第191話 吹雪の中のお話


 エリーにまた頑張ってもらって、隣領からいくらかの酒を仕入れてもらって……そうして酒を手に入れたナルバント達は、工房の魔石炉からもくもくと煙を上げながら鎧作りに励んでくれている。


 どうやら手間取っていた部分に関しては片がついたようで、山場を乗り越えた反動というかなんというか、そこからの作業は順調過ぎる程順調に進んでいるらしく、最近はちょこちょこと広場に顔を出しては、やれ私の腰回りだの脚の長さだの測りに来たり、私だけでなくアルナーやセナイとアイハンにも様々な意見を聞いたりしているようだ。


 春までにはなんとか終わらせる、そんな言葉を口癖のように繰り返しながら毎日毎日、一生懸命に働いてくれて……クラウス達やヒューバート達もそんなナルバント達に負けていられないと頑張ってくれている。


 まだまだ冬の中、厳しい寒さの中だというのに、メーア布の冬服さえあれば寒さなんて気にならないとばかりに村の皆もまた元気に……マヤ婆さん達までが元気に働いてくれていて、なんだかこのまま忙しくしているうちに春がやってきてしまいそうだなと、そんなことを考えていた……のだが、やっぱり冬は冬であり、厳しいものであり……ある日に北の空で雷鳴が轟いたかと思ったら、次の日には水が一瞬で凍りつくような冷たい風が北から吹いてきて……そうしてイルク村は凄まじい吹雪に包み込まれてしまった。


 流石にこの吹雪では外を出歩けないと、誰もがユルトの中に籠もって一日を過ごすようになり……外に出るのは最低限に留めて、ユルトの中で出来ることをするようになり、一日二日と時が過ぎていって……そうして三日目の昼過ぎ。


 編み物や刺繍をしたり、薬草の使い方を習っていたりして時を過ごしていたセナイとアイハンが……ゴロンとユルトの床に寝転がって、そのままゴロゴロと転げ回り始める。


「もー……飽きた! 暇! 外で遊びたい!」

「もー……ふぶき、きらい!!」


 転げながらそんな声を上げたセナイとアイハンは、アルナーの下へ行ってはアルナーに甘えて、六つ子の相手をしているフランソワの下へと行ってはフランソワに甘えて……そうしてから私の下へと転がってくる。


「まぁ……気持ちは分かるけどな。

 私も暇で暇で仕方ないし、外に出て働きたい気持ちはあるんだが……この吹雪では流石にな。

 ……いつまでも冬が続く訳ではないし、吹雪もそう遠くないうちに収まるだろうから、それまでは我慢我慢、ユルトの中でゆっくり過ごすとしよう」


 転がってきたセナイとアイハンの頭をそっと両手で受け止めて、優しく撫でながらそう言ってやるとセナイとアイハンは同時に『んーーーー!』と声を上げながら手足をばたつかせて不満を表現してから……何か思いついたことでもあったのが、ガバッと起き上がり、ちょこんと私の前に座り、その目を何故か輝かせながら声を上げてくる。


「ディアス! お話して!」

「おはなしー! なんでもいいからー!」


 強い雨の日や風が強い日なんかは夜でも騒がしくなってしまい、セナイとアイハンはその音に驚き怖がって……眠れなくなってしまう時がある。

 そんな時にはおとぎ話なんかを話してやって、2人が眠れるまで付き合ってあげているのだが……どうやらセナイ達は吹雪もまた似たようなものだと、『お話』を聞ける良いチャンスだと、そんな風に考えてしまっているようだ。


