第九六話 星幽迷宮(アストラルメイズ) 〇五

「……え? 私リヒターさんと戦ってませんけど……一緒にお茶飲んだだけだし……」


「ぐ、ゴホン……わが竜牙兵スパルトイと戦ったろ、いちいち下らないツッコミを入れるでない」

 私のツッコミにリヒターが咳払いをしてから再び敵へと向き直る……リヒターの中で私との出会いはどういう記憶になっているのか少しだけ疑問を感じつつも、とはいえ先程までの能力で敵対していたらと少しだけゾッとした気分になる……はずなんだか気が抜けちゃうなさっきの会話。

 リヒターと私の掛け合いを見てエツィオさんが少しだけ緊張感なくクスクス笑い始める。

「全く……君らは……」


不死の王ノーライフキング風情が……笑わせるな」

 獸魔人ゴッズマークが唸ると、再び弓を素早く構えてリヒターに向かって再び矢を射掛ける。その矢はやはりリヒターの体に届く前に、力を失ったように速度を落として床へと落ちていく。

 リヒターはカタカタと骨を鳴らしながら腕を獸魔人ゴッズマークへと突き出す……空間に風精霊シルフが一瞬で召喚され、風精霊シルフはリヒターの意志に従って強烈な衝撃波を打ち出す。

 衝撃波を軽いステップで躱すと再び連続で矢を打ち出すものの、リヒターを守るように風精霊シルフが飛来する弓の勢いを軽減していく。

「ふむ……不死の王ノーライフキングといえば死霊魔術ネクロマンシーが主体かと思ったがな……お前は召喚魔術コンジュレイションを主体にしているのか」


「私は本来神に仕えるものだ……だが、生前の役割が他の侍祭アコライトとは少し違ってな。この姿になっても生命を操作する死霊魔術ネクロマンシーはそれほど得意では無いのだよ」

 獸魔人ゴッズマークが感心したように唸る……それを見てリヒターはカタカタと骨を鳴らす。

 死霊魔術ネクロマンシーが得意ではない不死の王ノーライフキングというのも実に不思議な存在だが……でも確かに竜牙兵スパルトイ風精霊シルフ幻影イリュージョンビーストも確かに召喚魔術コンジュレイションの範疇になるのだろう。

「ん? するってーと、侍祭アコライトらしく傷を治したりするのは?」


「できるぞ、本職ほどでは無いがな……まあ四肢欠損は難しいから新居、そういうのはやめてくれ」

 私の疑問にも丁寧に答えるリヒター……まあ、できるっちゃできるってことか。前世の仲間だったウーゴも治癒術ヒーリングを使っていた気がするな……純粋な司祭プリーストであったアナは神の奇跡として怪我を治癒したりしていたが、ウーゴの治癒は少し系統が違っていて体が本来持っている回復力を増幅させることで傷を癒すというもので、傷口は残ってしまうことがあった覚えがある。

「うん、まあ怪我しないようにします……」


「では……冬の狼スノーウルフよ」

 リヒターの言葉と同時に、真っ白な美しい毛並みを持つ狼のような生物が召喚される……冬の狼スノーウルフは異世界の冬を司る神が使役していた雪と氷を象徴する生物で上半身は狼だが、下半身は空気に溶けたような不思議な姿をしており空中を舞うように移動するのが特徴だ。

 冬の狼スノーウルフがリヒターの周囲を舞うように飛ぶと大きく咆哮する、この生物は恐ろしく凶暴で前世の世界では冬の冒険者の死亡原因でメジャーな存在だったはずだ。

「……征け、食いついて動きを止めよ」


 リヒターの命令と共に、冬の狼スノーウルフが凄まじい速度で周囲の空気を凍らせながら獸魔人ゴッズマークへと襲い掛かる。

 前世でもこの生物は死ぬほど厄介で……攻撃を凍り付かせるという特殊能力を持っていたはずだ……ノエルもこの生物と出会うことを嫌って冬は娼館に入り浸ってシルヴィさんにぶん殴られていたはずだ。

 冬の狼スノーウルフの攻撃を見た目よりも軽快な動きでかわしつつ、獸魔人ゴッズマークが弓を連射していく……その全てをリヒターを守る風精霊シルフが風を使って叩き落としていく。

 リヒターはほぼ動いておらず攻撃を素早い召喚生物で、防御を精霊でというこのスタイルは彼が長年培ってきたものなのだろう……観戦していてもどうやってこの防御を崩すのか自分でも悩ましく感じる。


「グァッ! く、くそっ……」

 冬の狼スノーウルフの攻撃がついに獸魔人ゴッズマークに到達する、肩口に食いつかれたままだが、必死に振り払おうと体を回転させて暴れ回るが、冬の狼スノーウルフの噛みつきは同時に傷口を凍らせていくため容易に引き剥がすことができなくなる。

