幕間 ―光を覆う影―

闇に導かれ

 シリカが自宅で気を失っていた頃、レイクは夜道をあてもなく歩き続けていた。月明かりが照らす表通りを避け、光の届かない裏道を選んで進む。誰かの声が聞こえれば素早く姿を隠し、その人が遠ざかってから再び歩みを始める。自らの存在が光に照らされることで、その罪が露見ろけんすることを怖れるように。


 何故、あんなことをしてしまったのだろう――。

 

 人気のない道を歩きながら、レイクは何度目になるかわからない自問を繰り返した。


 つい数時間前まで、僕の人生は完璧なはずだった。道行く人が僕を賞賛の眼差しで見つめ、レイク先生、レイク先生と神をあがめるように信奉しんぽうを捧げた。それによって夢破れた心は慰められ、失いかけた誇りを取り戻した。そうだ、あのまま医師としての生活を続けていれば、僕には成功した人生が約束されていたはずなのだ。


 それなのに、今や僕は罪人となり、人目を忍んで歩き続けている。戻る場所はなく、行く当てもなく、ただ罰せられることを怖れて歩き続けている。まったく、何て無様なのだろう。欲望に狩られて短絡的な判断をするなど、愚劣ぐれつな人間の行いだと思っていたのに、今や自分が愚劣な人間以下の存在になってしまった。


 あのみすぼらしい老人の姿が脳裏に蘇る。思えば、あの老人を助けたことが悪夢の始まりだった。時間外の診療はお断りだと言って追い返せばよかったものを、長きにわたってつけていた善人の仮面が、無意識のうちに老人に救いの手を差し伸べさせた。そして老人は見返りとして、僕にこの忌々しい手を授けた。


 僕はこの手によって魔力を手に入れた。幼い頃から渇望し、それを手にするために心血を注ぎ、だけどついぞ目覚めることのなかったその力を、ようやく我が物とすることができた。だが、いざそれを手にして見ると、想像していたほどの喜びを感じなかった。あるのはむしろ喪失感ばかりだ。


 レイクの内側で何かがさわさわと揺れる。リビラから奪った魔力の結晶が、新しい主の身体に慣れずに落ち着きをなくしているのかもしれない。あるいは自身の心が、犯した罪の大きさに打ち震えているのかもしれない。

 だが、どれほど後悔したところで、自分が白日はくじつの下に戻れないことはわかっていた。これは僕の弱さが引き起こした罪なのだ。老人の甘言かんげんはきっかけに過ぎない。僕はそう、自らの内に巣食っていた欲望に負けたのだ。


 レイクがそんなことを考えていると、不意に足元に巨大な影が差して顔を上げた。いつの間にか街の外に出ていたようで、周囲には平原の道が続いているばかりだったが、その中で一つ異様な存在感を放つ建物があった。それは打ち捨てられた神殿のような場所で、黒い柱は真ん中から折れ、石の壁はもろくなって崩れている。


 レイクはいぶしげにその神殿を見つめた。街の外にこんな神殿があっただろうか? 少なくとも、六年前に自分が王都から戻って来た時にはなかったはずだ。だが廃墟はいきょのようなその姿を見るに、とても最近になって建てられたものとは思えない。

 この神殿はどこから現れたのだろう? そして僕はどうしてここに来たのだろう? 月明かりや人目を忍んで歩き続けていたら、いつの間にかここに辿り着いていた。まるで誰かに導かれるように。


 レイクは改めて神殿を見つめた。廃墟と化したその姿は、夜のとばりに包まれて一層不気味な様相をかもし出している。普段の自分であれば、こんなき溜めのような場所にはまず近づかないだろう。だが、朽ちていくのを待つばかりのこの神殿は、今の自分が向かう先としては相応ふさわしいもののように思えた。


 レイクはしばらく神殿を眺めた後、その入口へと近づいて行った。

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