第四八話 恐怖の夜(テラーナイト) 〇二

 東京オダイバ、謎の事件が発生してから一時間半後……大型ショッピングモール内にて。


「さあ……ショッピングモールへお越しのお客様……どうぞこちらへ、広場に黙って集まりやがってください……」

 今、来店客の目の前に展開されている光景はまさに地獄絵図という言葉以外が当てはまらない状況だった。

 オダイバのショッピングモール内の壁や窓に流血の跡がこびりつき、驚き苦しんだまま命を落とした人の死体が転がっている。その死体には来店客だけでなく、警備員の姿も混じっている。


 その周りには、不気味な骸骨戦士スケルトン達が何の冗談なのかタキシードを着ており、カタカタと笑うように震えている。手には血のこびりついた朽ちた片手剣ロングソード槌矛メイス、そして円盾ラウンドシールドが握られている。

 骸骨戦士スケルトンの空虚な空洞の先には、涙を流しながら怯えるショッピングモールへと来店していた買い物客の姿が見えている。


「さあさ、こちらに黙って集まって……絶望と悲しみの中に沈んでやがれです、虫ケラども」

 雰囲気に見合わない明るいその声に、怯えた人々が言葉に従って……ショッピングモールの一角にある広場へと集まっていく。

 幾人かの買い物客が抵抗しようとして無惨にも切り裂かれたのを見て大半の客は大人しく、その冗談のような格好をした不気味な化け物の誘導に従っているのだ。

「なんなんだこいつら……」

「こんなの現実じゃない……」

 数人の男性客が目の前でカタカタと音を立てる骸骨戦士スケルトンを見ながら呟く……ゲームやアニメなどでは見るような不気味な雑魚敵のはずが、この化け物は簡単に人を引き裂くだけの力を持った恐ろしい怪物だったことを知って、絶望感と恐怖を覚えている。


「どうですかな? 皆様に楽しんでいただけるよう礼服などを着せてみたのですよ、お眼鏡にかなうでしょうか?」

 憎々しげに骸骨戦士スケルトンをみていた男性客の背後からいきなり声がかけられる。

 驚いてその声の方向を見ると、この怪物を指揮しているであろう血色の悪い男性……白い肌に爛々と輝く赤い瞳、そして口元から覗く白い牙、そうだこいつも人間ではない、恐ろしい化け物吸血鬼バンパイアなのだと先ほど知った……が声をかけてくる。

 男性客はごくり、と唾を飲み込むと下を向いて黙って広場へと進む。

 もしかしてあの動画は本当の出来事だったんだろうか? この場にいた全ての買い物客が先日から動画共有サイトで公開され話題となっていた不気味な動画のことを思い出していた。そこではファンタジーの世界でしか見ることのなかった怪物と戦う人物の姿が映されていたが……。


「おや? 気に入らなかったですかね……紳士的に、という命令でしたので気を遣ったつもりでしたが、まあいいでしょう」

 吸血鬼バンパイア……ロバート・バリーはニタリと笑うと、大人しく従う買い物客を見て満足している。荒野の魔女ウイッチからの指令は、KoRJの主力を足止めすること。そのためなら人質を使っても構わないと話していた。

「さて……いつぐらいに彼らはきますかね」

 ロバートは怯えている買い物客を見ながら……笑う、この世界の人間どもに真実を教えてやるのだ。お前たちは……我々の餌でしかないということを。


 こつ……こつ……という音がショッピングモールの入り口の方、通路側から響いてくる。買い物客とロバートは同時にその音に気がつき、片方は怯えたように、片方は訝しげな表情を浮かべてその音の方向へと目を向ける。

「まだ残っている客もいるのかな? 人間というやつは……骸骨戦士スケルトンよそいつを捕らえろ」

 骸骨戦士スケルトン数体がロバートの命令を受けて、カタカタと振動しながらその音の方向へと走って通路の先へと消えていく。

 これでまた一人食料が増える……ほくそ笑むと彼は音の方向から背を向けて、広場の人間たちを眺め始める。


 骸骨戦士スケルトンが通路へと消えたその後、一瞬の間を置いて何かが砕けるような破砕音が響く。その音に気がついたロバートが何事か? と再び通路の先へと目を凝らすと、凄まじい勢いで何かが彼に向かって飛んできてロバートの顔面に半分に叩き割られた骸骨戦士スケルトンの頭部が衝突して、彼は蹈鞴を踏んで後退する。

「ぶげらぁあっ! な、なんだ……?!」


 通路を見るとそこにはうまく顔が認識できないが、長い髪を靡かせた……制服姿の女性がいつの間にか立っている。その女性は、女子高校生が着るような一般的な紺色のブレザーを着ていた。

 背は高く一七〇センチメートルを超えている。スカートは膝上から高く、白く滑らかな太ももが覗いている。足元には制服には合っていないゴツいブーツを履いていて……非日常を絵に描いたような、そんな姿だ。

