第192話 過日 黄金低地に至るまで その1


 頬のこけた細面、手入れのされてない長白髪の、ボロボロの麻服といった格好の長の話はどうやら込み入った内容になるようだ。


 そう判断した私とジュウハは、クラウスに皆のことを頼んで、長の家へと移動することにした。

 

 木造りの長の家とは思えないような質素な家……というか小屋に入り、長が座るようにすすめてきたボロボロの椅子は長に譲り、私達は小屋の入り口や窓の近くに立って、外の様子を気にかけながら長の話に耳を傾ける。


「私達の祖先は元々、帝国の民ではありませんでした。

 国も何も無い、この地で畑を耕して日々を過ごしているだけの存在で……。

 ですがそんな日々も長くは続かず、領土を拡大し続ける帝国に飲み込まれることになり……帝国領土に暮らす帝国臣民としての最下層に位置することになりました。

 帝国の支配下ではその一族が、あるいはその集落がどれだけ帝国に尽くしたかで扱いが変わります。

 ですがこの土地では麦を育てるのがせいぜいで……今でも私達は最下層のままです。

 それでもこれまでは麦の一部を税として納めさえすれば生きていくことは出来たのですが、ここ最近は戦況の悪化もあって帝国から要求される量は増すばかり……。

 それどころかついには畑の麦が収穫できたらその全てを明け渡せと、先月にそんなことを言われてしまいまして……」


 その言葉を受けて私がなんとも言えず、渋い顔をしていると長は慌てたように顔を左右に振ってから、言葉を続けてくる。


「い、いえいえ、貴方達のせいだなどとは露ほども思っていません。

 貴方達もまた帝国に飲み込まれかけた側の立場だと聞き及んでいますし……帝国に逆らい、その上勝利をおさめている様はなんとも羨ましく、ただただ尊敬するばかりです。

 ……全ては帝国のせいで……その帝国に私達は今滅ぼされようとしています。

 な、ならば……どうせ滅ぶならば、貴方達について、帝国の支配から脱するという道を選びたいと、そう思いまして……。

 助けて頂いたとしてもお返しできるものは何も有りませんし、ただただすがることしか出来ませんが、どうか私達を帝国の魔の手からお守りください……」


 長の声は震えていて、それでいて確かな力が込められていて、どうやら嘘は言ってないようだと判断した私が言葉を返そうとすると、それよりも早く大げさな仕草で顎を撫でたジュウハが長に言葉を返す。


「話は分かった……が!

 そういう話であれば対価はしっかりともらう必要があるだろうな!

 そう対価……貴方が持つありったけの情報を対価として渡してもらうとしようか。

 まず、この辺りの状況について……この集落は複数の砦に囲われているようだが、あれらは一体どういった意図の砦なんだ? 砦内のことやそこにいる戦力のことなど、出来るだけ詳しい話を聞きたいねぇ?」


 その言葉を受けて長は驚愕の表情を浮かべる。


 宴を開いて出来る限りの歓迎をして……それで精一杯、後は本当に私達にすがるしか無かったのだろう。

 この家の様子を見ればそれは明白で……恐らくは自棄交じり、駄目で元々の行動だったのだろう。


 そしてそんな有様を、まさかこんなにもすんなりと受け入れられるとは思ってもいなかったと、その表情で語った長は……その瞳にいくらかの生気を取り戻し、声を弾ませながら言葉を返してくる。

 

「は、はい、私の知る範囲で良ければ……全てお話します。

 周囲の砦は私達を見張り、逃散するのを防ぐために作られたと聞いています。

 まず東の、麦畑の向こうの荒れ地の向こうに大きな砦が一つ……これはモンスターの襲撃などにも備えているものだそうで、砦というよりも城塞で、普段は数千の兵が居るそうです。

 ……普段はそれだけの数がいるそうなのですが、今は東の東、かなりの遠方の地で起きた反乱に対処しているとかで、そのほとんどが不在と聞いています。

 主力の重装騎兵も全て出ている……との噂です、実際にこの目で見て確かめた訳ではありません、私達は近づくだけで殺されてしまいますから……。

 そしてこの集落を見張るための小さな砦が北と南に二つずつ……これらは砦というよりも陣地という感じで、数十人から100人前後の兵がいると聞いています。

 更に西にもいくつか砦があったのですが、それらについては誰あろう貴方達がここに来るまでに落としたと聞いています」


 との長の言葉を受けてジュウハは、長の家の中にあった小さなテーブルの方へと足を進めて……懐の中から羊皮紙を取り出し、そこに書いてあった文字や絵をナイフで削り取り……炭片でもってこの辺りの地図を描き始める。


 描く途中で長にあれこれと、この集落で暮らす人々の数や、どれだけの備蓄があるか、この集落にはどんな施設があるのか、各砦の位置や周囲の地形、ここら一帯の天候などについての質問をし……それらの情報もしっかりとその地図に書き込んでいく。


 そうして地図をある程度まで書き上げたジュウハは……今度は懐の中から財布を取り出し、銅貨や銀貨を地図の上に並べながら、私に言う訳でもなく長に言う訳でもなく、大声での独り言を口にし始める。


「これだけの砦があって……それだけの兵力がいて、何故やつらはオレ達を放置しているんだ?

