第六九話 観察者(ゲイザー)

「あかりんがあんなイケメンと知り合いだったなんて……」


「いや、イケメンって言っても私興味ないんで……」

 ミカちゃんが羨ましそうな顔で、私をみて少し膨れた顔になっている。

 今私とミカちゃんは帰宅途中で駅に向かっていて、あのイケメンと知り合いなんて! という彼女の抗議もあり、なぜか私の奢りで購入したオーガニックフルーツジュースのタンブラーを持って歩いている。

 イケメンとはあのエツィオ ビアンキという謎の臨時講師のことだ……彼は自己紹介でイタリアで仕事をしていたが、日本の文化に興味があってツテを辿ってこの学園の臨時講師となった、と話していた。


『このクラスの女性とは皆愛らしい女性が多いですね、日本の女性は皆美しいです、僕はとても嬉しい』

 クラスの男子生徒を見事に敵に回しつつ、半分の女生徒を味方につけた彼は、これまた流暢な英語を駆使して授業を進めていった。

 前任の松川先生よりも……正直授業の進め方は上手だな、とは思ってしまった。ポイントをきちんと押さえた教え方や、発音や例文なども細かく説明してくれていて、皆が驚くくらい丁寧だったからだ。


 さらに彼自身が相当なイケメンであることは確かなので、男子生徒たちもそれ以上は何も言えなかったようだし、エツィオ自身も女生徒に色目を使うなどの行動はしていないので……何事もなく本日の授業は終わった。

 エツィオが教室を出るときもニコニコと明るく笑う彼をみて大半の女生徒が黄色い声をあげていたりもしたが……何とも言えない雰囲気に教室がなっていたのも事実だ。

「この間お母様のドレスの発表会があって……そこでウェイターとして働いてるって話してたんだけどねえ」


 そうだ、先日彼と会った時はウェイターだと話していたのに、今日は英語の臨時講師……どういうことなんだろう?

「で、ナンパされちゃったの? あかりん?」

 ミカちゃんが興味津々というキラキラした目で、私を見るが……何もないのでなんとも答えようがない。本当になぜあの場所にいたのか、私の名前を知っていたのかすらわからないのだから。

「あれはナンパじゃないと思うんだけどねえ……」


 私は苦笑いでミカちゃんの疑問に答えるが、ミカちゃんはイマイチ納得してないかのような表情を浮かべている……そのとき私のスマートフォンが振動したため、私が画面を見るとそこにはメッセージアプリの通知が来ていた。

『本日新しいエージェントの紹介と、新しい任務のためKoRJへときてほしい』

 久々の八王子さんのメッセージ……新しいメンバーの紹介? 最近だとヒナさんが新しいメンバーとして追加された最後だったが……別の候補者でも見つかったのだろうか?

「ミカちゃん、私バイト呼び出しくらった……行ってくるね」


「あ、そうなんだ。行ってらっしゃい〜」

 ミカちゃんが大きく手を振って……笑顔で私と別れて歩いていく。私は手に持ったタンブラーからグイッとジュースを飲んで、別の方向へと歩き出す。

 久々の仕事だ、少しだけワクワクした気分で私はKoRJへと向かっていく。




 KoRJの部長室……いつものソファーへと腰を下ろした私は少しだけ収まりの良い状態にホッとした後、目の前に置かれたカップから紅茶を啜って……新しいメンバーについて少しだけ思案を巡らせていく。

 志狼さんがKoRJを抜けてから、人員追加はされていない。ヒナさんのように自ら別の仕事を持っている人はなかなか任務に参加することもできていない。

 バタバタした時間が多かったわけだが……その間に日本政府が思い切った法案を通していた。


降魔被害デーモンインシデントにおける特別対応措置法案』

 先日施行された法案によりKoRJは政府及び警察、自衛隊より委託を受けて怪異に対応する特別措置を代行することとなったとニュースで話をしていた。

 対応する、これは主に私たちのことだが個人情報などを厳格に管理されているため、身バレの危険性については保護されているとは説明を受けている。


 ただ、人の口に戸は立てられないので、SNSなどで拡散されたら犯人は罰せられることになったそうだ。

 厳罰化したところで煽り運転がなくならないのと一緒で面白半分に拡散する人はいるだろうし……先日の事件で認識阻害装置を破壊されてしまった私は、代わりの装置ができるまでなかなか表立っては行動できなくなっている。

「新居さんここにいらっしゃるのは久しぶりですね」


 青山さんがにっこりと笑って私に微笑みかける……私もそうですねえ、と答えて微笑むが彼の顔は少しだけやつれたように見える。

「……お疲れですか?」

 私が少し彼の状態が気になり問いかけると、青山さんは苦笑いを浮かべて……頷く。どうやら私がここにきていなかった間、色々なことが起きていたようなのだ。

「後でいらっしゃいますけど、別の支部からの異動が発生しまして……その、要望が多くて……」

 ああ、するとその青山さんを困らせた人が新しいメンバーとなるのか……青山さんはサポート役として色々手助けをしてくれる人の中では最も気がつかえる人なんだぞ? その人を困らせるとか。

