第296話 転機と商機



――――賑々しく盛り上がる広場の隅で スーリオ



「ふぅむ、なるほどな……そちらはそういう方法でアースドラゴンを倒したのか」


 アースドラゴンの甲羅を前にして宴が盛り上がる広場の隅に布を敷いて腰を下ろして……宴の主菜である黒ギーの串焼きを片手にスーリオがそう声を上げると、同じ布に腰を下ろしたリオードとクレヴェがこくりと頷く。


「そしてそういった、武に頼らない戦い方を学びたければジュウハ殿に習え……か。

 ……別にジュウハ殿をどうこう言うつもりはないのだが、あの方も前回の反乱騒ぎでは精彩を欠いていたからなぁ……師として仰ぐにはどうなのだろうなぁ」


 続けてスーリオがそう言うと……クレヴェが恐る恐るといった様子で手を挙げて、ゆっくりと口を開く。


「実はそのことについても、片付けをしている時にモントさんが説明をしてくれたんですが……モントさんが言うにはジュウハさんは、極めて優秀なだけの常識人、なんだそうです。

 常識人だから何事も常識で測ろうとするとかで……損得とか欲とか、怒りとか恨みとか、愛とか。

 そういう普通の感情で動く人の先を読むことは物凄く得意で……逆にジュウハさんの知る常識の中にない、損得とか欲とか、そういった感情で測ることのできない、非常識でメチャクチャで、道理に合わない相手と戦うことは大の苦手としているんだそうです。

 そして前回の反乱の首謀者は、本当に反乱が目的だったのかも分からない、反乱を成功させたいならそう出来たはずなのに、土地や利益を得たいなら得られたはずなのに……だというのに途中で全てを投げ出したような相手で……それはジュウハさんが最も苦手とする、ジュウハさん以外でも対応に困っただろう、荒唐無稽な存在……なんだそうです」


 そんな言葉を受けてスーリオは半目となり……不機嫌そうな表情になりながら言葉を返す。


「ふむ……なるほど?

 確かに首謀者が誰かも分かってはいない、俺にも首謀者の目的なんてのは読めやしないが……しかしそれでよくあの戦争を生き残れたものだ。

 ジュウハ殿だってそれなりの年数、戦場にいたはずなんだがな……」


「それについてもモントさんが説明してくれたんですが……戦争でそういった相手と、戦火の中でおかしくなっちゃったような人と戦う際には、ディアス様がなんとかしてくれたんだそうです。

 ジュウハさんが悩んだり足を止めたり、苦戦したりしているようなら、ディアス様が何も考えずに前に出て、その武力で全てを蹴散らす。

 ディアス様がそうやって敵を蹴散らしたならすかさずジュウハさんが動いて、ディアス様の援護をしながら部隊全体を立て直す。

 ディアス様は直情的過ぎるからか暴走することもあるそうなんですが、思考の根っこは至って普通の常識人なんだそうで……ジュウハさんはそんなディアス様がどう動くかだけを考えて指示を出して、そして最前線のディアス様が、敵の狙いとか思考とかを経験に基づく直感で看破していた……んだそうです」


「ああ……なるほど、確かにディアス様はそういうところがあるかもしれん……。

 アースドラゴンと戦っていた際、ディアス様の脚力はそこまでのものではなかった。

 より速く走れる獣人などそこら中にいるだろうし、力にしても負けないくらいに怪力な獣人は存在している。

 ならばそいつらがアースドラゴンと戦って勝てるかと言うと……まぁ、あっさり負けてしまうのだろうな。

 ディアス様のように迷うことなく走ることはできない、一瞬の隙を見て距離を詰めることもできない、アースドラゴンの甲羅に駆け登るなんて夢のまた夢……恐れず隙を見逃さず、判断を迷わず……躊躇することを知らないのだ、あの方は。

 普通であれば火球吐き出された時点で恐れてしまうのだろうし、近寄るにしても甲羅を駆け登るにしても攻撃するにしても、どうしたって躊躇が生まれてしまう。

 直感が抜群で、それを裏付ける確かな20年もの経験があって……20年か。

 俺達もエルダン様を領主にするために戦いはしたが数十日のことで、たったの1年も戦っていないのだなぁ」


 そう言ってスーリオは項垂れ……考え込む。

 

 ジュウハにそう言う欠点があるのは分かった、ディアスがそれを助けてきたということも分かった。


 だが今のジュウハの側にはディアスの姿はなく……また似たような人物も存在しない。


 であれば誰かがその役目を務める必要があり……ディアスからそういった部分を学べる人物は運良くここにいる自分しかいないのではないかと、そんなことを深く深く考え込む。


 リオードとクレヴェもまた、宴の様子を見やりながら考え込む。


 欠点があろうともジュウハの能力は素晴らしく、またモントの戦い方にも学べる点が多く……ここで学び、ジュウハの下で学び、そうして一端の兵学者となれば、自分達のような存在でも出世出来るのではないか? と。


 知恵を働かせさえすればあのアースドラゴンさえ倒すことが出来るのだから、獣人や人を倒すなんてことはもっと楽に出来るはずで……。


 そうしてスーリオとリオードとクレヴェの三人は、それぞれ決意を新たにし……ひとまず今はこの騒がしくも愉快な宴を楽しむことにするかと、料理と酒と歌と踊りへと意識を向けるのだった。