 ……まぁ、話をするくらいなら何でもないし、それで2人の暇が紛れるならそれも良いかと頷き……少しの間悩んだ私は、私が一番好むお話の題名を口にする。


「……そうだな、今日は『竜殺しの英雄譚』のお話はどうだ? 面白いぞ?」


 するとセナイとアイハンは途端に渋い表情となって……頬をぷくりと膨らませ、ぶんぶんとその顔を左右に振る。


「……だ、駄目か? 面白いお話なんだがなぁ」


 その反応を受けて私がそう言うと……セナイとアイハンは頬に溜め込んだ空気をぷしゅうと吐き出して、しょうがないなぁと言わんばかりの表情で言葉を返してくる。


「倒したもん、ドラゴン!」

「わたしたちも、たおしたもーん、そんなのぜんぜんすごくない!」


 その言葉を受けて私はハッとなる。

 イルク村の皆と鬼人族の皆と力を合わせて戦ったフレイムドラゴン。

 その時にはセナイとアイハンも力を貸してくれていて、ドラゴンの翼に大きなダメージを与えるという結構な活躍をしてくれている。


 セナイとアイハンにとってドラゴン退治は、おとぎ話ではなくつい最近経験したばかりの日常の一幕であり……わざわざお話として聞くような内容では無いのだろう。


 しかしそうなると一気に話題は減ってしまって、ドラゴン退治以外に何か良い話題は……これまで話してきたお話以外に何か良い話題は無いかと私が頭を悩ませていると、私達のやり取りを静かに見守っていたエイマから声が上がる。


「それならディアスさん、黄金低地のお話をしてくださいよ、黄金低地!

 ディアスさんが参加した戦争の逸話の中で一番の逸話だとかなんとか、ヒューバートさんがそんなことを言ってたんですよ!

 中々機会が無くてヒューバートさんからその詳細を聞けていなかったんですけど、本人から聞けるならそれが何よりですからねー。

 どうですか? 英雄ディアスの冒険譚、黄金低地のお話! っていうのは!」


 その声を受けてアルナーは興味を抱いたのか「ほぉ、そんな話があるのか」と呟き、フランシスとフランスワと六つ子達と……エイマは勿論のこと、セナイとアイハンもまた期待感でその目を輝かせて、こちらをじーっと見つめてくる。


 ……黄金低地、黄金低地?

 ……はて、一体何のことなのだろうか?


 私が記憶している限り、あの戦争で低地が絡む話というとあの低地での話、一つしかなく、恐らくはそのことなのだと思うが……『黄金低地』という言葉には全く聞き覚えがなく、思わず首を傾げてしまう。


 するとセナイ達は途端に残念そうな、期待を裏切られたというような悲しそうな表情をし始めてしまい……私は慌てて首を左右に振って、居住まいを正して2人に向き合う。


「……よし、分かった、黄金かどうかは分からないが、低地に関する話なら一つだけ思い当たることがあるから、そのことを話してやろう。

 ……ただ、戦争の話だからそんなに面白くないというか、暇な話になってしまうかもしれないが、それでも構わないか?」


 セナイとアイハンの目をじっと見つめながらそう言うと、2人は力強く頷き、いつのまにか側にやってきたエイマと、六つ子達までがこくこくと激しく頷く。


 それを受けて……アルナーまでが期待に満ちた視線を向けてきていることに気付いた私は、こほんと咳払いをしてからその話をし始める。


 何年前のことだったか、正直はっきりとは覚えてないが、その時にはクラウスとジュウハという名の自称王国一の兵学者が側にいて、私と一緒に行動してくれる志願兵達も1000人を超えて1200人程になっていた。


 そんな皆と一緒に東へ東へと進んで、敵国の領土のかなり深い所まで進んだ所がその低地で……周囲をいくつもの砦に囲われたその低地には、広い麦畑と小さな街……というか集落があって。


 私達がその集落に到着すると、集落の長は、私達に対し抵抗する素振りを一切見せず、それどころか来てくれて本当にありがたいと歓迎の宴まで開いてくれた。


 そして集落の長はその宴の中で私達に対し……、


『どうか、どうか私達を帝国兵の略奪から守ってください』


 と、そんな言葉を振り絞るかのような声で、投げかけてきたのだった。

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