第二一話 異邦者(フォーリナー)
「あかりん……それは恋だね!」
「こ、恋……? 私が……? あ、ありえないよ……」
数日後に体が動くようになり、傷もあっという間に塞がった私は、ミカちゃんと一緒にお昼ご飯を食べたあとに、先日志狼さんにお姫様抱っこされた時の話を色々伏せながらも話してみた。
バイト中に初めて会った人に危ないところを助けられて、流れでお姫様抱っこされて、下の名前で自然と呼んでしまったこと。
それがあまりに恥ずかしくて……とにかく恥ずかしくて、その人のことを思い返すと心臓が高鳴ることなど。
私は苦笑いを浮かべながら、またまたご冗談を……と手を振るが、ミカちゃんは私を見ずにニヤニヤと笑いを浮かべている。あれ? ミカちゃんなんでそんなに嬉しそうなの?
「ンフフ……ついにあかりんも恋をするようになったんだねえ……わたしゃ嬉しいよ」
ミカちゃんはとても悪そーな顔で私をみている……いやいや恋とかありえないから、ちょっとだけコロッと行きそうになったけど、起きたら普通に行動できてるし思い返すと恥ずかしいだけだから恋とかじゃないし。
だって私……前世が男なんだよ! と言いたいけど、それ言ったら確実にパラノイア扱いされそうだからな……中途半端にぼかした感じでしゃべったのが良くないのだろうか?
いや、しかしそれより恋って何だよ! 私は前世で散々色々な女性と浮名を流した
そんなモテ男がだ、たった二〇そこそこの若造に恋してるだと? ミカちゃんはボーイズラブの見過ぎじゃないのか?! 第一前世の姿で考えたら完全にウホッ! な図にしか見えないんだぞ? 想像するだけで恐ろしい。
「私恋なんて興味ないよ……」
「んー? でも次に会ったときその人の顔見れる? 名前呼べる?」
その言葉を聞いて、志狼さんの顔を、笑顔を思い出してみて……私の頬がぼっと熱くなるのを感じて、自分の感情の動きと体の反応に自分のことながらドン引きする。
何だこの体の反応は……いや確かに志狼さんは喋り好きな優しくて、暖かい感じの男性なのでとてもホッとするタイプなのだが、いやだって好きとか嫌いで言ったら好きの部類に入るけどさ、恋愛感情とかじゃないって絶対。
……いやいやいや、違う違う、恋とかじゃなくて何だろう、うーん……守ってもらった時に何というか、ふと前世の子供時代に私を、いや前世のノエルを必死に庇ってくれた人のことを思い出したのは確かだ。
ただ、その人の顔を思い出せない……これは絶対前世の記憶に引きずられた気持ちなんだ、そうに違いない、だってそうでもなければこの気持ちの動き方は理解できないのだから。
うんうん唸って必死に悩む私の反応を見て、ミカちゃんがニタリと笑う。
「ンフフ……あかりーん……お姫様抱っこされて火が着いちゃったんだねえ……」
うげ……ミカちゃんの目がきらりと光る……しまった、こんなこと相談してはいけない人の一人だった。
目を光らせながらにじり寄ってくるミカちゃんの迫力に負けて、後退りする私。
「ミカちゃんいつもと違って顔が怖いよ……」
「あかりんの恋のお相手を……私が吟味してあげなければなりませんなあ……ウヘヘ」
ど、どうしよう……どんどん何か自分が違うものになっていく気がしてめちゃくちゃ恐怖を感じる。抵抗しなければ……私は混乱する思考の中、なんとか言葉を絞り出す。
「わ、私のタイプは……その人とは全然違うもん……だから好きじゃないもん」
「知ってるよ、あかりんの好きな人って土方歳三とかでしょ? 中身歴史好きなおっさんかよ……でももういない人だからね、現実にあかりんが好きになるのは案外頼りがいのある人なのかもねえ……」
頬を膨らませて精いっぱいの反抗を試みる私……しかしミカちゃんに速攻で論破されて撃沈してしまい、自分自身の残された武器があまりに少ないことに愕然とする。
だめだ、これはいけない。どんどん洗脳されていく気分だ、うーわー、何だよこれー。
「安心してあかりん、私は相手がどんなゴリマッチョでもアキバに居そうな人でも心の底から応援しているから!」
ミカちゃんがとても気持ち良い笑顔で私に笑顔を向けると、グッと親指を立てた手を突き出す。
「志狼さんはそんなんじゃないもん……」
「ほお、相手は志狼さんというのだな、よしよし……」
私が彼の顔を思い出しながら、頬を熱くしてボソリとつぶやいた言葉をミカちゃんは聞き逃さなかった。
「うにゃあああああ! ミカちゃん忘れてええええ!」
次々と私の何かが破壊されていく、そんな午後の始まりだった。