 

――――数十日後、王国各地で


 

 突如各地に現れたアースドラゴンが無事に討伐されたことにより、王国は湧き上がっていた。


 アースドラゴンの同時襲撃なんてものを受けてしまえば多くの被害が出るはずだというのに被害は少なく、得た素材は多く……その素材を手に入れようと、素材を加工して新たな装備やアクセサリーを作ろうと、素材の研究をすることで建造物などにも活用出来るのではないかと、商人や鍛冶師、大工や学者達がにわかに活気付き……そうした刺激を受けた国内経済が好循環をし始めていたからだ。


 今回一番の被害を受けた北部を見ても、民や村、畑への被害は無く、何十人かの騎士達が名誉の戦死を遂げただけであり……そうした被害を悲しむ声よりも、得られた名誉や素材を喜ぶ声の方が大きく、特に最前線にて指揮を執り続けたエーリング伯の勇猛さは王国中に知れ渡ることになり……結果として第二王女ヘレナの派閥は大きく躍進することになった。


 東部での被害は攻城兵器だけで済んだようだが、それでも多くの攻城兵器を失い、それらを補充すべきかという議論が王城で行われ……サーシュス公は議論の決着を待つこと無く自らの財産を投じることで数多くの……以前よりも多くの攻城兵器を造り出した。


 帝国にもアースドラゴンが現れ、かなりの被害を出しながらも討伐に成功したという情報を得ていたサーシュス公は、アースドラゴンの素材を使った兵器を用いての再侵攻を警戒していたようで、そうした判断を下したらしい。


 結果としていくつかの攻城兵器の改良が行われることになり、東部地域の職人の質が向上することになり……人的被害なくアースドラゴンを討伐したことも踏まえてサーシュス公の威信は大いに高まり……第一王女イザベルの派閥もかなりの躍進をすることになる。


 そんな中、第一王子リチャードの派閥は、他に比べて評判を高めることが出来ず、素材を得ることが出来ず……厳しいとまでは言わないが微妙な立場に立たされていた。


 派閥への積極的指示を表明しているマーハティ公が一体のアースドラゴンを被害を出すことなく討伐したとのことで、その魔石をマーハティ公からの献上という形で手に入れはしたものの、素材を手に入れることは叶わず……支配地にアースドラゴンがやってこなかったという、本来であれば幸運であるはずの事態がまるで不運であるかのように作用し……相対的に評判を落とす結果となってしまったのだ。


 出来ることは多くの被害を出したという北部への支援くらいのもので……他の地域での被害が少ないことも、リチャードにとっては不運と言えた。


 そんな風に各派閥の力関係が変化する状況の中で、誰よりも名を挙げたのがどの派閥とも距離を置くメーアバダル公だった。


 もう何度目なのだと言いたくなるようなドラゴン討伐を、アースドラゴンが二体同時にやってくるという状況下であっさりとやってみせ……被害は一切無く、その上一体は公自らが単独で討伐したという。


 もう一体は、たったの一年という短い期間で集め、鍛え上げた領兵でもって討伐していて……自らアースドラゴンに相対しながらも兵を適切に運用してみせた手腕は見事と言う他に無いだろう。


 それだけでなく何も無かったはずの草原での街道の整備を開始し、西国……未知とも未開拓とも言われる国との境に関所を作り始めたとの話まで聞こえてきて……たったの一年でそこまでのことをしてみせた公に対しての評価は、これ以上なく高まることになる。


 あまりに話が出来すぎていたため嘘ではないかと疑う者達もいたが、今回もまた当然のように手に入った魔石のうち一つを国王へと献上していて……同時に街道や関所に関する正式な報告書も提出していたために疑念の声は自然な形で消滅していった。


 そしてそれらの話を聞いた……好景気で活気づく商人達はメーアバダル領へといつにない熱視線を送ることになる。


 街道の整備が進み、関所作りが出来るほどの人材がいて、それだけの公費が動いていて……その上ドラゴンの素材が今までの討伐分、たっぷりとあり……最近ではギルドまでが積極的な投資をしているという。


 大商圏たるマーハティ領が隣領で、鉱山開発の噂まで聞こえてきて……それで注目しないというのは、商人としてはあり得ないことだった。


 各派閥の力関係が流動的に変化しているということもあり、政治的な面においてもメーアバダル公の価値は高まっていて……尚の事商人達は関心を示すことになり、そうして何人かの商人達がメーアダル領を目指し、馬車を駆ることになるのだった。




 ・第十章リザルト



 領民【196人】 → 【231人】


 内訳 洞人族32人 ゴルディア、アイサ、イーライの3人で35人。


・家畜【ガチョウ】は順調に数を増やし30羽近くになった。


・ディアスは再びモンスター【アースドラゴン】2匹を討伐し、その素材と魔石を手に入れた。


・ディアスは施設【関所】の建設に着手した。


・ディアスは施設【鉱山】の建設に着手した。


・領内各地で街道整備が進みつつあり……東からの街道は完成に近付いてきた。



――――いよいよ夏が始まり、貯蔵庫に溜め込んだ氷や、不思議な水瓶の本領が発揮される季節となる……。




――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


次回からは第十一章開始となります。


内容としては……夏を楽しんだり色々作ったりする感じになると思います。

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