「私は文句を言った方がいいですか? 八王子さんとかに」


「いえいえ、そういうのは大丈夫ですよ。慣れないことだったので少し手間取っただけですから……」

 青山さんは苦笑いのまま、手を振って必要ない、と応えた。

 うーん……とはいえ青山さんがこんなにやつれてるのは……まあ結構見てるか。苦労人だから仕方ないのかもだけどね。

 私はテーブルに置いてあるお菓子入れから、チョコレートを取り出してもそもそ食べ始める……八王子さんは私の好みを完璧に把握していてこのお菓子入れにさまざまな私の好物を常備してくれている。

「待たせたね……」


 八王子さんが書類の束を小脇に抱えながら部長室に入ってくるのを見て、私は座ったままだが頭を下げる。

 彼は椅子へと腰を下ろすと、テキパキとモニターの準備などを進めていく……あれ? 新メンバーの紹介があるんじゃないの?

 そういえばここに入ってきた時は八王子さん一人だけだったな。

「あれ? 新しいメンバー……がいるのでは?」


 その言葉にピタリ、と作業の手を止めて……困ったような顔で私を見つめる八王子さん。

「そ、そのことなんだが……少しくるのが遅れていてな……」

 頬を掻いてバツが悪そうな顔で少しだけ視線を逸らす八王子さん……なんだ? 私に関係することなのか? 私はそばに立っている青山さんの顔を見るが……彼もまた、私の視線に気がつくと急に視線を逸らす。

「……何があったんですか?」


「ま、まずは今回の任務から説明をさせてもらっていいだろうか?」

 私は八王子さんが再び作業を進めるのを見て、質問をぶつけてみるが……なぜか八王子さんは問いには答えようとせずにモニターに任務の内容を映し出す。

 モニターには少し解像度の低い画面が映し出されているが……巨大な目玉が中心にある不気味は浮遊する化け物……観察者ゲイザーの姿が映し出されている。

「なんか納得いかないですけど……ところでこれは観察者ゲイザーってやつですか?」


「そうだ、詳しいな……KoRの記録では北米に出現した個体がいるそうだが……その時は暴れるだけ暴れ回って消滅していったそうだ」

 観察者ゲイザー……巨大な黒い目を中心に、光沢のある黒い外皮を持った浮遊する球体状の化け物で、超上級魔法使いに匹敵する魔力を持った眼で破壊と混沌を撒き散らす神話級の魔物だ。

 目の魔力は様々で、個体によって効果の違う光線を発射することができる……駆け出し冒険者にとっては『出会ったら死』を意味するメチャクチャ強力な怪物である。

 前世で出会った観察者ゲイザーは主に以下のような効力を持つ光線を発射していた。


睡眠スリープ』……急速に意識を失う催眠光線を発射する。

衝撃ブラスト』……衝撃波に近い破壊光線を発射する。

恐怖フィアー』……強硬状態をひきこす精神に作用する光線を発射する。

石化ストーン』……文字通りの意味ではなく、麻痺を引き起こす光線を発射する。

切断ウーンズ』……あらゆるものをバターのように切り裂く光線を発射する。


 ちなみに知能は非常に高く、交渉も可能なレベルではあるが基本的に悪意に満ちた曲解などを得意とする種族なので、まともな交渉はほぼ不可能だった記憶がある。

 剣は通じたと思うが、そもそも光線を避けながら接近しなければいけない相手なので、私にとっては恐ろしく相性の悪い相手だと思う。

「私今回お役に立てない気がしますね……」


「いや、そこで……新しいメンバーが同行することになるのだが……」

 その時……部屋の扉がバタン! と開いて一人の男性が現れた。

「やあ、皆さんをお待たせしたかな?」

 その姿を見て私は完全にフリーズする……金髪に恐ろしく整った顔立ち、細身ですらっとした長身、軽薄そうな表情だが、恐ろしく透き通る青い瞳を持ったエツィオ ビアンキが入ってきたからだ。


「は? え? あ? はぁ?」

 私は何度もパクパクと声にならない言葉で、あんぐりと口を開けて八王子さんとエツィオの顔を交互に見ている。メチャクチャ間の抜けた私の顔を見て、八王子さんがさらに困ったような顔をして目を逸らした。

 エツィオは満面の笑顔で私の手をとって……軽く手の甲にキスをして、そのまま私を見つめる……な、なんで臨時講師がここにいるの?

「やあ、アカリ アライさん。先ほどぶりだねえ」


「え? いや……なんでここにいるんですか?」

 だって最初はウェイターで、私の高校の英語の臨時講師やってて……なんで私と同じ職場に来てるのこの人!

 私は呆然とした表情でエツィオを見つめているが、そんな私の顔を見て本当に楽しそうな顔でくすくす笑うと彼は髪をサッとかき上げて口を開く。


「それはキミ、僕がKoRイタリアから異動してきた新しいメンバーだからだよ」

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