第七二話 次元拘束(ディメンションロック)

「では、行こうか……」


 エツィオは左の掌に雷撃ライトニングの魔力を集中させる……空気を引き裂くような音を立てて彼の手に電撃がまとわりつく……。

 刺突剣レイピアは右手に持っているが、彼はどうも魔法攻撃の方が強力な破壊力を繰り出せるようで、戦闘方法は比較的遠距離の攻撃を優先する気のようだ。

「先生、死なないでくださいよ……あとで私の言うこと聞いてもらうんですから」

 私は彼に一言かけるが、エツィオはその言葉にニコリと笑って無造作なくらいの所作で観察者ゲイザーの眼前へと躍り出る。


「美しい女性に頼られたら……頑張るしかないね!」

 エツィオの姿を見た観察者ゲイザーは、黒い球体の体を裂くように開く口でニヤリと笑みを浮かべる……黒い眼球が笑ったような表情を見せている。

「ああ、まほうつかい……おとこをころすのつまらない、おんなだせ」


 観察者ゲイザーが目から再び光線を発射する……今度の光線は瓦礫にあたっても何も起こしていない。つまり効果は状態異常を引き起こすもの。

石化ストーンあたりだろ?!」

 エツィオは光線を防御結界を前面展開させて防ぐ、光線は結界に阻まれてそれ以上彼の体に到達することができない。その様子を見て観察者ゲイザーがイラついたのか、口を大きく広げて怒り狂う。

「あああああっ! おとこはいらない! おんないたぶる!」


「ゲス野郎だな……お前は」

 エツィオは片手で雷撃ライトニング観察者ゲイザーに向けて発射する……掌から迸る電流が観察者ゲイザーを捉えるが……防御結界に阻まれて化け物を避けるように電流が流されていく。

 効果を発揮しない魔法を見て、観察者ゲイザーはエツィオにニタリと笑うが……エツィオはお構いなしに魔力を集中させて観察者ゲイザーに電撃を浴びせ続ける。


 それまで私は観察者ゲイザーに見つからないように音を立てずに移動し……ここぞと言うタイミングを測って息を顰めていた。

 じっと待つ……前世でも仲間を信じて最高のタイミングで飛び出せる瞬間を図る、これは声や目の動きだけでなく作戦をきちんと理解してその瞬間を押しはかる……これができないと世界を救うなんてことはできなかったのだ。

 そして私はきちんと待った、少し信頼感は薄いがエツィオと言う魔法使いがきちんと役目を果たしてくれるその瞬間まで……。

 エツィオが絶え間なく雷撃ライトニングを浴びせて、降魔デーモンが魔法に対抗する防御結界を張り巡らせた瞬間を狙って、私は一気に飛び出す。

「ミカガミ流……朧月オボロヅキ


「!? おんな! ぐぎゃっ!」

 まさに超高速で観察者ゲイザーの死角へと出現した私は、日本刀を振り下ろす。

 先ほどと違い確実に降魔デーモンの体に食い込む日本刀、そして私は片手に力を込めて肉を引き裂いていく……振り抜いた日本刀が観察者ゲイザーを斜めに切り裂くと、ドス黒い液体が大きく噴き出して、浮遊していた降魔デーモンがフラフラと高度を下げていく。


「……エツィオさん! 止めを!」

 私の声に反応したエツィオが両手を前に突き出す……その手の中に巨大な炎の球体が生み出されていく。こ、これは……悠人さんなんかよりもはるかに強力な炎を生み出せるのか。

「くらえ! 炎の嵐ファイアーストームッ!」

 急いでその場を離れた私の眼前にエツィオが放った爆炎が空間ごと焼き尽くす……観察者ゲイザーだった物体が一瞬で蒸発し、その場にあった瓦礫や柱なども一気に巻き込んで消失していく。


「な、なんて威力なの……」

 この光景は前世でよく見せられた……炎の嵐ファイアーストームは爆炎を術者から放って、目的の地点にあるものを全て焼き尽くす魔法だ。

 魔法の炎が収まると、瓦礫なども真っ黒に変色し柱の中に入っていた鉄筋なども高熱でぐにゃぐにゃにねじれてしまっている。

 その中心に、黒く炭化した物体が落ちているが……形を維持することも難しいようで、すぐにボロボロと崩れ落ちていく。

 どうやら観察者ゲイザーは絶命したようだ……私はホッと息を吐いて日本刀をくるりと回して鞘へとしまう。

「敵は倒せたようですよ……エツィオさん?」


 エツィオに声をかけると、彼は私の顔を訝しげるような表情でじっと見ていたが、すぐにふっ……と息を吐くと突然手を横に振る。

 その動作と同時に、私はいきなり浮遊感に包まれ……あたりが一気に真っ暗な空間へと変化していく。これは荒野の魔女ウイッチであるアマラも使っていた魔法か?

