第214話





とある商人の館。


「ブリウスト領で渡り人の商品が買えるらしい」


そんな噂が商人、貴族の間で広まりつつあった。


平民の間で広まらなかったのは金額のせい。 渡り人の商品はどれも高額で平民の手には届かない物ばかりだったためだ。


とある領の商人の間では、


「なに?! 渡り人の商品が買えるだと?!」


「どうやら本当みたいです、今朝行商に出ていた商人が戻って来て渡り人の品物を持っておりました」


「その品物はどこだ?! 買取は出来るのか?!」


「それがすでに男爵に取り次いだ後だったみたいで買取できませんでした」


「売却済みなのか……というかそれは本物なのか?」


「一応品物を拝見したところ、文字の判別が不能なところを見まして本物だと思われます」


「本物……なのか、そうか……。 ブリウスト領と言ったな」


「はい」


「ここから早馬で3日か……」


「……ご用意いたしますか」


「あぁ……大至急。 それと護衛のいつもの冒険者の手配も頼む」


「かしこまりました、金額はいかがいたしましょう」


「いつもの金額に……そうだな……急ぎの料金で色を付けてやってくれ」


「分かりました」


そう言って部下が部屋を退出した。


「今回の渡り人は取り寄せだったのか。 ……出遅れたな、間に合うか……?」



とある貴族の館



「こちらが渡り人が持参致しましたお酒にございます」


顔なじみの商人が急ぎで面会依頼を取って来たと思ったらとんでもない品物を持ってきた。

平民相手に表情を崩さぬよう驚愕しつつも笑顔を取り繕い、さも何でもないという風を装う。


渡り人のお酒。 私も噂では聞いたことがある。 なんでも至上のお酒だと。 

この国では味わえない至極の味、それを味わったことがある貴族にはそれはもう何度も自慢されたものだ。

お金さえ払えば買えるのならばいくらでも出す。 だが実物が無いのであればそれも不可能。

でも今は目の前にそれがある。

どんな味なのだろう……。 至極の味、それを想像し思わず生唾を飲み込んだ。


「大儀だったな。 他にもいくらでも売れるのに我が家に持ち込んだこと褒めて遣わす」


「ありがたき幸せにございます」


控えていた執事が商人の下に行き、お酒を受け取る。

私の下に持ってこさせると受け取り、お金を用意しろと目配せをした。

執事は軽く頷き部屋を後にしそれを見届け手元に届いたお酒を眺める。


「これが渡り人のお酒か……」


焦がれていた物が私の手の中に……。

その事実が嬉しくて目元が緩んだ。


「恐れながら申し上げたき事がございます」


「なんだ」


「こちらの商品、まだ……ブリウスト領にて販売しております」


販売……何を……?


……これを?!


商人の衝撃発言に目を疑った。

私の表情を盗み見た商人は勝ちを確信したようにつづけた。


「ご融資頂ければ他の品物も仕入れて見せます」


これが他にも手に入る……?


あの自慢ばかりしていた貴族よりも優位に立てる……?


いや、それどころか我が家よりも格上の相手との繋がりも結べるやも……。


知らず知らずのうちに手に力が入れば、手の中にあるボトルの感触に現実味が沸く。

もうすでに一本は手に入っている。 これが手に入るなら他も……。

そんな考えが過ぎり、まだ商人がいるにもかかわらず取り繕う事も忘れ喉が鳴った。


「よ……よし。 分かった。 いくら必要だ」


「ありがとうございます!! では……」


戻って来た執事にさらに追加でお金を用意するよう指示を出し、その金額に商人は驚くのだった。


そんなやり取りがブリウスト領の商業ギルドを中心に放射線状に広がり、各地に飛び回った商人からの噂がさらに尾ひれがついて噂を呼び日を追うごとに商業ギルドは熱気を帯びていくのであった。



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