第270話 西からの……


 フランがメーアらしい声で鳴いたという、内容だけを聞くとただただ当たり前に思えてしまう報告をセナイとアイハンがイルク村を駆け回りながらしていって……村の皆がその様子を微笑ましげに眺める中、子供と言えば……と、思い出したことがあって私は、村から離れて今日の白ギー達の放牧地へと向かっていた。


 イルク村がギリギリ見えるか見えないくらいの距離にあるそこには、メーア達の時と同様に見張りのシェップ氏族の若者が何人か居て……そんな見張りに囲われる形で6頭の白ギー達は草を食んでいたり、寝転んでの反芻をしていたりして……そしてその中心に、頭は大きく足は短く、それでもその全身は白ギーらしいふかふかの毛で覆われた、生まれたばかりの仔白ギーの姿がある。


 白ギーは基本的にのんびりしているというか、ぼーっとしていることが多く、とても大人しい生き物なのだが、子供となると活発かつ好奇心旺盛で……大人の白ギー達の側を存分に駆け回り、鼻を押し付けて匂いを嗅いだり、その尻尾なんかを軽く食んだりとし……そうしたイタズラをしたなら見張りをしているシェップ氏族の下へと駆けていって、よしよしとその鼻筋を撫でてもらったりとしている。


 そんな仔白ギーを産んだ母白ギーのおかげで最近のイルク村の食卓には、バターやチーズが多く登場するようになっていて……シチューなんかもちょくちょく食べられるようにもなっていて、いやはや全く、ありがたい限りだ。


 白ギーの子供は大体二ヶ月もすると離乳し、草を食むようになるそうなのだが、母白ギーは10ヶ月くらいの間、ミルクを出し続けるんだそうで……そうなると次の冬の、真ん中辺りまでは結構な量のミルクをもらえるということになるだろう。


 来年にはまた別の白ギーが子供を産んでくれるかもしれないし、母白ギーが二頭目の子供を産んでくれるかもしれないし……これからのイルク村の食卓にはミルクが当たり前にあり続けるのかもしれないな。


 白ギーが増えてきたら食肉にする、なんて話もあったが……しばらくの間はミルクを優先するということで、食肉にはせずにどんどん子供を産んでもらった方が良いのかもしれないな。


 まだまだ私達の領地には放牧地に出来る土地が余っていて……その余裕が無くなった時に改めて考えてみるほうが良いのだろう。


 ……仮にそうなったとしても鬼人族の村に譲るという選択肢もあることを考えると……食肉にする日は相当先になるのかもしれない。


 いざ肉が欲しいとなったら狩りをするか、順調に数を増やし……そろそろ30羽を突破しそうなガチョウに頼る手もあるからなぁ。


 と、そんな事を考えながら放牧地の辺りをウロウロとしていると……南西、この時期に鬼人族の村がある方向から一人の鬼人族がやってくる。


「おう、少し話せるか?」


 やってくるなりそう声をかけてきたのはアルナーの兄、ゾルグで……私は「ああ、構わない」と頷きながら返す。


 するとゾルグは何故だか私から視線を逸らして山の方を見やり、どこか申し訳なさそうに話をし始める。


「まずは……あれだ、東の森の警備についてだ。

 以前ちょっとした用事があって森の方へと足を運んだんだが……あれだな、関所とかは悪くねぇと思うんだが、南の方に森の木々が少し薄くなってるとこがあってだな……あそこらなんかはこっそり通ろうと思えば通れちまうだろうから、警備をもう少し増やしても良いかもしれねぇな」


「へぇ……そんな所があったのか。

 分かった、クラウスに言って気をつけてもらうことにするよ」


 私がそう返すとゾルグは、頭をガシガシと掻いて……そうしてからようやく私の方へと視線を戻し、言葉を続けてくる。


「それと、ペイジンの使いとかいうのが、何を勘違いしたのかこっちに来ちまってな、うちはイルク村じゃねぇってのにイルク村宛の伝言を残していきやがったんだよ。

 なんでも数日以内にペイジン達がこっちに来るとかで……そのついでに獣人国のお偉いさんもやってくるんだそうだ。

 なんだか知らねぇがお前らは、西の方に関所を作るとか国境をどうするとかで、話が出来るやつが来てくれるのを待ってたんだろ……?

 そう言う訳だから数日以内に歓迎の準備をしておいてくれだとさ。

 具体的にいつ来られるかは天候次第、お偉いさんの気分次第だからなんとも言えねぇってことらしい」


「ああ、その話か……了解した。

 エリーが居ない時に来るのは少しアレだが……まぁ、ヒューバートとエイマと伯父さんが居れば問題は無いだろう。

 問題があるとすれば……迎賓館の位置か。

 東から来る客のことばかり考えて西から来る客のことは考えてなかったからなぁ……しょうがない、西にも大きなユルトを建てて、家具だけをそちらに移しておくかぁ」


「お前ら最近ばかすかユルトを建てまくってるが、メーア布やら建材やら足りてるのか……? いや、絶対足りてねぇだろ……。

 ……しょうがねぇな、その西側の迎賓館とやらのユルトは俺達の方で用意してやるよ。

 最近ちょっとした稼ぎが入って余裕があるんでな……お前たちにも少しだけ分けてやるよ。

 それとうちで持て余してた品もいくらかそのユルトの中に置いておくから、好きに使ってくれ。

 場所は……あー、どの辺に建てたら良いんだ?」


「んんん? 良いのか? 大きなユルトとなると安い品でもないだろうに……。

 その持て余している品とやらも含めて、買い取るという形でも構わないが……?」


 ゾルグの突然の提案に驚きながらも私がそう言うと、ゾルグは何故だかまた視線を逸らし、頭をガシガシと掻きながら「タダで良い、タダで」と少しだけ動揺したような様子を言葉を吐き出してくる。


 そんなゾルグを見て私は……少しだけその様子が気になったものの、善意でそう言ってくれているのだから、受け入れるべきかと納得し、


「分かったよ、ありがとう」


 と、笑顔で礼を言う。


「ああもう、そんなことより場所だ、場所。

 ユルトだからある程度の移動は出来るっつっても、大きなもんとなると手間と時間がかかっちまうだろうが、しっかりと話し合って場所を決めておくぞ。

 西から来る客を迎えるとして西側の……お前らの土地の、どこら辺が良いんだ? イルク村の近くか?」


 するとゾルグは何故だか苛立った様子を見せながらそんなことを言ってきて……私は少し考え込んでから言葉を返す。


「そうだな……東の方からイルク村に伸びてきている道があるだろう?

 あの道をそのまま延長した感じの位置で……イルク村が見えない程度に離れている場所が良いな。

 将来的には西側にも道を通すことになるだろうから、迎賓館もその道沿いにあった方が良いはずだ。

 ……大体その辺りに建ててくれたら、あとのことは私達の方でやっておくよ」


「……まぁ、大体の位置は分かった。

 出来るだけ大きな、客を迎えるのに相応しいユルトをそこに建てておいてやるよ。

 ……井戸やらを用意するのは流石に間に合わねぇだろうから、水瓶やらも持ってきておけよ。

 食事も持ち運びが楽なもんを用意すると良いだろうな」


「分かったよ、そうしておく。

 ……改めてになるが、本当にありがとう、助かったよ」


 と、私が二度目の礼を言うとゾルグはなんとも言えない顔をし……首から下げている風変わりな装飾品を一撫でしてから、手をひらひらと振り……そのまま鬼人族の村の方へと踵を返し、歩き去っていくのだった。

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