第208話 慶び事


 旅行の準備が整って春の穏やかな日差しの下、特に何もない日々を過ごし……数日後の昼過ぎ、仮設の関所で働いていた犬人族がカマロッツ達の来訪を報せてくれる。


 予定通りの数の馬と白ギーとロバを連れたカマロッツ達は、すぐにでもイルク村にやってくるそうで……その話を聞きつけた犬人族と、三兄弟達が待ちわびたとばかりに駆け出して……村の外れでぴょんぴょんと跳ねたり、背伸びをして周囲を見回したりしながらカマロッツ達の到着をなんとも賑やかな様子で待つ。


 犬人族達は世話出来る白ギーが増えると喜び、自分達の好きに使って良いことになったロバが来ると喜び……三兄弟は自分達が行商に使う馬達が届くと喜び。


 更に私の側に立っているアルナーやセナイ達も馬が増えると喜び、満面の笑みでどんな毛色だろうか、どんな名前にしたら良いだろうかと話し合っていて……そうやって周囲が賑やかになっていく中、マヤ婆さん達も姿を見せて、アルナー達と一緒になって喜び始めて……賑やかさが最高潮に達した所で、青々とした草が風に揺れる草原の向こうにカマロッツ達の馬車が現れる。


 カマロッツが御者で、何人かの護衛が居て……仮設の道をゆったりとこちらに進んでくる。


 仮設の道にはまだ石畳とかはなく、ただ均して踏み固めただけのものなのだが、それでも道らしい姿を保っていて……カマロッツ達の馬車は揺れることなく、いつも以上の速度でこちらに向かってくる。


 そうしてカマロッツ達がイルク村に到着し、馬車が停車すると……犬人族達がわぁっと駆け出して、カマロッツの許可を得てから馬達に水桶を与えたり、馬車の車軸に獣脂を塗るなどの手入れをしたりし始める。


 それらはエリーが先々、隊商を受け入れるようになった時に必要だからと犬人族達に教えていたもので……問題なく手入れを行えているのだろう、カマロッツと護衛達が驚き半分、微笑ましさ半分といった表情でその様子を見やり……そうしてからカマロッツがこちらへとやってくる。


「ディアス様、お久しぶりでございます。

 今回はお約束の馬と山牛とロバと……それと僅かではありますが、慶(よろこ)び事のおすそ分けをお持ちいたしました」


 いつもの一礼をしてからそう言って、いつもよりもうんと嬉しそうに……生気に満ちた表情をしたカマロッツを見て、私は「慶び事?」と言いながら首を傾げる。


「はい、詳細につきましてはエルダン様が直接ディアス様にお伝えしたいとのことで、この場でお伝えすることは出来ないのですが……マーハティ家にとって大変喜ばしい出来事がございまして、この喜びを皆様と分かち合えたらと思い、簡単な品をご用意させていただきました。

 またこのめでたい空気の中でディアス様方をお迎えできることをエルダン様は大変喜んでいまして……ディアス様方がご無事に到着出来るよう、エルダン様の下まで案内するようにとのご命令も受けております。

 そういう訳ですのでご迷惑でなければ出立の日までこちらに滞在させていただきたいのですが……」


 との説明を受けて私は「なるほど」と頷いてから言葉を返す。


「ああ、勿論構わないぞ。

 と、言っても出立の準備の方はもう済んでいるから……そうだな、明日出立という形でも全く問題ないな。

 カマロッツ達がもう少し休みたいというなら二日後でも三日後でも構わないが……?」


「お気遣いありがとうございます。

 ……そういうことでしたら、是非に明日の朝にでも出立できればと思います。

 ひとまず今日は家畜や祝いの品の受け渡しと、厩舎の増築の方を済ませるとしましょう。

 厩舎の建材を積んだ馬車は積み荷の重さもあって少し遅れていますが……ああ、見えてきましたな」


 カマロッツの言葉の途中でもう一台の馬車が道の向こうに見えてきて……その姿を見やりながらカマロッツが指示を出し、護衛達が積荷や、馬車の後ろに繋がれた馬や白ギー、ロバ達の手綱を取ってこちらに持ってこようとする。


 すると犬人族達はもう既に馬や白ギー達を受け取ったような気持ちでいるのだろう、自分達が手綱を持ちたいとのアピールをし始め……微笑んだカマロッツが頷いたのを受けて、護衛から犬人族達へと手綱が渡され、嬉しさからか、ふんふんと鼻息を荒くした犬人族達がまるで自慢しているかのような堂々とした足取りで6頭の馬と、4頭の白ギー、2頭のロバを連れてくる。


