第一二九話 方言女子(ダイアレクトガール)

「そっちに行ったよ、高槻さん……」


「あいよ心葉ことは、バックアップ頼むわ」

 黒髪の制服姿の少女が警告を発する……その言葉に合わせて、高槻と呼ばれた筋肉質の若い男性が飛び出すと、ゆっくりと歩いてくる呪屍人マミーへと対峙する。

 武器を持たない男性を見て呪屍人マミーが防御結界を張り巡らせる……目の前の男は武器を持っていない、物理攻撃を防御する結界であれば十分防げるだろう。


「ああ、そら甘いなァッ!」

 少し腰を落とした姿勢から、防御結界に向けてコンパクトにまとめた右正拳突きを繰り出す高槻……突きが呪屍人マミーの結界をまるでガラスでもぶち破るように破壊していく。

 呪屍人マミーが驚愕の表情を浮かべているが、高槻はお構いなしに降魔デーモンの顔面へと拳を叩き込む。あまりの衝撃に頭がまるでスイカのように粉砕されていく。

 頭部を失った呪屍人マミーの体がフラフラと方向を見失ったかのようにふらつくと、その体に向かって凄まじい勢いの砲撃がぶち当たり、爆発と共に吹き飛ばされる。

「おい、わしがおるのに当たったらどないするんや!」


「……高槻さん、どうせ死なんよね?」

 少女の名前は四條 心葉しじょう ことは、広島出身だが大阪の高校へと通う一七歳の女子高生で大阪支部の戦闘員だ。

 彼女の手には対物アンチマテリアル狙撃銃ライフルを改造した銃身が吊り下げられるような格好で握られている……だが細身の外見からは想像できないくらいの力で、まるでその巨大な砲身をまるで棒切れでも扱うかのように運んでいる。

「あほか? そんなん当たったら普通に死ぬわ!」


「ああ、たいぎぃ……」

 高槻と呼ばれた筋肉質の男性は、四條へと強い口調で抗議するが当の四條はめんどくさそうな顔であくびをしている。そんな四條を見て怒りの表情を浮かべて高槻は抗議を続ける。

 男性の名前は高槻 天人たかつき たかと……大阪出身のKoRJ職員にして、戦闘員だ。彼は一通り四條への文句を言い終わると、首を鳴らしながら地面へと倒れている呪屍人マミーへと近づき、少し気味が悪そうな顔で死体の中を弄る……中には既に割れてしまっているが、小さな土器のような破片があった。

「こいつもか……最近出現が増えたのは意図があるってことやろうな。」


「ねえ? もう帰らん? うち、たいぎぃわ」

 四條はつまらなそうな顔で虚空を見つめて呟く……そんな彼女の顔を見ながら高槻はため息をつく。本当にこの不思議ちゃんはいうことを聞かないし、マイペースだ。

 今回出現した呪屍人マミーはあまりに不自然な状況で出てきている……つまりかなり人為的に配置された降魔デーモンであるということだ。誰がこの呪屍人マミーを配置したのか、きちんと調べないといけないのに。

「自分は……全く。ちゃんと仕事しぃや。東京へ行くんやろ?」


「そうじゃね。うちの希望が通るたぁ思わんじゃった」

 四條は少し枝毛になっている毛先を指先にまとめると、つまらなそうな表情で呟く。相変わらず声が小さいな……と思いながらも高槻は比較的付き合いの長い四條の異動について思いを巡らせる。

 大阪支部はそれまで三名の戦闘員にて対応をしていた……東京のオダイバで起きた未曾有のテロ事件、その直後から関西地方における降魔デーモン被害インシデントが激増し、彼ら三名では対応が難しくなったのだ。


 直後に東京から墨田 悠人が派遣されてきて続発する事件への対応についているが……四條が突然東京に行きたいと言い出したのだ。

 おそらく本当に気まぐれに言い出したことではあるのだが……目の前でつまらなさそうに両足をバタバタさせる四條を眺めながら、ほんまに不思議ちゃんやな……と思いつつ彼女が東京でちゃんと活動できるのだろうか? と不安を覚える。

 四條は恐ろしく感情の起伏に乏しい、それは彼女の異能に関係したものなのだが……心配だ……下手をするとまともに動かない可能性すらあるのだから。

 大阪支部でも当初は問題行動ばかりでペアを組んでいる高槻がどれだけ神経をすり減らしたことか……思い出すだけでも腹が立つ。

「自分はちゃんと上長の言うこと聞きなはれ……東京の人に迷惑をかけへんように」


「あー、それ大阪の人みたいのぉ……」

「だめだ、もうええで。……とりあえず事件は解決したで」

 心配も通じないか……諦め顔でインカムへと報告を入れる高槻。願わくば……東京本部の人たちが、この不思議ちゃんをまともに動かせることを祈るしかない。

 懐から飴玉を取り出して一つを自分の口へと放り込むと、もう一つを四條へと差し出す。それを見た四條はほんの少しだけ笑みに見えなくもない表情を浮かべて頷くのを見て苦笑する高槻。こういうところは……年相応だな。