 あれ厄介なんだよなあ……野生の冬の狼スノーウルフはさらに群れで襲いかかってくるため、対処が難しく吹雪などに紛れて襲いかかってくる知恵もあって……ああいやだ、思い出しただけで寒くなる。

「では続きだ。次で仕留める……」


「……まだ呼び出せるのか?」

 リヒターがカタカタと顎を鳴らすと、さらに何かを召喚するために恐ろしいくらいの魔力を展開し始める……まだ呼び出せるのか? 規格外の行動に私もエツィオさんも驚きを隠せなくなる。

 召喚魔術コンジュレイションで使役する生物をコントロールするのは恐ろしく難しい……油断すると支配下から抜け出してしまい、術者が逆に襲われる危険性も高いからだ。

 前世の仲間だったウーゴも同時に二体以上の召喚術サモニングは行おうとしていなかった……やろうと思えばできるが、精神を疲労させてしまう故に恐ろしく高い集中力を求められると話していたし、気を抜くとあっという間にコントロールが効かなくなるとも話していた。

不死の王ノーライフキングの特権だ、私の精神はすでに死んでいる……故に心を疲労させることはない」


 リヒターが召喚したのは黄金の槍を携えた……戦乙女ヴァルキリーだった。私は自分のコードネームに同じ名前を有しているが……本物は恐ろしく美しく、そして雄々しく鋭い目をしている。

 詠うような美しい声を響かせながら大きく槍を振りかぶると戦乙女ヴァルキリー獸魔人ゴッズマークへと力いっぱいに槍を投げつける。

 黄金の槍は寸分違わず冬の狼スノーウルフとの格闘で避けることのできなかった獸魔人ゴッズマークの胸へと突き刺さり、黒い血を噴き出し苦しむ魔族アスモディアン

「ぎゃあアアアアアアッ! 馬鹿なっ……」


「私を死体風情と言った時からお前の敗北は決まっていた……不死の王ノーライフキングを舐めるなよ」

 リヒターがビシッ! と指を差して次第に崩れていく獸魔人ゴッズマークにポーズを決めているが……絶対あのポーズ、彼が住んでいた地下街にあった書店の本か漫画で見て練習したんだろうな、というくらいに見事なものであった。

 そして、どこかで見たようなポーズだったために私は思わず噴き出してしまうが、そんな私を見てエツィオさんが呆れ顔だが、彼は漫画を読んだことがないのだろうな。

「リヒター……やめてよ、そういうの……」


「決まったな……このポーズも練習したのだぞ。なんて私かっこいいのだろう」

 ふっ……と息を吐きながらなぜか満足そうな表情を見せるリヒター……前世にこんな不死の王ノーライフキングはいなかったよなあ、ふざけてるというよりはこの世界に来て彼の本来の性格が具現化したのだろう。

 KoRJ内でも彼は案外面白いキャラクターとして認知されているようなので、まあ生きている時は相当にコミュニケーション能力の高い人物だったことは間違いないのだ。


「……見事……だが、この星幽迷宮アストラルメイズにはまだ俺の他にも呼び出されたものがいる……貴様らが地獄へと堕ちてくるのを待っているぞ……」

 ボロボロと崩れ落ちる獸魔人ゴッズマークはニヤリと笑うと、完全に灰となって消滅する。そういうことであれば……おそらくもっと強力な魔族アスモディアンが配置されているのだろうな。

 獸魔人ゴッズマークは決して弱くない、むしろ地上へと現れた獸魔人ゴッズマークは冒険者パーティでも上位クラスの連中が束になってかかっていかないと対処できないレベルだ。

 リヒターが思っていたよりも強すぎた、というのはあるが……異世界での地獄は階層ごとに住んでいるものが違い、階層が深くなるに従って人の身では対応しきれない化け物も出現するようになる。

「どこまで出てくるでしょうね……」


「そうだな……出てくるとしても第四階層程度だろう。我々でも対応可能だと思うがな」

 リヒターはコキコキと肩を鳴らしながらこちらへと戻ってくる……彼が召喚した生物や精霊はすでにその姿を消しており、強制的に送り返されたことがわかる。

 第四階層……私が前世で戦った相手は第三階層までだ、経験しない敵が出てきたとしたら……どうなることやら。

 私の心配をよそに、リヒターは満足そうな顔……と言ってもよくわからないけど、そんな表情らしい顔でエツィオと言葉を交わしている。


 そんな私たちを尻目に、星幽迷宮アストラルメイズが大きくその姿を変えようとしている……壁が再び通路の形へと移動を始め、天井が迫ってくる。

 どうやら次の場所までの通路が形成されつつあるらしい。わたしたちは互いを見た後、言葉を発さずに頷く……この先もこういう敵だらけの場所を通過しないといけないのだろうな。


「さあ、行きましょうか……次の敵が待ち構える場所へ」

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