 すぐにでも討伐したら良いだろうになぁ……。

 噂が本当で主力が遠方に出ているから、主力の帰還を待っている……のか?

 しかしそんなことをしているうちに畑の麦が収穫可能になったらどうするんだ? オレ達が全部収穫した挙げ句、民と共にどっかに逃げるとは考えねぇのか?

 ディアスならそんなことをしねぇだろうと読んでいるのか? そう読んだ上でここの連中を抱え込ませて、弱点にしようと考えたか?

 畑を焼くこともねぇだろう、略奪をすることもねぇだろう、だというのに集落の民を守ろうとするだろうから、集落ごと重装騎兵で押しつぶせば勝てる……と?

 数千……数千の兵、うち何割が騎兵だ? 歩兵の強さを1とするなら騎兵は10だ、500でも厄介極まりねぇが……遠方の反乱のために呼び出される主力……か。

 数千まるごと騎兵ということもありえるか?

 数千……数千、1000か2000か……5000ってことはねぇだろうが、多く見て4000の重装騎兵?

 いやいや、そんなもんがいるなら王国との戦いに出せよ……いや、出したのか。

 出して数が減って、数が減ったからそれを隙と見て反乱が起きた。

 ……そうなると1000か、そうだな1000の重装騎兵がいて、今は遠方で……残った城塞の歩兵は500もいねぇのかもしれねぇな。

 500でも城塞に籠もられたら迂闊に手出しはできねぇからな……そうだな、そのくらいだろうな。

 そして他の砦はここまでの道中で見たのと同じ規模……なら多くて50ってとこか」


 そんなことを言って、地図の上にいくつもの銅貨銀貨を並べて……並べ終えたと思ったらそれらを一つずつ摘みとっていって……財布の中へと戻していく。


 まずは南の銅貨、それから北の銅貨、東の銀貨には手を触れず……しばし黙考。


 黙考しながら顎を撫で、何度も撫でて……大げさな仕草でこちらに振り返り、その長い髪をばさりと優雅に振るったジュウハが私に言葉を投げかけてくる。


「ディアス。

 策が出来た、出来はしたが何処かから漏れると終わりだからお前にも話してやらん。

 問題はあるか?」


「いや、無い。

 この集落と麦畑を守れて、相手に勝てるならそれで構わない」


 ジュウハの言葉に私がそう即答すると、ジュウハはニヤリと笑い……長は顎が外れんばかりの大口を開けて唖然とする。


「良し良し、それで良い、お前はそうじゃねぇとな。

 じゃぁお前は敵の主力が戻ってくるまで南二つの砦と、北二つの砦を落としてきてくれ。

 800人とクラウスを預けるから各個撃破していけば楽な仕事だろう。

 で、敵兵はなるべく殺さず、東の城塞に逃がしてやれ、オレ達は歩兵ばっかりで騎兵は0で……騎兵との戦いは苦手で、騎兵とは戦わずに逃げてここまでやってきたと、そんな噂話をそれとなく聞かせてやった上で、な。

 可能なら士気と練度が低いように見える演技をした状態で砦を落としてくれると良いんだが……ま、お前にそこまでの期待をするのは間違ってるか」


 実際の所としては騎兵とは何度かやりあっているし、味方にも数える程だが騎兵がいるし……荷を運ぶ為の馬が結構な数いたりするのだが、私は何も言わず素直に頷く。


「砦を落としたら中にある武器や食料……ま、大した量はねぇだろうが、それら全てをこの集落に集めとけ。

 残りの連中を狩りなんかの食料調達にあてるつもりだが……多いに越したことはねぇからな。

 砦そのものもバラして資材にした上で集落に集めてくれ……間違っても壊すんじゃねぇぞ、再利用できるように丁寧にバラすんだぞ?

 ……その間オレ様は何人かと一緒に策のために動く、しばらくは帰ってこねぇし、連絡も断つが問題あるか?」


「無い、好きにしてくれ。

 ちなみにだが、敵の主力が戻ってくるまでに砦を落とせという話だったが……それは具体的にいつ頃になりそうなんだ?」


「さてな。

 ただ、敵さんはここの麦を手に入れるつもりのようだから、それまでには帰ってくるんじゃねぇかな?

 歩兵だけじゃぁ迅速な収奪は出来ねぇからな、ちんたら歩兵が迫っているとなって、自棄になったここの連中に麦畑を焼かれました、なんてのは避けたいはずだ」


 そう言ってジュウハは地図の上の銀貨をしまい……地図も丁寧に折りたたんで懐の中にしっかりと押し込む。


 そうして私とジュウハは椅子に座ったまま動きもせず、言葉も口にしない長に軽く挨拶をしてから……早速行動開始だと、宴を楽しんでいる皆の下へと駆けていくのだった。

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