第五二話 恐怖の夜(テラーナイト) 〇六
「狛江さん! あのホテルに近づけばいいんですね?」
臨時のパイロットとしてヘリコプターを操縦する青山が、インカムを操作して意思を確認する。青山はあまり知られていないが、KoRJのメンバーの中では最も乗り物の操縦に長けた人物だ。
とはいえ……ヘリコプターの操縦は久しぶりで内心ドキドキしっぱなしだったりもするのだが……。
「お願いします。あそこに
銀色の髪を靡かせて……KoRJが米軍より借り受けている輸送用ヘリコプターから炎に包まれるオダイバを眺める……狛江 志狼は答える。
その姿を眺めながら、江戸川 乱坊は改めて目の前の青年の放つ雰囲気に不思議なものを感じている。
が、……すぐに気を取り直すと奇声を上げながら接近してくる
狛江は大阪での任務がひと段落したことを受けて、東京支部への帰還を果たしていた。帰りの新幹線でのんびりと駅弁を食しているところに、東京で事件が起きていることを知り……八王子部長からの連絡を受けて、青山の操縦するヘリコプターへと合流した。
KoRJのメンバーでオダイバに向かっているのは……新居 灯、青梅 涼生、墨田 悠人の三人。狛江と江戸川は連絡の途絶えている三人の支援のためにヘリコプターで移動している最中だ。東京支部には不足の事態を考慮して、予備戦力として八王子や、稲城などが待機している。
「なあ、狛江。その
江戸川は威嚇する
「そうですね……僕が知っている
狛江は眼下に広がる光景を見ながら……悲しそうな顔を浮かべる。かつての仲間が、これほどの兇行を起こしたことが信じられない……。歯を食いしばって狛江はつぶやく。
「アマラ……どうしてこんなことを……」
故郷にいた頃のアマラはとても優しく、魅力的だった……だから、僕も……故郷にいた頃のアマラとの思い出を少しだけ思い出して、強く胸が痛む。
「あ、あれは……!」
ヘリコプターの進路に、巨大な影がゆらりと立ち上がる……身長は六〜七メートル程度だろうか、特徴的な禿げ上がった頭部に角のような突起が生えている巨大な人影……
その巨人はヘリコプターを不思議そうに一つだけしかない血走った金色の目で見つめると、大きく咆哮する……ヘリコプター全体が、そして狛江や江戸川の体に凄まじい音の振動が伝わる。
「超級
江戸川は驚きと、恐怖の入り混じった表情で目の前の巨人を見つめる……ヘリコプターはゆっくりとその周囲を旋回するが、狛江がこちらを見つめている
「ダメです、早くビルの影に隠れてください! 狙い撃ちされてしまいます!」
その言葉に従って青山が慌ててヘリコプターを旋回させて、
ビルとの衝突の衝撃で自動車が爆発……間を置いて炎上し、轟音と共にビルが赤く染まる。
「行きます! 江戸川さんは援護をお願いします……あの大きさなら、まだ対処できると思います」
言うが早いか狛江がメリメリと音を立てて、銀色の毛皮に覆われた美しい
榛色の目が、江戸川の視線に気がつくと牙をむき出しにして笑う……ちょっと怖いな、と思いつつも江戸川は親指を立てて……目の前の
「援護は任せてくれ……頼んだぞ」
その言葉に頷くと、狛江は大きく跳躍して、ビルの壁面を走っていく……凄まじい速度の銀色の弾丸のように、一気に
突然の痛みと驚きで、
「ははっ……動きが遅いよ!」
江戸川は機械的な正確さで引き金を弾き続け、一人つぶやく……。
「もっと火力のあるものがあればな……まあ、民間財団にしては良い武器が揃ってるんだが」
「あ……かはっ……かはっ……!」
私は首に走る痛みで一気に覚醒し……慌てて日本刀を構え直して周囲の状況を確認する。シンと静まり返った空間には私と、座ったままこと切れているドゥイリオの死体……そして彼が使っていた
あの魔剣は……? と思って周りを見回すが先ほどまであったはずの
その時ズキッと首に痛みが走り、私は軽く切られていることを思い出した。
「そ、そうだ首の傷……ッ!」
首を押さえると……血は止まっていたが、結構な量の血液が出たようでベッタリと首筋から服まで赤く濡れているのがわかる。濡れた衣服の感触を感じて、よく死ななかったな……と私は内心ため息をつくと、手首に巻いたスマートウォッチを見つめる……一時間程度気を失っていたようだ。
一時間の間、何も起きなかったと言うのも偶然だろうか? 痛みと少し血液を失ってぼうっとする頭を押さえて考えるが、いくらなんでも何かされたら気がつくよな、と言う単純な答えへと帰結し、再び大きく息を吐く。
「そっか……私勝ったんだっけ……」
私は握ったままだった日本刀の刃先についた血を戦闘服の懐から取り出した懐紙で拭き取り、鞘に戻す。
そして懐に入れたハンカチを取り出して、再び出血しないようにスカーフのように軽く巻く……気休めだが、再出血した際に大きく血が噴き出すのを防げるだろう。
「お風呂入りたいな……」
血で濡れた肌と服が少しだけ張り付いて気分が悪い……血も足りていない、お腹が空いた……色々なことを考えながら、ポケットから取り出したウェットティッシュで軽く汚れを拭いていく。
それらが終わると、私は座ったままのドゥイリオへと近づく……地面に座ったままのドゥイリオを優しく横に寝かせると、彼の姿勢を整え開いたままの目を手で閉じてやる。
死後硬直は始まっていなかったが、もう体温は次第に失われており触れると少し冷たく感じる……前世でもこうやって死んだ仲間や部下の姿勢を整えることもあり私は少しだけ寂しげな気分になる。
死んでしまったら……敵も味方も関係ない、剣士として正々堂々と勝負をした彼には敬意を示すべきだと思ったからだ。
「すいません……あなたの
私は頭を下げて彼の腰にあった鞘と、地面に落ちている
腰に日本刀、そして背中側に
一度クルリとその場で回ってみて、身体の動きもそれほど損なっておらず強制的に寝てしまったことで、少しだけ体力が戻ったという事実を理解して私は少しだけ感謝する。
それと……この素晴らしいレイブン流の剣士の記憶を残したい、と素直に私は考えた。転生前のノエルでも苦戦したのではないだろうか? と思うのだ。
だから彼の持ち物を一つだけ、もらいたいと思った。それが私、いやノエルなりの敬意を表す一つの儀式のような……そんな者なのだと自分を納得させる。
「そんなことはない、ってノエルなら言うかしらね……」
私は少し感傷に浸ったのち、再びドゥイリオの死体へと頭を下げる。素晴らしい剣士にして、異世界からの転生者。立場が違えば友人にもなれただろうが、彼はあくまでも異世界側に立ったと言うことなのだろう。
「ありがとうございます……私は少しだけ強くなれました」
私はもう一度頭を深く下げると、奥に見えている扉へと歩き出す。このホテルのどこかに……
「待ってなさい……ここで終わりにするわ……」
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