「……随分遅かったな」
都心部のビルにある小さな貸し会議室。その扉を開けて1人の男が薄暗い部屋へと入ると、すでに部屋の中にいたスーツ姿の男が、部屋へと入った男へと話しかける。
「いやいや、場所がよくわからなくて遅れちゃいましたよ。この世界の建物はちょっと雑多な作りだよね〜」
部屋へと入った男は、目深に被ったフードをあげると……白髪に尖った耳、サファイア色に輝く緑色の目、褐色を煮詰めたような肌を持った……博物館にいたあの男だ。
「ララインサル……
スーツの男はララインサルと呼んだ目の前の
ララインサルは少し訝しげな表情を一瞬だけ浮かべるが、すぐに笑顔へと戻ると目の前の男性へと話始める。
「あれ? これしょぼい椅子だなあ……まあいいや。えーと博物館に運び込んだ
アンブロシオとは……目の前のスーツの男のことだ。彼は金髪赤眼だが異常に悪い血色と、日本人の顔ではなく……東欧の貴族然とした整った顔の男性だ。身長はかなり高く、一八〇センチメートル近くあるだろうか。ロイド眼鏡をかけており、時折神経質そうに眼鏡を直している。
ララインサルは、ニヤニヤと笑いながら懐を弄り……回収した呪物……金の装飾を施した骨のような物体をアンブロシオへと放る。
「そうか、なら十分だな。実験としては良い結果だろう……敵の戦力はどうだった?」
アンブロシオはさほど面白くもなさそうに、呪物を受け取るとスーツの内ポケットへとしまう。
「そうだなあ……一人面白いのがいるね、あとは……」
そのとき会議室の扉が開き、二人の人物が入ってくる。
「すまない、遅れてしまった」
「あら、みんな早いのね」
一人は……湾岸の公園で青梅と交戦した、灰色のスーツの男性。金髪、青い目、痩せた少し血色の悪い顔は変わらないが、青い目は深い闇を湛えたような不気味な印象だ。
もう一人は、博物館でララインサルと話をしていた妖艶な女性……黒髪に白い肌、赤い眼、口元には笑みが浮かんでおり、美しいがどことなく空虚な印象を持っている。
彼女は体のラインがはっきりとわかるドレスを着ていて……豊満という言葉が似合うくらいの女性らしい体型をしている。
「テオーデリヒ……それと
アンブロシオは二人を椅子に座るように促すと、安物のパイプ椅子は再び軋み音をあげて……二人は同時に何だこのショボい椅子はという顔をするがすぐに気を取り直したようにアンブロシオへと顔を向ける。
「……いつも決まった場所を押さえるよりも足がつきにくいのでね、こういう施設を使っている」
アンブロシオは無表情で二人の心を読んだように答えると、何事もなかったかのようにララインサルに顎で続きを話すように促した。
「はいはい説明続けるよ〜。一人は女性ミカガミ流を使う剣士だ。一体どこで覚えたんだろうねえ……ただ彼女は二つの魂を同居させている。可憐な女性の魂と獰猛な殺戮者の魂だ。女性の時でもこの世界の剣士としては十分強いけど、入れ替わった後が、アハッ……見ものでね。とても僕たちにそっくりなんだよ」
ララインサルはさも楽しそうな顔で、報告を続けていく。
「それと博物館には銀色の
「あら、アーネストがいたのね……気がつかなかったわ」
だが、
「ああ……そっか
「そうよ、私の可愛い
「別に聞きたくないから、次どうぞ〜」
テオーデリヒが椅子から立ち上がり喋り始める。
「はい、私が遭遇したのは若い男性です。主に
アンブロシオへと頭を垂れると、表情を変えずにすぐに椅子へと座り直す。
「イレギュラーでこちらに来てしまっていた
アンブロシオは自らのスマートフォンとプロジェクターを繋ぐと、モニターで現場の写真を見せていく。
なんとそこには、KoRJが秘匿しているはずの
「そういえば、私が
「病院を占拠して
ララインサルはニコニコ笑いながらアンブロシオの顔を見ている。あくまでも無表情を貫いてアンブロシオは続ける。
「KoRJが我々の目的を邪魔する、というのであればこちらも対抗して戦力を整える必要がある。私は現地の裏組織などを通じて、複数の協力者を作っているがそれなりに時間がかかるのでな。当分は協力者と『
その言葉に会議室にいる全員が頷く……そして次々と闇へと溶け込んでいく。
「では、次はもう少しマシな場所に招待してくださいね、できればディナー付きとか」
ララインサルは笑いながら、最後に会議室から闇に溶け込むように消えていった。
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