第三四話 血の赤(ルージュ)
赤い視界……僕の荒い息遣いがひどく他人のような感じで聞こえている。
目の前には恐怖で震えている女性……二〇代くらいだろうか? 僕の顔を見て……ひどく怯えている。恐怖で口がうまく開かず……声も出ないようだ。僕は手に持った剣でその女性の胸を差し貫く……肉を貫く鈍い感触と、骨を断ち切る感触が手のひらに伝わる。血が溢れ……痛みで震えながら白目を剥いた女性の口元から、スッと血が溢れてくる。命が失われていく色は赤い。そう、血液と同じだ。美しい、命が失われる瞬間はとても素晴らしい。
赤い、赤い、赤い、鮮やかな色だ。心が満たされる愉悦、快楽、興奮。
鼻腔に金属のような血の匂いが感じられると、その匂いで僕は興奮を隠しきれなくなった。強い衝動と欲望が僕の性的衝動を促進させていく。
僕は息を荒げて、その血を舐めとると……喉の奥に快感を感じる。
僕はひどく興奮して……ふとカーブミラーを見あげる……そこには返り血で血まみれになって、舌なめずりをしながら歪んだ笑顔を浮かべる僕が立っているのが見える。
急に僕の心が冷めていく、何をしているんだ? なんで僕はこんな場所に立っているんだ? なんで僕は人を殺しているの?
「うわぁぁああああっ! 嘘だ! いやだぁああああああ!」
僕……
荒い息のまま僕はカーテンを開けて、朝日を浴びる。ほのかに感じる陽気、ポカポカとした日の日差しに少し心が落ち着き、早鐘のようになっていた心臓がだんだんと落ち着きを取り戻していく。
「ゆ、夢か……かなり生々しかったが……」
寝汗でびっしょり濡れたパジャマに少し不快感を感じて、僕はベッドから起き上がる。昨日、青葉根高等学園の剣道部の先輩たちが三人、通り魔に殺されたとニュースで、そしてメッセでも見た。僕はいじめられていた側だったから……死んでしまった先輩たちに対して思うところはない……が、そんな凶悪な事件が近所で発生したことに軽い恐怖を覚えている。
今日も自習だ……数日は学校にいく事がない……部活もお休みだと大阪部長が部活のグループメッセに送ってきてくれた。
『落ち着いたら、あの三人に線香をあげに行ってください、お願いします』
部長らしく、短文で男らしいというか感情を入れずに入力したであろうメッセージ。部長は辛いだろうな……と思う。大阪部長は部員への面倒見がよく、好かれていた。
だから僕も部長のことは嫌いじゃない……むしろ好感を持って接している。部長自身も何かと僕のことを気にかけてくれて……でもそれが余計にあの三人からのいじめを助長させる結果になってしまった。
僕は寝汗を流すべく、シャワーを浴びに浴室へと向かう……鏡を見ると恐ろしく疲れて……目の下には隈ができていて、ホラー映画にでも出てくる幽鬼のような、とても生気のない僕の顔が写る。
「ひどい夢を見たから……疲れてるんだよね」
「ご飯できてるわよ〜、後片付けだけお願いね」
お風呂から出て、リビングに向かうと母親が朝食の準備を終わらせて、仕事に向かう準備をしている。
僕の家は母子家庭だ。母親は女手一つで僕を育ててくれている……。高校卒業後は、母の負担を減らすためにすぐに就職しなければいけないだろう……剣道が出来るのもあと一年くらいか……。
『昨晩、再び通り魔による無差別殺傷事件が発生しました。犠牲者は現場の近所に住む、二〇代の女性で……』
ニュース速報がテレビで流れる。僕は椅子に座って朝食を食べ始め、そして何気なくテレビに目をやると……そこに写った映像を見て、動揺と恐怖で強烈な嘔吐感を感じて急いで席を立った。必死に我慢をしてトイレに駆け込み嘔吐を繰り返し、僕はボロボロと涙をこぼして何度も何度も胃液を吐き出す。
「うげえええええっ!」
あまりの異常事態に母親が出かけるのをやめて、慌ててトイレにやってきて僕の背中を何度もさする。
「ゆうちゃん! あなた大丈夫なの!?」