「ま、とりあえず飴ちゃんあげるで」




「で……なんで私と八王子さんが大阪支部の人の出迎えなんですか……」

 拝啓お父様、お母様……私は今なぜかトウキョウ駅のホームで大阪支部の人を出迎えにきています。今ここには八王子さんと、なぜか駆り出された制服姿の私がいて……この謎の組み合わせが人の興味を引くらしく、周りからの視線が痛いのだ。

 ぱっと見親子に見えなくもないが、邪推してくる人からだと絶対八王子さんが援交でもしてるのではないか? と思われかねない組み合わせだからな……。

「異動してくるのが女性だからな……年も同じらしいので君が適任と思っただけだ、迷惑だったか?」


「今日ミカちゃんと来週のお菓子買いに行くつもりだったんですよ……ダメになっちゃったじゃないですか」

 頬を膨らませて抗議の意思を伝えるが……八王子さんはそれには応えずにホームへと入ってきた列車を見ている……くそう……最近私の扱い方が雑になってきてる気がするぞ!? 

「まあ、それは後で聞くとして……これに乗っているはずだ」


 さて……どんな人が来るのかなー……と思って見ていると、扉が開いてたくさんの人がホームに溢れる。本当にその流れの最後に、一人の制服姿の女子高生がホームへと降り立った。

 背は私よりも遥かに低い……下手をするとミカちゃんより低いかもしれない。黒髪は肩まであるが綺麗にまとめられている……そして恐ろしく細い、スタイルは恐ろしく良いが胸やお尻はかなり控えめな印象だ。

 八王子さんが彼女を見つけると大きく手を振って呼びかける。

「ああ、彼女だな。四條くん、こっちだ」


 そして……彼女の目がこちらを捉えた瞬間、私は何か恐ろしく違和感を感じた。驚くくらい無機質な目なのだ……不気味と言っても良い。

 顔立ちが恐ろしく綺麗なのに、目に感情を感じさせない……なんだこの人は。彼女は全くの無表情でこちらに近づいてくると八王子さんに握手を求める。

「ああ、八王子さんですね。初めまして、私は四條です、よろしくお願いします」


「ああ、どうも。こちらは東京支部の新居くんだ」

 八王子さんが四条さんのちょっとイントネーションのおかしい標準語に驚きながらも彼女の手を握り返す……そして彼女の目が私を見つめる……、何この人めっちゃ無機質で本当に怖いんですけど!

 四條さんは表情を変えずに私に手を差し出してくる。

「新居さん、よろしくお願いします」


「ど、どうも四条さん……初めまして」

 握った手の感触で、私は全身総毛立ちそうになった。この人……馬鹿みたいに力が強い、体幹も全くブレないし、握った手の感触からまるで巨大な岩石を相手にしているようなそんなイメージが湧く。

 四條さんはそんなことは気にもしていないというくらいの無表情で、私の手を何度か不思議そうに握りなおすと、何かに気がついたかのように八王子さんへと話しかける。

「あ、そうだ。転入手続きは問題ないでしょうか? それと私の住居の件も」


「ああ、その辺りも問題ないぞ。自宅へはこの後送る。荷物も大阪から移してある」

 八王子さんが四條さんと私についてこいと合図をして歩き出す……彼女は表情を変えないまま手荷物を入れているキャリーバックを引きながら歩き出す。私も彼らに遅れないように彼女の隣を歩き始めた。

 やはり背が低い……しかし先ほど手を握った際の異様な力強さは、異質だ……私は隣を歩く無表情の四條さんを彼女に気が付かれないようにチラチラ見ながら歩いているが、不意に彼女が表情を変えずに口を開く。

「何か私の顔についていますか?」


「あ、いえ……何でもないです……」

 え? 私が見ていることに気がついている? 何者なんだこの人は……不気味で無機質、そうまるで機械のような雰囲気を漂わせている彼女の顔はあくまでも真顔だ。

 八王子さんが私たちの顔をチラリと見て、少し困ったような顔をしながら歩き続け……その後は何事もなく、駅近隣の地下駐車場へと到着し迎えのリムジンへと三人で乗り込む。

「新居さんお疲れ様です、それと四條さんお久しぶりです」


「青山さん、お久しぶりです」

 青山さんが笑顔で四條さんへと話しかけている……それに対して全く表情を変えずに挨拶をしている四條さん。そうか青山さんは大阪にも行ったりするから顔見知りなのか。

 リムジンはゆっくりと駐車場を出ると、そのままKoRJ東京支部へと走り出す……東京の風景が広がっていく。四條さんは窓の外をボケッとなんの感情もなさそうに眺めている。

「そういえば四條くんは東京が初めてだったな、今日来ている新居くんと同じ学校への転学手続きをしているので、仲良くしてやってくれ」


「え? 八王子さんなんでそういう大事なこと今言うんですか?」

 ちょっと待て、なんで青葉根に転学って……あの学校にKoRJ関係者が集まりすぎでしょ。私は普通に入学してて、こっち関連の友人なんかいないんだぞ。なんかの拍子にボロが出たらどうするんだ!

 八王子さんはかなりバツの悪そうな顔で、苦笑いを浮かべる。


「その……エツィオくんもいるのでな……青葉根が一番条件が良いんだ、迷惑をかけているのはわかるが理解してくれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る