野菜売りのおばさんと人見知りの少女

 


「おやテトじゃないか。奇遇だね」


 またテトに先導されてどこかに連れて行かれる途中、道の対面からやってきた口喧嘩も腕っぷしの喧嘩も強そうなふくよかなおばさんがテトへと話しかけた。まるでサンタクロースのように大きな袋を背負って、横にはまだ少し幼さの残る中学生くらいの少女を連れていた。


「巡回中なんだ。そっちはこれから開店かい?」

「そのとおりだよ。買うかい?」


 そう言っておばさんは背負った袋からキャベツを一つ取り出した。


「買うわけ無いだろ? 自分で作ってるんだから」

「はっはっは。それもそうだね」


 二人の会話を聞くに、多少は気心の知れた中なのだろうか。


 笑うおばさんの口元を覆い隠すバンダナにはとても綺麗な青い薔薇が描かれていて、思わず視線を奪われる。少女のバンダナには真っ赤なチューリップが描かれていて、こちらも非常に可愛らしかった。今作ってもらっている自分のバンダナもあんな感じにおしゃれだといいのだが。マルベルさんのセンスに期待しておこう。


「あの、こんにちは」


 俺が挨拶すると、ビクッと身体をはねさせた少女は恰幅の良いおばさんの背へとさっと隠れた。……そんなに怯えなくてもいいのに。


「ははは、ごめんね。うちの子は人見知りでね。初対面の相手だといつもこうなんだよ」

「はあ、そうなんですか」


 おばさんはひょこひょことしきりにこちらを覗く少女の頭をポンポンと叩きながら豪快に笑った。


「初対面の相手を警戒するのは良いことさ。誰かさんにもその警戒心を見習ってほしいものだね」


 そう言って、テトは非難するようにこちらを見た。


「そっちのお兄さんは結構大きいけど新入りかい?」

「残念ながらそんなところかな」

「あ、昨日から孤児院に置かせてもらってるマサトです。よろしくお願いします」


 残念ながら、なんて言葉をわざわざつける必要はないだろうとテトに心の中で毒づきながら、俺はぺこりと頭を下げた。


「そうかいそうかい!孤児院がにぎやかになるのは良いことさ。マサト、テトは皮肉屋で憎たらしいと思うけど、悪いやつじゃないから仲良くしておやりよ」


 そう言って、そのまますれ違っていくおばさんは、「ああ、そうだった。テト」と急に足を止めて振り返った。


「わたしもそろそろだ。その時はよろしく頼むよ」

「言われなくても」


 二人のやりとりに、一体なんの話だろうかと俺は首をかしげる。


「ほんとに悪いねえ嫌なことあんたたちに押し付けちまって」

「いいよ別に。それに見合った報酬はもらえてるんだ」

「そうかい。じゃ、頼んだよ。マサトも孤児院の連中と仲良くね」

「あ、はい」


 おばさんは最後にまた豪快に笑い、俺たちから遠ざかっていく。


 おばさんの一歩は大きくて、少女は不安そうに時折俺たちの方を振り返りながら、小走りでその後をついていった。


「なあ、最後はなんの話をしてたんだよ」

「仕事の話さ」


 テトの仕事というとハンターだ。魔物を狩るだとか、街を巡回するだとか。さっきの会話はそういう感じじゃなかった気がするのだが……。テトはそれ以上話す気は無さそうだった。


「それにしても、なんだか良い人だったな、あのおばさん」

「ああ、そうだね。彼女は本当に、本当に良い人だよ」


 そういえば、こっちは名乗ったけど、向こうの名前を聴いていなかった。今度会えたら聴くことにしよう。


「あの人、普段はなにをしてる人なんだ?」

「大通りで野菜を売ってるのさ」


 野菜を……売る? 瘴気で味なんてろくにわからない世界で食べ物を売るということが理解できなかった。そんなことして、はたして買う人なんているのだろうか? 


「ほら、さっさと来ないと置いてくよ」

「あ、ああ」


 つい足を止めて考えていると、気づいたらテトは前に歩みを進めていた。取り残されていた俺は急いでその背中を追いかけた。

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