第一二話 城塞(ストロングホールド)
地を震わす咆哮と共に、巨軀の
私は突進してくる
返す刀で私も
舌打ちをする私……同じように
「……怒っても、当たりませんよ」
攻撃を避けながら私は状況を分析する。
まず、
前世でもそうだったのだけど、
その証拠に彼は
だから、現状の方が対処はしやすいはずなのだけど……私が先に疲労してしまってパワーで押し切られる可能性もある。
前世の記憶に従えば、こちらが冷静に対応できればなんとかなるはずなのだけど、不安が心によぎる。
そんな私にお構いなく、暴風のように振われる
「問題は……私が全ての力を出し切っていない、と言うハンデを背負っていることだわ」
前世と違ってこの体はとても華奢だ。今の
いや違うぞ新居 灯……確実に倒さねばならない、それが今の私の仕事だからだ。
『仕事として受けた以上、必ずやり通すそれが
前世で私……ノエルは仲間から仕事に対する姿勢を問われてこう答えていた。
なかなかに立派な答えだと私ですら思う。ドヤ顔でそんな発言をしつつ失敗してしまったケースなども黒歴史の中には存在しているのだが、まあそれは今は恥ずかしくなるだけなので思い出さないようにしよう。
攻撃を避けながら私は
「女は度胸ってね、私ならやれるって信じてる……」
空気が変わったことを感じて、
「あ、ちょっと……今いいこと言ったのに!」
その全てを舞うように避ける私は、刀の鐔に指を当てたままタイミングを見計らう。
その時、偶然なのかふわりと舞う木の葉が
今だッ! 地に足がついた状態で、私は言葉通り
「ミカガミ流剣術……
全ての時が止まったような数秒の静寂が世界を支配する。
日本刀を振り抜いた私は武器をくるりと回し、いつものように鞘に収めて一度深く息を吸い、そして大きく息を吐く。
その横で
ほぼイメージ通りに剣を振り抜けただろうか……ここ最近では最高の出来であった、と感じる。まだまだ私も成長の余地があるのだな、と心に密かな満足感を感じて私は……小さく拳を握って喜びを噛み締めた。
「さすが……新居さんはすごいね……」
私が声に驚いて振り返ると……茂みの中から先輩が姿を現す。
その姿はまさに満身創痍と言うのが正しいだろうか? 顔は血で濡れ、右腕が折れているのか押さえながら足を引きずって、必死にこちらへと歩いてこようとしている。そうか……あの木の葉は先輩が……。
「せ、先輩……その傷は……」
「ハハ……負けちゃったよ……」
気が抜けたかのように先輩は、ふらりと体を揺らすとそのまま崩れ落ちる……私は慌てて彼のそばへと駆け寄ると、首筋に手を当てて脈を確認する。
弱いが、死んではいない……まだ助かる。私は先輩を抱えるとインカムに向かって叫ぶ。
「青山さん! 病院へ搬送準備を……先輩が死んじゃう!」
「……あ、あれ?」
青梅が目を覚ますと、そこはガタガタと揺れる車の後部座席に寝かされていた。
焦点がうまく合わない……さらには身体中が軋むような痛みを伝えてはっきりと覚醒すると、彼の顔を心配そうに眺めている新居 灯の顔が見えた。
「先輩、大事をとって病院までは動かないでください」
「あ、うん……ここは……」
後頭部は痛むのだが、とても柔らかい感触を感じて自分が今どこに寝かされているのかに気がついて驚く。タオルを引いているが彼の頭は新居 灯の膝の上に乗せられており、彼女は青梅の頭を優しく撫でている。
「あ、新居さん……?」
「先輩、動かないでと言いましたよ」
善意からなのだろうが、青梅の視界の端には灯の大きな胸部が下から見えている状態で、さすがに健全な男子高校生には刺激が強く、さらに気恥ずかしい。
見ないようにしないと……と赤面しながら再び目をつぶる。そんなこともいざ知らず、灯は青梅の頭に優しく手を乗せて彼の頭を撫でている。
仄かに暖かい……そしてとても細くて華奢な手の感覚に彼女の手を握り締めたい衝動に駆られるが、ぐっと我慢する。
「もう一人敵がいた。
ボソリと青梅が口を開く。その声に灯が目を閉じたままの青梅を見つめる。
「僕は……僕の攻撃は弱かった……」
青梅の目からぽろりと涙が落ちる。悔しい、能力を持っているにもかかわらず、今のままでは足手まといではないか……能力者だと言われて調子に乗っていただけの……ただの高校生なのではないか、と複雑な感情が巻き起こる。
「……私は先輩の良いところをたくさん知っています」
灯がボソリと呟く、その言葉に青梅が驚いたように目を開く。
「先輩は……確かに私や、他の人のように接近戦はそれほど得意ではないかもしれません。でも
「あれに気がついてた……?」
そう、青梅は状況を見て新居 灯のサポートをするべくピンポイントで木の葉を舞わせて、
「はい、あれがなければ私はあそこまでの一撃が出せなかったと思います、助けていただいてありがとうございました」
その言葉を受けて、少し満足そうに青梅が笑う。
「君の役に立ったなら、満足だよ。僕にできることは少ないけど……」
「はい……ですから今はゆっくりお休みください」
灯が微笑んで、青梅を優しく撫でる。ああ、心地よい……誰よりも強く、美しい後輩にこうしてもらうことがなんて心地よいのだろう。
僕は……僕はいつか君の……ゆっくりと青梅の意識が暗闇に沈んでいき深く寝息を立てる。
その様子を見ながら、リムジンを運転する青山は震えながら思っていた。
『そんな空気出してるなら、もうお前ら付き合っちゃえよ!』
さて、先輩は寝たのでここからは色々考える時間だ。
なぜか運転中の青山さんがバックミラー越しにプルプル震えてるのは、先ほどまで醸成されていた空気のせいだろう。
いや、私は単に『おめえ、パワーじゃなくて別に良いとこあんだから、そんなに落ち込むなよ、な?』という意味で話していたのだが。
悩める先輩を励ますためにいろいろ考えて話していたら、あんな喋り方になっただけなのだ……別に感情とか入ってないし。
青梅先輩は確かに正面切って戦ったら、悠人さんにも勝てない可能性がある。でも強さのベクトルとは単純に力が強い、技が優れている、鎧のような外皮を持っているだけではないのだ。
獣人によっては痛覚を切り離す能力を持っている者もいる。先輩は距離をとって、ひたすらに相手の攻撃を封じ続けるという戦い方も選択できたはずだ。でもそうしなかったのはおそらく彼なりの正義感、真面目さに起因するところなのだろう。甘さなのだろうけど……嫌いではない。その辺りは戦闘経験を積んでいけば解消されるものだ。
だから、先輩はこれからが本番なのだ。彼はたった一八歳の若者にしかすぎない。戦闘経験も大したレベルではない。前世がある私とは子供と大人……いや
死線を潜っていった人が大きく成長するところを何度も見てきた。だから、期待するしかない。
とにかく、そういうことなのだ。本当に他意は無い。先輩にこれだけ優しくしているのは、子供をあやす大人のようなものだ……と私は心の中でドヤ顔をして、周りの状況を確認する。
ミラー越しにこちらを見ている青山さんがプルプル震えながら『私の目の前でその先に進むんじゃねえだろうな? 困るぞ!』という表情をしているけど、私は今は恋などしないのだ。
だって前世が男性でしかも
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