第252話 不思議な水瓶


 私がアルナーに贈るためのアクセサリー制作を始めたことは、すぐにアルナーを含めたイルク村の皆に知れ渡った。


 そもそも隠す気は全く無かったし、アルナーが私の行動をちくいち見張ってもいたので、知られてしまうのは当然のことで……それ以来、村の皆はそれとなく私の仕事を減らす方向で動いてくれるようになり……そしてそんな様子を見て安心してくれたのか、アルナーはいつも通りの日々を過ごすようになっていった。


 ……オーミュンの言う通り手作りの婚約の証というのは、かなりの効果があるようだ。


 そしてそうやって私がアクセサリー作りに集中するようになる中、村の皆もまたそれぞれの仕事を頑張ってくれていた。


 まずセナイ達は広場の畑で育てていた苗木を、十分に育ったとして森の中へと植え替え始めた。

 苗木畑を作った当初は村のあちこちに植え替えるつもりだったようなのだが、森が領地として手に入った今、村の周囲に植えるよりも森の中に植えた方が木のためにもなるし、収穫量が上がるという形で私達のためにもなる……ということらしい。


 各種薬草と両親の木だけを広場の畑に残し、そのほとんどを森に植え替え……一部、森などよりも草原の方が向いているらしい何本かの木だけは、イルク村を囲うように植えられることになったようだ。


 ヒューバートとサーヒィの妻のリーエス達、バセンジー達は、草原内だけでなく森の境界……私達の領地とそうでない所に杭を打つ仕事をし始めた。

 

 エルダン達からの許可を貰った上で、ヒューバートが作った地図を元に指示を出し、サーヒィ達が上空からの確認を行い、バセンジー達が杭を打っていく。


 草原内の、鬼人族の領土との境界を示す杭は大体の所を打ち終わっているので、次は森の中という訳だ。

 杭を打ち終わったらエルダンに仕える役人に杭の位置が問題ないかの確認を取ってもらうことになっているらしい。


 そしてシェップ氏族達は、ロバ達を使っての交易……のようなことを始めた。

 ロバに荷車を繋ぎ、岩塩鉱床まで行って、岩塩を拾い集めて荷車に積んで……鬼人族の村に向かう。


 そうしたらそこで岩塩を必要としている人達に渡し、運搬賃としてメーア布の切れ端や、余ったメーア糸なんかをもらう。

 

 鬼人族にとって扱いに困るような小さな端材も、小柄な犬人族達にとっては色々と使うことの出来るありがたいもので……そうやって端材などを集めて、様々な小物なんかを作っているようだ。


 更にそのついでというかなんというか、鬼人族の族長モールの所にも挨拶に行って……荷車に残った岩塩を見せて「この残り物を売っても良いですか?」と、そんな許可を貰ったりもしているようだ。


 岩塩鉱床の岩塩は鬼人族と相談しながら採取したり売ったりする、ということになっていて……鬼人族の村のために働くついでに、その余りを売るという形ならば、鬼人族から不満が出ることもないだろうと、そこまで考えてのことであるらしい。


 よく考えているというかなんというか、上手くやったものだと感心してしまう。


 そうやって少しずつ少しずつ村の倉庫に岩塩を貯め込んでいるシェップ氏族達は、エリーやセキ達が行商に出るタイミングで、それらを預けて稼いで、更に多くのメーア布を手に入れてやる! と、そんな計画を立てているようだ。


 最近の犬人族達の間では、村の仕事の報酬などで手に入れたメーア布で小物を作ったり着飾ったりすることが流行り初めていて……銀貨やら金貨やらの代わりにメーア布を通貨とするイルク村経済を普及させる、なんていうヒューバートのアイデアは、そんな形で影響を与え始めていて……思っていた以上に上手くいっている。


 イルク村に来たばかりのアイセター氏族は、まだその流行りに馴染めてはいないようだが、それでも少しずつ影響を受けているようで、軍馬達を始めとした馬達の世話を頑張ってくれている。


 ベイヤースを始めとした昔からイルク村にいる馬達は、主にシェップ氏族達が世話をしていたのだが、最近は生まれたばかりの仔を含めた白ギーにメーア達にロバ達にと、世話をする家畜が増えたということもあり、馬の世話を得意としているアイセター氏族に世話を任せるようになっている。


 マスティ氏族もそのほとんどが関所の方で働くようになってきたし……村人が増えて施設が増えて、色々な仕事が増えていく中で段々とそれぞれが得意な仕事に特化するようになっているようだ。


 手が足りない部分を補い合っているというか、犬人族達がごちゃまぜになっている光景はそれはそれで悪くないもので、そう考えると少しだけ寂しい気持ちになってしまうが、イルク村がそれ程までに発展したのだと思えば……まぁ、悪くないのかもしれない。


 そんな風に何日が過ぎていって……そうしてある日の昼過ぎのこと。


 工房の小屋のいつもの机でアクセサリー作りの作業を進めていると……オーミュンが小屋の扉をバタンと開け放って……大きなツボを肩に抱えながらドスドスとこちらに近付いてきたかと思えば、私のすぐ側にドスンとそのツボを置く。


「……これは、水瓶(みずがめ)か?」


 大きく背が高く、注ぎ口があって持つための取っ手があって。

 そうしたツボの形を見て私がそう言うと、オーミュンは自信満々といった表情で「良い出来でしょ!」と、そう声を上げてくる。


「良い出来は良い出来なんだろうが……これ、未完成なんじゃないか?

 私はあまり陶器に詳しくないんだが……ほら、あの、釉薬(うわぐすり)だったか? あれを塗りきれていないのではないか?

 これだと水が染み出してしまうぞ?」


 と、そんな私の言葉の通り、そのツボはどういう訳だか、底と注ぎ口には釉薬が塗ってあるが、胴体にだけは塗ってなく……胴体だけがツヤの無いざらっとした質感になっている。


 そんなツボは私から見ると未完成の品でしかないのだが……オーミュンの自信満々の表情を見るにどうやらそうではないようで「うっふっふ」と笑ったオーミュンが説明をし始める。


「ディアスさんの言う通り、これの胴には釉薬を塗ってなくてね……するとどうなるか、これもまたディアスさんの言う通り、中に入れた水が染み出てくるの。

 そして染み出てきた水が表面で蒸発して……中の水がうんと冷えるという仕組みになっているのよ!

 氷を売るとか食べ物を冷やすとか、そんな話を聞いているうちに、こういうのがあっても良いんじゃないかなって思ってね。

 湿気の多いとこだとあんまり効果無かったりするんだけど、この辺りなら結構な効果があるはずよ。

 どう? とっても素敵でしょう?」


 そんな説明を受けて私は……その説明の意味が全く分からず首を傾げる。


 首を傾げて頭を悩ませて……そうしてから何度も何度もオーミュンに問いかけると、オーミュンは笑顔で根気よく何度も何度も何度も丁寧に説明をしてくれる。


 だけれども結局よく分からなくて理解を諦めた私は……とにかくそのツボは、不思議な力で中の水を冷やすツボなのであると無理矢理に納得するのだった。

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