 手には革製だろうか、グローブを嵌めておりその手には抜き身の日本刀が握られている。


 買い物客たちはそこで確信する……目の前に現れた謎の女子高生風の女性が、あの動画共有サイトで怪物を切り裂いていたあの人物なのだと。あの動画は……真実だった。

 女性は日本刀の切っ先をロバートへと向けて喋り始める。その声は外見と同様に若い女性の声だが、その場にいた全員がうまく顔を認識できない……美しい顔であることはわかるが、ディティールがうまく見えないのだ。

「ここは貴方たちの世界ではないの、自分の世界へと帰りなさい」


「ははっ! まさか本当に来るとはな……しかもその顔は……どういう技術なのだ……」

 ロバートはニヤリと笑うと、手で合図をして骸骨戦士スケルトンを前進させて目の前の女子高生を包囲していく。

骸骨戦士スケルトンはカタカタと笑うような小刻みな震えを見せながら、彼女の周囲を完全に囲むと、手に持った武器や盾を叩いて威嚇を始める。


「他の人に顔を知られたくないの、だからこの顔で失礼するわね」

 女子高生はこともなげに日本刀をくるりと回して鞘に収めると、柄に手を掛けたまま前傾姿勢をとって構える。その姿に骸骨戦士スケルトンが本能的な危険を感じ取って震える。ロバートも目の前の女子高生、いや女剣士が凄まじい技量の持ち主だと感じ取って……一歩後退する。

「ま、待て……貴様、ここにいる食料、いや人質が見えないのか? 私の命令一つでこいつらは死ぬぞ?」


「……その前にお前を殺すわ」

 凄まじい殺気を込めて、女剣士が地面を蹴る……彼女の膂力に耐えきれなかったショッピングモールの床が凹み、轟音と一瞬の間を置いて、彼女の姿が消え包囲していたはずの骸骨戦士スケルトンが次々に音も立てずに切り裂かれていく。施設の壁や地面を蹴るような音が響くたびに、骸骨戦士スケルトンは反撃もできないまま、地面へと崩れ落ちていく。

「なっ……えっ?」

 あまりの速度にロバートも、それを怯えて見つめていた買い物客たちも呆然としてその光景を見ている……なんだこれは……その場にいる全員がまるでその軌道の読めない攻撃に呆気に取られた表情を浮かべている。

 目の前の女子高生に見える何かは明らかにこの世界の人間ではない。


「ミカガミ流飛燕剣ヒエンの型……隼鷹ジュンヨー


 気がつくと、眼前にその女剣士の上手く認識できない顔と黒く靡く長い髪が迫り……一瞬の強い衝撃と共に、ロバートの視界が地面に向かって落ちていく。

「あ、あれ?」

 スローモーションのように視界が回転する……怯えた買い物客の顔が斜めに見え、再び視界が回転してその女剣士の顔が、そして首を切り落とされた自分の体がゆっくりと倒れていくのが見える。

「さようなら、自分の世界へ戻りなさい」

 女剣士のその滑らかな脚には似合わない、ゴツいブーツの足裏が視界いっぱいに広がったかと思うと、自分の頭蓋骨がひしゃげる嫌な音と共に視界が暗転する。

「ぷびゃらっ」


 ロバートにトドメをさした謎の女子高生は、日本刀を鞘にしまって怯える買い物客たちの前に立つ。

「ひっ……」

 買い物客たちはその余りの常人離れした戦闘能力を目の当たりにして、皆が一様に怯えた表情で女子高生を見つめ、腰を抜かしたまま後ずさる。

 そんな買い物客の様子を見て小さくため息をつくと、口元に指を当てて皆に静かにするように促す。

 買い物客たちは息を顰めるように口を抑えると、それを見た彼女は黙って入り口の方を指差す。目の前で起きた出来事はあまりに非現実的すぎたため、彼らは何が起きていたのか理解できないだろうし、優しく声をかけても怯えが増すだけなのだろう。

「今のうちに逃げてください、ただし見つからないように静かに」


 その声に導かれるように、慌てて立ち上がった買い物客たちは、彼女にも怯えた目を向けながらその場を黙って離れていく。その中で、震えていた一人の少年が、目の前の怪物たちをこともなげに倒した女子高生にキラキラした目で近づこうとした。

「まさる……! だめ!」

 まさると呼ばれた少年の両親が怯えた目を女子高生に向けたまま、少年を連れ戻そうとするが……少年はその手を振り払い、女子高生の元へと駆け寄る。


「お姉ちゃん、助けてくれてありがとう!」

 キラキラした目の少年と、完全に怯えた目の両親……そしてその様子を見ていた他の買い物客の、化物を見るかのような目を受けた女子高生は、かろうじて認識できる口元に笑みを浮かべて、とても優しく優しく少年の頭を撫でる。

「どういたしまして、気をつけて帰るのよ。お父さんとお母さんに心配をさせないようにね」

 買い物客は目の前の化け物にしか見えない、謎の女子高生の思わぬ優しさに拍子抜けしたような顔をするも、すぐに入口へと移動していく。少年は手を振りながら両親に連れられて、入り口の方へと向かって姿が見えなくなっていった。

 買い物客の姿が見えなくなり人気がなくなった広場に立ったまま、女子高生は少し深くため息をつくと……肩を落として誰にも聞こえないように独り言を呟いた。


「つ……辛いです……私あんな化け物を見る目で見られたの初めてなんですけど……」

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