第五七話 恐怖の夜(テラーナイト) 一一
「悠人さん、昔一緒に病院にいた
私は訳がわからんという顔をしている悠人さんへ、昔の事件のことを思い出すように促す……あの時私たちと戦った眼鏡の
胸糞悪い記憶なので、普段はできるだけ思い出さないようにはしているのだけど、今はそれが役に立つはずだ。
「えっと……灯ちゃんは一〇〇パーセント
悠人さんは思い返すように後に手を当ててから、セクハラかつ緊張感のかけらもない言葉を口にする。
ちげえだろ、馬鹿かオメーは! どれだけセクハラしかしねえんだよ! と声を荒げそうになってグッと言葉を飲み込む。いかんいかん、大声出してアマラがやってきてしまったら本末転倒だ。
少し頭痛がしてきているのだけど、私は片手でこめかみを押しながら説明する。
「違います、あの
その言葉に悠人さんがおお! と手をポンと叩くが……絶対最初から思い出してただろうな、この人は。と私はジト目で彼を睨みつける。
志狼さんは魔素が含まれている、という言葉で納得したようで感心しているようだけど、先輩はなぜか私の顔をチラチラ見ながら少しだけ頬を赤らめている。……あの、今戦闘中ですからね? 先輩?
『ああ、この炎は魔素を含んでいるな。それであれば私クラスの
そう、悠人さんの炎には魔素が含まれていて、
当時は深く考えていなかったが今から考えると、あれは息を吹きかける動作が魔素を使った強制解除になっていたのではないか? と思うのだ。
「さっき私はあの
私は自分の日本刀を見つめながら考えていることを説明していく。
この日本刀ではなく前世で使っていた魔剣グランブレイカーであればこんな小細工はしなくてもいいのだろうけどね……ドゥイリオの使っていた
どちらにせよ、今できうる選択肢はそれほど多く無いのは確かだ。
「新居さん、僕がアマラを引きつける。君は日本刀にその炎? を纏わせて彼女の
志狼さんが私の説明に納得したようで、私に狼の顔で笑顔を見せながら頷く。彼は
悠人さんは人間離れした格闘戦術の持ち主だが生身の人間の限界を超えているわけではない。
先輩は
志狼さんがアマラの注意を引きつけ、できる限り時間を稼ぐ。
その間に悠人さんが私の日本刀に炎を纏わせる、ちゃんと纏わせられるかわからないので時間がかかるかもしれない。日本刀に炎が着火したら私は一気に突撃する。
悠人さんの能力には射程距離があるので、先輩が
そして私と志狼さんでアマラの
正直うまくいくかどうか? と言われるとやってみないとわからないのが正直なところだが……何かミカガミ流の技で、
魔法に関連する何か? があれば良いが……私は純粋に技術と身体能力で勝負する剣士だ、だから仲間のサポートが重要な要素になるのだろう。
だから、確実に斬る算段を立てて挑まないことには不安で仕方がない。
本当にこれで勝てるだろうか? というのは私にはもうわからない……前世で作戦を立てる役目は俺ではなく、弓使いの
『俺はいつもお前らを後ろから見ているからな、こうしたらいいかな? とかこうした方が効率がいい、というのをいつも考えている』
『後ろから見ていると、俺の剣術に無駄があるとかわかるのかい?』
『たかだか三〇年くらいしか生きていないお前の動きは無駄だらけだ、でもそれを努力と精神力で補っているのが人間だと理解している。だからそのままでいい』
記憶の中のウーゴはとても突っ慳貪な性格で愛想は最悪なくらいに悪いが、数百年生きている経験と驚くくらいの冷静さを持った頼れる援護職だった。
弓使いとはいえ
彼が立てた作戦は、とても的確で失敗がほとんどなかった。彼自身は冒険後半に参加してきた仲間ではあったが、良い関係が築けていたと感じている友人の一人だ。
私の死後、彼はちゃんと部族の長になれただろうか? もう少し彼と話す時間や、一緒に笑い合える時間が欲しかったと今では少し思う。
少しだけ懐かしい気分になって日本刀を眺めながら微笑を浮かべる私。
視線を感じて見上げると悠人さん、先輩そして志狼さんがなんでこいつはこの状況で笑っているのだろう? という顔をしているのに気が付き、ちょっとだけ恥ずかしい気分になった。
「あ、すいません……昔のことを思い出したもので」
「そ、そうなんだ……灯ちゃん無理するなよ?」
悠人さんが心配そうな顔で私の肩に優しく手を置いて笑う。こういう時は少しだけまともなことが言える人ではあるので……私は黙って頷く。
「帰ったらおっぱい揉ませてくれよ」
「絶対嫌です、本気でぶん殴りますよ?」
あんまり変わっていなかった、ダメだこいつ……私の拒絶に悲しそうな顔をしているが……幾ら何でもセクハラはないだろう……。
「一つだけ言わせてほしい……新居さん、気をつけて」
先輩は私を見て本当に心配そうな視線で私をじっと見つめる。
彼の目は真剣そのものだ……そうだね、私のことが本当に心配なのだという気持ちを感じる。
「大丈夫ですよ先輩。でも、終わったらスパタのラテ奢ってくださいね」
私は少しだけ感じていた緊張感がほぐれる気がして、彼がこのタイミングで声をかけてくれたことに心地よさを感じていた。この人は私のことを本当に心配してくれているんだな。
「大丈夫だよ、君の大好きなスペシャルクリームジャンボラテでいいんだよね?」
「はい、お願いします」
私は心配しないでほしいという気持ちも込めて先輩の頬にそっと手を添えて微笑む。
彼が私の手をそっと握ると仄かな暖かさが私の心に生まれる……先輩は少しだけ目を潤ませたが、すぐに笑みを浮かべる。少しだけ私たちはお互いを見つめて同じ気持ちを共有している。
そんな私と先輩の空気感を察知したのか、悠人さんが唖然とした顔で私と先輩の顔を交互に見て慌てている。
「え? ちょっと……いつの間にそんな空気出すようになったの。ねえ? ちょっと青梅? 抜け駆け良くないよ?」
そんな悠人さんの肩に志狼さんが大きな手を載せると、首を振って邪魔をするなと言わんばかりの顔をしている。そんな志狼さんは、私の視線に気がつくと真剣な表情で口を開く。
「新居さん、アマラは僕にとって大事な人なんだ。思い出もたくさんある、こうして戦うことにはなったけど……彼女を止めるのを手伝ってほしい」
彼の言葉に私は頷くとゆっくりと立ち上がる。
そうだ、ここで彼女を止める……もう彼女自身は意識もなければ自我もないかもしれない。彼女を殺すことになっても、この世界を守るために、今ここで私は立ち向かわなければいけない。
日本刀にそっと額を当てて私は誰にも聞こえないくらいの小声でそっと呟く。
「私は……異世界から転生した剣聖。だからこそ、私はこの世界を絶対に守ってみる……!」
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