第173話 麻袋の中身は


「……で、その麻袋に入っていたのが、この石という訳か……」


 広場にて鷹狩りと言うか、鷹人狩りというか……とにかく狩りから帰ってきたセナイとアイハンから渡されたそれを二本の指で摘み、じっと見つめながらそんな言葉を漏らす。


 ぱっと見と手触りはそこらにあるような石のそれなのだが、金属を含んでいるのか何なのか、太陽にかざすと金を赤く染めたらこんな光を放つのではないかという、そんな光が石全体から漏れ出てくる。


 明らかに普通ではなく、なんらかの力を持っていそうな石……なのだが、例のメーアモドキからの詳しい説明は一切無かったようで、この石が何であるのか、どんな力を持っているのかはさっぱりと分からない。


 そんな石が3つ、麻袋に入っていた訳で……一体これで何をしろと言うのだろうか?


 これらもサンジーバニーと同様、使い方を間違えると消えてしまうだとか、そんなルールがありそうで迂闊に使うことも出来ず、売ることも出来ず……なんとも困り果ててしまう。


 サンジーバニーが本物であった以上……あれ程の効果を発揮してくれた以上、この石にもなんらかの力がありそうなのだがなぁ……と、太陽にかざした石のことをじっと見つめていると、私の直ぐ側で……広場の畑の直ぐ側でエイマの指導の下、毛皮の鞣し作業の準備を進めていたセナイとアイハンが、声をかけてくる。


「それ、宝石じゃないよ」

「なんかへんなかんじだけど、ほうせきじゃない」


 その言葉を受けて、私は魔力のある無しが宝石かどうかの基準だったなと思い出し頷いて……改めて光を放つ石を見つめる。


 するとこれは葉肥石とかあの辺りの石の仲間で、砕いて畑にでも撒けば何らかの効果があるのだろうか?


 とはいえ効果のわからないものを畑に撒くのはどうにも気が引けるし……かといってこのままただ見つめていても何も進展しないし……試しに一つだけ砕いてみるかと、そんなことを考えていると、ドスドスと重い足音を響かせながらナルバントがこちらへと駆けてくる。


「おお、おおおお、それが例の石か!

 よしよし、この儂に見せてみろ! もしかしたらそれが何であるか見極められるかもしれん!」


 と、そんな声を上げながら私のすぐ側まで駆けてきて、ぐいとその手を差し出してくるナルバントに、私は「頼む」と声をかけてその石を手渡す。


 すると、そんなナルバントを追いかけるようにゾルグと、サーヒィがやってきて……ナルバントを呼んで来てくれたらしい二人は、方や息を切らしながら方やバッサバッサと羽ばたきながら石を見つめるナルバントのことをじぃっと見つめる。


 一体この石が何なのか、その正体を知りたい。


 そんな好奇心に満ちた視線を浴びながら石のことを調べたナルバントは……ゾルグのことを半目で見やり言葉をかける。


「坊主、お前にとってこれは何だ? ただの石か? それとも宝石か?」


「は、はぁ? 俺に聞くのかよ。

 ……んー……まぁ、何度見ても宝石には見えないな。ただ普通の石かと言われるとそれも違うような気がするんだよな……。

 いや、色を見れば当然だろって話になるんだが……なんかこう、漂ってくる気配が違うんだよな」


 突然の質問にゾルグがそう返すと「ふぅーむ」と唸ったナルバントは髭を揺らしながらその石のことをじぃっと見つめる。


「セナイ達にも坊主にも分からんということは、やはりこれは儂らの領分か……。

 ……んんん、しかし一体全体何なんじゃこの石は、こんな小さな石ころで何をしろと言うんじゃ……全く分からんぞ!」


「お、おいおい……なんだよ、アンタにも分からないのかよ」


 ナルバントの呟きにゾルグが思わずそう返し、やれやれと呆れたサーヒィが、セナイ達の側に突き立てられた止り木杖の方へと飛んでいって……そうしてナルバントの唸り声がうんうん、うんうんと周囲に響き渡って……答えが出ないまま時間が流れていく。


 麻袋から全ての石を取り出して、それらを手の平に乗せて、じぃっと睨みに睨んで……と、そこにいつの間に仲良くなったのか野生のメーア達を引き連れた冬服姿のベン伯父さんがやってくる。


