第8話 精霊
「そもそも精霊とはどんな生き物なのか。ルナはどれくらい知ってる?」
「確か世界のどこにでもいて、魔力を食べて生きているんだよね。でもあたし達の目には見えない」
「その通りだ。でも一般に公表されていない情報はまだまだ沢山ある」
「公表されていない情報?」
休憩も終わり、息を整えた僕達は再び目的地を目指して山を登り始めていた。
山の天気は変わりやすい。
晴れている内に目的の場所まで辿り着けると良いんだけど。
「一つは、魔力の濃度が高い場所では精霊を実際に目にする事が可能だという事。そしてもう一つは、僕達が普段行使している魔法は精霊による手助けを受けているという事だ」
ちなみに僕らが今向かっている目的地では、精霊の姿が見える。
帝国中を探しても、このレベルの魔力の溜まり場は、数カ所しか存在しない。
そしてそのどれもが、山奥だったり海中の中だったりと、秘境のような場所にあるので、僕らは今こうして必死に山を登っているのだ。
「はぁ? そんなの聞いたこと無いんだけど」
「だろうね。これらは意図的に隠されている情報だし」
遠い昔はこれらの情報もきちんと公表されていたらしいが、時代の流れと共に少しずつ魔法の情報を隠匿されていったのだ。
というのも、
「魔法は、上級貴族達の既得権益なんだよ。ほら、魔法学校のSクラスなんて伯爵以上の家の子ばかりだろ? 近年の著名な魔法使い達だってそうだ。あれは、上級貴族の間でだけ魔法のちゃんとした知識を共有し合っているからなんだ」
「え? でもあれは貴族の方が才能のある人間同士で結婚して子を残してるからだって聞いたけど」
「あ、それ嘘だよ。一部の特殊な魔法を除いて、魔法の才は遺伝しない」
だからこそ、僕みたいな平民出でもひとかどの魔法使いになれている。
それにもし本当に魔法の才が遺伝するなら、貴族達がもっと優秀な魔法使いを家に取り込むことに躍起になっているハズだからね。
だが現実はそうなっていない。
貴族は貴族同士での政略結婚がほとんどだし、平民の優秀な魔法使いが上級貴族と結婚したなんて話はここ数十年で数えるほどだ。
「じゃ、じゃあ何で先生がそれを知ってるの!?」
当然の疑問だ。
本来伯爵家以上の上級貴族のみが知りうる情報を、何故平民の僕が握っているか。
「この前言ったよね。学生の頃、禁書区域の本を読破したって。禁書には、現代において上級貴族のみが秘匿しているような情報も当然書いてあるんだ」
まぁだからこそ、それらの本は禁書に指定されているし、無許可でそれを読んだものは一族郎党皆殺しにされるんだけど。
上級貴族は魔法という既得権益を守るためならば、どこまでも冷血になる。それは歴史が証明していた。
「……ねぇ、これってあたしが知っていい話だったの? この情報を知ったからってあたし殺されない? 大丈夫?」
「大丈夫……………………たぶん」
「たぶんってなに!? 何で不安げなの!?」
僕は第二皇女殿下と仲が良く、それでいて色々功績を立てた事で無罪放免になった。
皇帝陛下や第二皇女殿下からも特に口止めはされていないし、既得権益を壊さないレベルでならこうして教えても平気なハズだ。
それくらいの信用は得ている。
それに、第二皇女派閥である僕の近しい者に危害を加えるという事は、それすなわち第二皇女派閥全体を敵に回す行動である。
既得権益を守りたい立場である上級貴族にそんな馬鹿は存在しない。
「あぁ、あたしは知ってはいけない秘密を知って殺されるんだ~! まだこんなに若いのに! まだ、こんなに、可愛いのに! お肌も、ぴちぴちで、スベスベなのに!!」
ルナちゃんが可愛いのは僕も同意するが、それ殺されることと何か関係ある?
お肌の状態なんてもっとどうでもいい。
「でもこの秘匿された知識を学ばないと、Sクラスの主席なんて到底なれっこないよ?」
「あたしが! いつ! Sクラスの、主席になりたいなんて、言ったの!?」
「あれ? 最終的な目標はそこじゃなかった?」
「あたしが言ったのはAクラスの維持! それだけだから! なんで次々と勝手にハードルが上がって行ってるの!?」
なるほど。
僕はてっきりルナちゃんはトップを目指したいものだとばかり思っていたが、案外と目指すべき場所は低みにあったようだ。
やれやれ、僕の溢れ出る名家庭教師ぶりが、いつの間にか目標を高く高くと押し上げてしまっていたらしい。
優秀過ぎるというのも悩みものだな。
「でも運の悪い事に、ルナの同級生には例年に比べて優秀な生徒が多い。ルナの少ない魔力量じゃ、どのみちAクラスの維持も難しかったと思うよ?」
「そ、それは……確かに」
「ルナも魔法学校に通ってるぐらいだから、魔法使いとして生きていくつもりなんでしょ? だったらどれだけ実力を付けても困る事はない」
魔法使いの主な就職先は、衛兵か軍だ。
特に優秀な者なら、研究職や教職といった安全な仕事に就けるが、ほとんどの者は体を張った仕事をするしかない。
だから魔法学校に在籍している内に少しでも実力を身に着けて、将来における選択の幅を広げておく必要がある。
僕は教え子が戦死しましたなんて情報は聞きたくないからね。
「ほら、想像してみて? ルナは遂に念願の主席になった。周囲の皆はルナを全力で褒め称えている」
「えへ、えへへへ」
「いつもは傲慢な貴族の子も、結果を示されては黙るしかない。悔しそうにルナを遠まきに眺めている」
「ふっふーん。ざまぁみろ! 散々あたしを馬鹿にしやがって!」
「主席ならばなんでも思い通りだ。勿論、靴下を皆に露出することだって可能!」
「あぁ、堂々と皆に靴下を見せびらかせるだなんて……快、感! ――ってんなわけあるかッ! なにその倒錯的過ぎる性癖は!? あたしに余計な属性を付けようとするのやめてくれる!?」
ルナちゃんはぷりぷりと怒りながら地団駄を踏む。
流石に靴下は特殊過ぎたか。
ここは素直に鎖骨辺りに留めておけば、ルナちゃんも満足してくれたに違いない。
「まぁ僕が言いたいのは、主席を目指しても損はないよって事だ。向上心が無ければ、成長は見込めない。たとえその目標が果たせなかったとしても、上を目指して努力したその頑張りは将来の糧となる」
「…………先生が目指せるって言うなら、あたしも主席を目指してあげてもいい、かも」
「その調子だよ、ルナ! 僕も主席様のパンツを見れると思うと鼻が高い」
「だからパンツは見せないっつーの!」
ルナちゃんはそう言って、僕の肩にパンチした。
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