「な、何を!」


「これで君と二人きりで話すことができる……次元拘束ディメンションロックと言ってね、ここで話すことや行ったことは外に漏れることはない」

 エツィオはゆっくりと私へと近づいてくる……私は必死にインカムのボタンを押して叫ぶ。だが、インカムにはザーッと言う砂嵐のようなノイズが入るだけで反応がない。

「……ちょっと! 誰か助けて! なんで聞こえないの!」


 エツィオは慌てる私を尻目に、目の前に立つ……その目はあくまでも冷たい。私はその場にへたり込みながらも必死に後退りしながら必死に逃げようとするが、一向に距離が開くことはない。

 怖い……怖い! 魔法が使えない私はこの空間から出るには彼に空間を解除してもらう必要があるのだが、どうしたら彼は解除してくれるのだ? もしかして……私襲われてしまうんじゃ……と言う女性として絶対に避けなきゃいけない結果を想像して血の気が引く。

 エツィオは私の視線に高さを合わせるようにしゃがむと、私の目を見つめたまま無表情で口を開く。

「君の……ミカガミ流を見せてもらった、あれは朧月オボロヅキだな?」


「そ、それがなんですか? それ以上近づかないでください!」

 私は背中に刺していた小剣ショートソードを引き抜いて眼前に構えると、質問に対して頷いて答える。

 エツィオは怯える私を見つめたまま、小剣ショートソードの刃先をヒョイ、とつまんで脇にどかす……あまりに自然な行動に呆気に取られて剣を取り落とした。

「あれは剣聖ソードマスターの免許皆伝の前提となる技だと聞いている。君は何者だ?」


「え、えっと……その……」

 ……朧月オボロヅキ、 飛燕剣ヒエンの型最強の技である多重分身攻撃パラレルアタック……無尽ムジンの前提となる技で、この技を繰り出すミカガミ流の剣士が次に目指すのは免許皆伝、つまり前世のノエルのような剣聖ソードマスターが目標地点となるわけで、すっかり失念していたがあの技自体を使えないミカガミ流剣士も大量に存在している。

 つまり、あの技を繰り出せている時点で私はミカガミ流剣士としては最上級の存在に近いと宣伝して回っているようなものなのだった。

「答えろアカリ アライ……女子高生のふりをしているお前は一体だ?」


 エツィオが私に顔をグイッと近づける……ふと彼の目を見ると、敵意というものは感じられない、少しだけ複雑な感情を込めた何か、が感じられる。

 私は目を逸らして……どうしようか迷う。この世界の人に前世のことを話す? いやいや幾ら何でもそれは私が頭のおかしい人間としか思われないだろう。

 だから話せない……幾ら何でもそれは無理だ。

「な、何者でも……ないです……私はただの女子高生で……」


「……チッ……、わかった。なら僕の話をしよう」

 エツィオはかなりイラついたように、頭をガリガリと掻くと私の目の前にどかりと腰を下ろす。あれ? 暴行されるかと思ってた私は拍子抜けして……まだ恐怖感を感じて震えていた体をさすりながら相手の出方を待つ。

「エツィオさんの話ですか?」


「そうだ……ここなら他の人間がいない。なら話して結果が異なったとしても無理矢理君の記憶を消してしまえばいいだけだ」

 それはそれで何する気なんだよ! とは思うけど……私は少しだけ目の前の男性に興味を抱いて、思わず正座をしてしまう。

「……現金だな、君は。ったく……」

 呆れたようなエツィオの目を感じながらも、私は続きを話すように促す。


「本来荒野の魔女ウイッチと言う能力は女性にしか受け継がれない特殊な能力だ、確かに僕はグランディの血が入っている。一〇代ほど前に我が家にグランディに連なる娘が嫁いできた、と言う記録があるからね」

 エツィオは私を見ずに、何か苦しい言い訳をする子供のような不貞腐れ方で口を開いていく……女性にしか伝播しない能力なんて前世では聞いたことがないが、実際に起きている以上この世界ではそれがアリなのだろう。

 その次に彼が口に出した言葉に私は正直……本気で驚いた。

「で、なぜ僕に受け継がれたかだが、僕は魂が女性なんだ」


「……へ?」

 思わずめちゃくちゃ間抜けな顔で聞き返す私……その顔を見て、プルプルと震えながらエツィオは完全に顔を真っ赤にして……だから言いたくなかったんだ、とも言いたげな顔でもう一度吐き捨てるように口を開く。

「だから……私は体は男性だけど、女性の魂が宿ってるの! だから言いたくなかったのよ……」


 エツィオの声でとても女性らしい喋り方をされた私は……ポカンとして口を開けている。

 えーと、この人は私と逆? ってことかな? 非常にイケメンなのに、女子高生に囲まれても普通にしているあの姿を見て、何か変だなとは思ってたが……女性の魂が宿っていると……。

 ほーほー……するって〜と荒野の魔女ウイッチとして彼の、いや彼女の魂が適合してしまったと言うことだろうか?

「私はそれまでもちゃんと魔法を使えてた……その時は男性としての意識しかなかった。でもある日私は事故で死にかけたのよ……その時に継承インヘリタンスが起きて、魂が書き換えられたような気分になって認識したわ。私の魂は女性だったと言うことにね」


 エツィオは憎々しげに手を見つめて……ため息をつく、その仕草は男性的だったがおそらく彼が二〇年以上男性として生きてきたその証に近いことなのかもしれない。

「それまで散々女性を口説いて、抱いてきた私が……魂が女性だったなんてわかった日にはどうなると思う? 人生観なんて完全に変わるわ。もうほんと死にたい……」

 そこまで話すと再び私の顔に自分の顔を近づけて……頬を膨らませて、私に指を突きつける。あら、エツィオ姉さんちょっとお怒りですね。

「さあ、話しなさい。あなたは何者なの?」


「わ、私は……その、エツィオさんとは逆です……」

 そこまで話してくれたエツィオに嘘をつく気にはなれずに、私も素直に魂の性別を話すことにする……ああ、穴があったら隠れたい……私は顔を赤くしながらもなんとか言葉を口にする。

 この世界に生まれて、この話をするのは初めてだ……だから、私は本当に次の言葉を口にするのに勇気を必要とした。


「私は女性ですが、男性の記憶や能力があります……だから、私も同じなんです……」

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