「砕いて溶かして鉄に混ぜてみると良い」


 やってくるなり私達に向けてそんな言葉を投げかけてくるベン伯父さん。


 いきなり何を……と、私が戸惑っているとその目をカッと見開いたナルバントが言葉を返す。


「鉄に? それは一体何を根拠にしとるんじゃ?」


「かつて目にした聖典にそのようなことが書いてありましてな……。

 まぁ、悪い結果にはならんでしょう」


 ぎょろりと見やるナルバントの目に、なんとも涼しげな視線を返しながらそう言うベン伯父さん。

 

 聖典……聖典か。

 王都の神殿で長く働いていたベン伯父さんならそういった書物に目を通す機会もあったのだろうが……一体全体何だって神殿の聖典にこの変な石のことが? と、私が首を傾げる中、こくりと頷いて……何度も何度も頷いたナルバントが、


「……ベン殿がそう言うのであれば試してみるとするかのう。

 鉄に混ぜる……鉄に……か。

 ならディアス坊の鎧に混ぜてみるとしようかのう」


 と、そんなことを口にし……3つの石を手にしたまま、工房の方へと歩き去っていく。


 こと鍛冶のことにおいては頑固というかなんというか、我が強いナルバントがすんなりと意見を聞くとは……一体いつの間にベン伯父さんはナルバントとそこまで仲良くなったのだろうか?


「……ま、年を重ねた者同士、通じ合うものがあるってこった。

 んなことよりもディアス、このメーア達のことで話があるんだが、今良いか?」


 私の内心を読んだらしい伯父さんの言葉を受けて私は、一旦咳払いをし……以前言われたことを意識しながら言葉を返す。


「か、構わないが……どうかし……たか?」


 子供の頃、私を厳しく教育してくれたベン伯父さんに甥っ子としてではなく、領主として接しろ。

 そう言われた所で頭の奥底に刻み込まれた記憶は中々払拭出来ないというか、そう簡単には出来ないことで……私はついつい言葉に詰まってしまう。


「……まぁ、努力は認めてやろう。

 で、このメーア達なんだがな……イルク村の住民になりたいんだとよ。

 野生としての誇りも未練もあるが、あのフレイムドラゴンのような連中が何度も来る中、いつまでも意地を張っていても家族を危険に晒すだけ。

 ……フレイムドラゴンを一切の犠牲無く倒してみせたお前の下につくそうだ。

 イルク村に来ていた野生のメーア全員がそう言ってくれていてな……群れの長についても軽く話し合った結果、問題なく任せられるだろうってことでフランシスに任せるそうだ。

 ……そういう訳でまぁ、余裕が出来たらこいつらのユルトも建ててやってくれ。

 今の住処や小屋なんかよりも、フランシス達やエゼルバルド達のようにユルトで暮らしたいそうだ」


「分かっ……たよ。

 ユルトも暇を見つけて建てておく。

 代わりに話を聞いてくれたようで……あ、ありがとう」


 尚も言葉に詰まりながらそう返した私は……ベン伯父さんの後ろに控えているメーア達の方へと足を向けて……膝を地面に突き、手を差し出しながら言葉をかける。


「イルク村の仲間になってくれるそうだな、ありがとう。

 これからはお客さんではなく仲間として接して、出来る限りその希望に応えていくつもりだから、何かあれば遠慮なく言って欲しい。

 よろしくな」


 と、そんな私の言葉に対しメーア達は……それぞれ個性的な表情を浮かべながら「メァーメァー」と声を返してくる。


 そしてその先頭に立っていた一人がその前足を上げて、くいと曲げて……その膝を差し出した私の手に当ててくる。


「メァー……メァメァ、メァー、メァ」


 未だに何を言っているのかは分からないが、態度からして何か友好的な言葉をかけてくれたのだろうと受け止めた私が笑顔を返していると……背後から伯父さんが声をかけてくる。


「……服が汚れるだけだから、そんな真似をするなだとよ。

 握手に関しても、その気持ちは嬉しいが汚れている蹄では応じられないとさ。

 ……ま、冬場はどうしてもぬかるんじまうからな、程々にしとけ」


 人の往来が激しい広場の雪は、皆に踏まれて蹴られてすっかりと溶けていて……剥き出しとなった土肌は、伯父さんの言う通りぬかるんでしまっていて……私は無言ですっくと立ち上がる。


 そうして膝の汚れが染みになる前に拭った方が良さそうだと判断した私は……汚れ落としの為の道具が揃っているだろう、竈場へと足を向けるのだった。

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