『なあ、エリザベス。おまえはあのゴスロリ女をどうするつもりだったんだ?』


『僕としては暫く泳がせて、背後にいる馬鹿な奴らを探り出してから殺そうと思っていましたよ。勿論、その前にアレク様に相談するつもりでしたけどね』


 後半の部分は本当か怪しいけどな。エリザベスは俺のことを一番に考えてくれるけど、この程度の相手なら俺の手を煩わせる必要もないと、勝手に始末してしまうかも知れない。

 まあ、さっき釘を刺したからこれからはしないと思う……たぶん。


『なるほどな、俺も同じ考えだけど。泳がせる前に警告しておくよ』


 俺は『転移魔法テレポート』でゴスロリ少女の前に移動する。


「なあ、おまえさ……俺に何の用だよ?」


 ゴスロリ少女は突然目の前に現れた俺に警戒するが、『認識阻害』に相当自信があるらしく、まだ自分が声を掛けられたとは思っていない。


「だから、俺はゴスロリ衣装で左右の瞳の色が違うおまえに話してるんだよ」


 少女は『認識阻害』が効かないことを認識すると、敵意を剥き出しにする。


「はあ……何を言ってるんですか? 脳味噌膿んでます?」


 おい、シラを切るならもっと上手くやれよ。


『おい、エリザベス。手を出すなよ』


『アレク様……解りました』


 ゴスロリ少女の背後に一瞬で移動したエリザベスは、少女の背中に『血の剣ブラッドソード』を突きつけたまま拗ねた顔をする。

 いや『不可視』を発動してるから表情は見えないけど、俺には解るんだよ。エリザベス、おまえなあ……


 呆れた顔でエリザベスを見る俺の視線の動きで、ゴスロリ少女は状況を察したのか、

いきなりバク宙して後ろに蹴りを入れる。

 だけどエリザベスは余裕で避けて『認識阻害』と『不可視』も発動したままだから、少女はエリザベスの存在に気づくこともできなかった。


「チッ、ブラフですか……蛆虫の癖に、小賢しい真似をしますね」


 おい、口が悪過ぎるだろ。いや、それは置いておいて……スカートでバク宙とか、完全に下着が見えたからな。

 俺は〇リコンじゃないから、少女の下着なんて興味ないけど。エリザベスがジト目をしてるから、もう少し考えて行動しろよ。


「おまえは『認識阻害』に相当自信があるみたいだけどさ。冒険者ギルドを出てからずっと俺を尾行してたことは知っているからな」


 口が悪いことも下着のこともスルーする。指摘すると面倒臭いことになりそうだから。


「な……初めから気づいて……そんな筈が……」


 いや、今こうして話してるんだからさ。現実を受け止めろよ。

 こいつは自分よりも強い奴を知らないのか? 325レベルでパーティーを組めばゲームのアレクを余裕で倒せるから、その可能性はあるな。


「まあ、おまえがどう思おうが関係ないけど、俺の周りを彷徨うろつかれると目障なんだよ。

 今日のところは見逃してやるから、おまえの飼い主に俺に用があるなら正面から来いと伝えておけよ」


 俺も諜報部隊に色々と調べさせてるけど批判を聞く気はない。

 情報を集めるのは当然の行為だけど、やるならもっと上手くやれってことだ。

 それに俺に気づかれる可能性を考えないような奴は、何をしでかすか解らないからな。

 エリスたちの安全を考えれば、そんな奴を放置する訳にはいかない。


「その程度のレベルで、何を偉そうに! 蛆虫が殺されたいんですか!」


 ああ、『偽装の指輪フェイクリング』の数値を鵜呑みにしてるのか。なんか色々と面倒臭くなってきたな。

 こいつが仕掛けてきたら殺してしまうかも知れないし、先に調べておくか。

 俺は『鑑定』を発動する。


「キスダル・パラミリって……ああ、ガスライト帝国の殺人人形マーダードールか。俺の趣味じゃないから、見ただけじゃ思い出せなかったよ」


 レベルMAXの『鑑定』だと名前から種族やクラス、年齢と性別に全ステータスと使えるスキルと魔法まで、つまりステータス画面に表示される情報が全て解る。

 キスダルがガスライト帝国の殺人人形だって情報はゲーム知識だけどな。


「蛆虫風情がどうして私のことを……」


「そんなこと、おまえに教える筈がないだろ。それよりも早く消えろよ。じゃないと……ガスライト帝国を滅ぼしに行くからな」


 勿論、嘘だけど。

 キスダルがリアルエボファンの世界でもガスライト帝国に所属している確証はなかったけど、反応でモロバレだ。こいつは嘘が付けないタイプだな。

 背後に誰かがいるのも確定だな。飼い主の存在を否定しなかったから。


「貴様……本当に殺されたいみたいですね!」


 そろそろ限界か。だけどこんな奴に情報を探らせるなんて……いや、決めつけるのは危険だな。俺を挑発することや侮らせることが目的の可能性もあるし。


「殺してやる・殺してやる・殺してやる・殺してやる……殺してやる!」


 キスダルが狂気の笑みを浮かべて飛び掛かる直前に、俺がしたことは2つ。

 『絶対に手を出すな』とエリザベスに念押ししたことと、キスダルの眼前に拳を寸止めしたことだ。


 いつも俺は手加減して戦っている。『始祖竜の遺跡』でモンスターを倒し捲っていたときに手加減のやり方は覚えた。ゲームのように常にステータス全開だと人を殴ると肉片すら残らないどころか、下手をすると日常生活すらままならないからだ。


 だけど今回は少しだけ本気を出した。いや、こんな言い方だと己惚れてると思われるかもしれないけど。俺のステータスだと力を調整するだけでも結構難しいからな。

 圧し潰した空気が高熱を放ちキスダルにダメージを与えるけど、直撃しなければ325レベルだし、死ぬことはないだろ。


 風圧と熱に耐えたキスダルは呆然とした顔をしている。


「え……まさか……『深淵の支配者アビスルーラー』閣下よりも強い……」


 なんか変な言葉を呟いてるけど、精神をへし折ることはできみたいだな。

 普段ならこんな面倒なことはしない。敵なら殺してしまう方が早いからだ。

 今回は背後にいる奴を探り出すためだから仕方ない。


「なあ、キスダル。まだや……」


「『転移魔法』!」


 『転移魔法』も使えるんだな。レベルを考えればそれくらい用意してるか。


「エリザベス……」


 『認識阻害』と『不可視』を解除してエリザベスが姿を現す。


「アレク様、解っていますよ。ガスライト帝国には部下を派遣していますけど。僕も直接行って来ます」


「いや、そこまでしなくて良い。キスダルの存在自体が罠の可能性もあるからな。エリザベスは諜報部隊を指揮して、もっと広範囲で情報を探ってくれ」


 本音を言えば、敵を侮ってエリザベスを罠の中に飛び込ませるようなことは絶対にしたくない。エリザベスは俺にとって大切な部下だからな。


「アレク様……解りました。僕はアレク様のお傍にいますね」


 エリザベスは俺の腕に思いきり抱きついて、豊かな胸を押しつける。


「おい、エリザベス。いくら何でも近すぎるだろ」


「そんなことありませんよ。ねえ、アレク様……」


 まあ、今日のところはエリザベスも素直に従って、余計なことはしなかったからな。

 これくらいのことで文句は言わないけど。

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