僕はなんとか頷くと、母親を押し返してトイレのドアを閉めると必死に胃の中のものを吐き出し続ける。
だって、テレビに映っていた犠牲者とされている女性の顔は、昨日夢に出てきた……夢で僕が殺した女性の顔だったのだから。
「今回の事件……おそらくだが
私は自習のために部屋に篭っていたのだが、急遽緊急事態だとKoRJ東京支部へと青山さんの運転で連れてこられ、八王子さんの説明を聞いている。この司令室には美味しいお菓子があり……私はお茶とそのお菓子を食べながらだが。
うん、いつもいいお菓子があるなこの部屋は、私的には合格点を上げたい気分で一人満足感に頷いている。
「でも
私は少し疑問に思ったことを聞いてみる……なぜなら今までの事件では、はっきりとした対象がわかった上で行動していたからだ。しかし……私がテレビで見れている情報だけだと、犯人不明、目撃者なし、ワイドショーなどでは外国人による犯罪ではないか? など勝手な憶測が流れている状態だ。
「そりゃあ、私が検死に立ち会ったんだよ」
後ろから声をかけられて、私はゆっくり声の方向を見る……ここには敵となる人はいないだろうけど。そこには一人の……街の占い師のような格好をした老女が立っていた。髪の毛は灰色で、顔は人生の年輪を刻んでおり……とても優しい目をしている。
この人は
「お婆ちゃん! お久しぶりです!」
私は満面の笑顔を浮かべて立ち上がって琴さん……お婆ちゃんと私は呼んでいるが……に抱きつく。そう、私はこの不思議なお婆ちゃんが大好きなのだ。
決して初めて会ったときに飴ちゃんをくれたから、だけではないのだ。人として尊敬できるし、とても優しい。だから決して餌付けされたわけではないのだ、大事なことなので二回言う。
「ほっほっほ、灯は元気だねえ」
嬉しそうな顔でお婆ちゃんが目を細める……私の背中をぽんぽん、と叩くと椅子に座るように促される。
「それで……お婆ちゃんが検死で何か見つけたんですか?」
私が素直に椅子に座ると、お婆ちゃんはよっこいしょ、と声を上げながら椅子に座り……青山さんにお茶を出すようにお願いをしてから口を開く。
「死体から死ぬ寸前の記憶を読んだのだけど……ぼんやりと日本刀などの類ではなくて直剣が見えた。長さは一〇〇センチメートルくらいで……西洋の
ちなみにだけど……前世で使っていた魔剣グランブレイカーは日本刀によく似た武器……片刃の
あれは私がそう作ったわけでもなく、あの世界の神々が鍛えた際にそのサイズ、形状にしたからなのだが。そのおかげで現世の日本刀をあまり無理なく使えている、と言うのはちょっとした運命の皮肉だろうか?
でも欲しい時に手元にない魔剣なんて意味ねえよ、とは少しだけ思う。
「それと……傷口から濃厚な魔の力を感じたんだ、警察じゃわからないだろうね。だから一〇〇パーセント
お婆ちゃんは八王子さんに声を掛ける。実はこのお婆ちゃん、八王子さんの母方の祖母らしく……八王子さんはお婆ちゃんには頭が上がらないらしい。ちょっと困ったような顔をしている。
「む、そうですな……あたりをつけて張り込むくらいしかできない気がします」
八王子さんのその言葉に……お婆ちゃんは呆れたような仕草を見せる。
「朱雀……お前はなんてこう……もっとわかりやすく場所を調べる方法なんていくらでもあるだろう」
青山さんが持ってきたお茶を飲みながら、申し訳なさそうに小さくなっている八王子さんを睨みつけるお婆ちゃん。ああ、八王子さんって案外頭の上がらない女性が多い気がするなあ、と思った。
「お婆ちゃん、次に出そうな場所は分かりますか?」
私はお婆ちゃんの能力である……『
「ほっほっほ、あんたは頭がいいね。私がここにきたのはそのためさ」
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