「馬に関しましては出来るだけ良い馬を用意させていただきましたが、軍馬としての訓練はしておりませんので、運用には十分お気をつけください。

 山牛は若く健康なのを揃えさせていただきました。

 ロバも若く良いものを揃えました、ロバであれば入手は容易ですので、もし更に必要であればいつでもその旨を伝えていただければ用意をさせていただきます」


 そうして正式に馬達が私達のものとなり……アルナーとセナイ達はそちらへと駆け出して、その体をじっと見やったり、馬達を怖がらせないように挨拶をしたりと、馬達との交流をし始める。


 そうやって賑やかだった一帯が更に賑やかになっていく中……護衛達が馬車の荷台から、大きな樽や木箱をといった荷物を運び出してくる。


 祝い事ということからか樽はワインなどの酒で、木箱は記念品と思われる工芸品で……隣領の名産品である香辛料や紅茶もしっかりとあるようだ。


 そんな中で珍しくというかなんというか、今まであれば必ず目録にあった砂糖の姿がなく……季節的に手に入りにくかったりするのだろうか? と、そんな事を考えていると……護衛達がその両手でもって大事そうに、随分と立派な作りの鉄枠でしっかりと周囲を囲われた宝石や財宝をしまっておくような造りの箱を持ってくる。


 その中には余程の品が入っているのだろう、護衛達は慎重に……緊張した面持ちでもって持ってきて……そしてそれぞれ箱を持った護衛達が私の前に一列に並び……その蓋をゆっくりと開け始める


 すると目録を片手に樽や木箱の数に問題が無いかの確認をしていたカマロッツが、そんな護衛達の様子に気付き「む、それは後でお渡しを……!?」との声を上げて護衛達を制止しようとするが……時既に遅し、護衛達は箱の蓋を開けてしまう。


 箱の中には中のものが傷つくのを防ぐためなのだろう、絹布で包まれたクッションのようなものが敷き詰められていて、その中心に何か……随分と質感の良い何かに色鮮やかな塗料を塗ったという感じの像が収められている。


「あー……なるほどな」


 三つの箱に入っていた三体の像を見ての私の感想は、そんな一言だった。


 一体は女性を模した像だった。

 色鮮やかなローブのような服を身にまとった女性が大きなお腹を撫でて……柔らかな微笑みを浮かべているように見える。


 一体は青年を模した像だった。

 筋骨隆々の褐色に塗られた青年が、赤ん坊を両手で抱えあげているように見える。


 最後の一体は……一体と表現して良いものなのか、何人かの人が抱き合って一つになっている像だった。

 ……まぁ、うん、他の二体を見て察しの悪い私でもそれが何なのかは察する事ができる。

 

 恐らくはエルダンとエルダンの母と妻達と……それとこれから生まれてくるだろう赤ん坊の像なのだろう。


 カマロッツの態度からしても、これらがエルダンが直接私に伝えたかった慶び事を示しているのは明白で……私はその像が壊れないように気をつけながらその箱の一つを受け取って、見なかったことにするかとそっと蓋を閉める。


「も、申し訳ありません、連絡に行き違いがあったようでして……。

 そちらはディアス様達が出立した後にイルク村の皆様に楽しんでいただくために用意した砂糖菓子でして……」


 するとカマロッツが慌ててやってきて、うっかりと蓋を開けてしまった護衛達が呆然とする中そんなことを伝えてくる。


「……砂糖? これは砂糖だったのか?

 私はてっきり工芸品か何かかと……」


 ぱっと見ただけでそれが何であるか分かるくらいに精密で、色鮮やかで……上品な質感で。

 新しい陶器か何かかと思っていたら、まさかの砂糖だったとは……。


「は、はい、そちらは砂糖と木の実を砕いたものを混ぜ合わせて形にし、固めたものでして……塗っている塗料は果物などを絞って作った食べられる塗料となっております。

 砂糖そのままでも商品として十分な価値があるのですが、そのまま売るだけでなく様々な加工法を模索すべきとのエルダン様の指示があって作られた一品となります。

 ……それで、その中身については見なかったことにしていただければと……」


「ま、まぁ、出来る限りそうしたいとは思うが……嘘はその、苦手だからなぁ。

 あまり結果に関しては期待しないでくれるとありがたいな。

 ……出来るだけ黙っていることにして、アルナー達にも言わないことにして、このことを祝う気持ちだけはしっかりと溜め込んでおいて……エルダンから話があったら精一杯に心を込めて祝わせてもらうとするよ」


 カマロッツの言葉に私がそう返すとカマロッツは深刻そうな表情で深く力強く頷いて……そうして私達は砂糖菓子の入った木箱を、皆に見つからないようにとこっそりと運び……倉庫の奥に押し込んでおくのだった。


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