第155話 寒空の下へ


 雪が降り積もり、ユルトの中で過ごすことが多くなったとはいえ、外での仕事が完全になくなったという訳ではない。


 炊事に洗濯、掃除で外に出ることもあるし、メーア達の世話や白ギーやガチョウ、馬達の世話もある。


 見回りなんかも欠かす訳にはいかないし……服やユルト用の布、メーア布などを雪の上に敷く、雪晒しという冬だけの仕事もある。


 よく晴れた日に雪の上に布を敷いておくと、雪の白さがそうさせるのか、布に染み付いた汚れが抜けるのだそうで……冬の間に村中の布という布をそうやって綺麗にするんだそうだ。


 とは言え、雪が降ったり雲が多くなったりしたならそういった仕事は出来なくなるし……風が一際強いとか、厳しい寒気がやってくるとか、今みたいな天気の時には寒さにやられて病気になってしまわないよう、ユルトの中でじっとしている必要がある。


 そういった日にアルナー達が何をしているかというと、編み物をしたり針仕事をしたり、薬草の扱い方や病気の対処法を勉強したりと様々だ。


 ぼーっとしている暇などないとばかりに懸命に働いていて、勉強していて……そんな中で私は、ここ何日かをぼーっと、無為に時間を過ごしていた。


 というのもアルナーに、ユルトの中で何か出来る仕事がないかと聞いた所……、


『ディアスは冬まで十分に働いたのだから、ユルトの中で堂々と、好きなようにしていれば良い。

 晴れた日には狩りに行き、そうでない日はゆっくりと英気を養う、それが冬の在り方というものだ。

 もう少し器用なら頼めることもあったのだが……まぁ、どうしても暇なら斧でも磨いていたら良いんじゃないか?』


 と、そんなことを言われてしまったのだ。


 男気の無い家主、つまり十分な冬備えが出来なかった家主は寒かろうが雪が降っていようが、家族を食べさせるために狩りに行く必要があるが……私は今の所そういった必要も無く、不器用なのも相まってこれといってやるべきことが無い。


 私と似たような状況にある他の家主達……つまり鬼人族の男衆達はどうしているのかとアルナーに聞いてみると、


『酒を飲んで過ごしたり、弓作り矢作りをして過ごしたり、矢筒や鞘に彫刻を施したりと様々だな。

 何もせずぼーっとしている者もいるし……まぁ、それぞれ好き勝手にしているな』


 とのことで……ならば私もそうしてみるかと今日までの数日間を過ごして来たのだが……駄目だった。

 

 どうにも馴染めなかった。

 

 ろくに働いてもいないのに食事をしていると、喉を通らないやら味がしないやら……気分が悪くなってしまうのだ。


 性に合わないどころの話ではない、こんな暮らし方を続けていたら、それこそ病気になってしまいそうだ。


 そういう訳で寒かろうが天候が悪かろうが外に出て働くぞと、畑仕事が無いから狩りに行くぞと、アルナーにそう声をかけようとすると、編み物をしていたアルナーは、私が何かを言う前に「ふぅ」と小さくため息を吐き出し、小さな革袋を私の方へと投げてくる。


「わざわざ口に出さなくても何を考えているかは大体分かっている。

 普通であれば馬鹿なことを言うなと、冬の病を甘く見るなと叱りつけるところだが……ディアスにはじっとしている方が余程に毒のようだ。

 ……その革袋には身体を温める薬草と、エルダンから貰った香辛料が入っている。

 それを一匙分食べて身体を温めて、メーア布の肌着と冬服をしっかりと着込んで……村から離れすぎないのであれば、まぁ良いんじゃないか?

 ただし一人で行くのは無しだ、寒さに強いマスティ氏族の誰かを連れていって、冬の狩りのルールもしっかりと守るんだぞ」


 革袋を受け取った私にアルナーがそう言ってくれて……私はわざわざ用意してくれていたらしい革袋をしっかりと握りながら「ありがとう」と一言を口にし、しっかりと頷く。


「……ところで、冬の狩りのルールとは一体どんなものなんだ?

 詳しく教えてくれ」


 頷いてから私がそう言うと、アルナーは編み物を再開しながら声を返してくる。


「まずメスを狩ってはいけない。

 これは冬備えの時と一緒だな、獲物の種類にもよるが冬は繁殖期であり子育ての季節でもある、無闇に数を減らすような真似は厳禁だ。

 次も似たようなルールで、群れのオスは狩ってはいけない。

 いくらオスであっても群れを守っているオスを狩ってしまっては元も子もない、群れから孤立したオスであれば狩っても良い。

 それと数を狩りすぎるのも厳禁だ。一日一頭か二頭が限度だな。

 凍らせておけば保存出来るとはいえ長時間放置しておくと味が落ちるし、寒空の中で何頭も解体するのは骨が折れる。数を狩るのは晴れている日にしてくれ。

 ちなみにモンスターに関してのルールは一切無い、見つけ次第狩ってくれて良い」


 その説明に私は「なるほど、なるほど」と頷きながら立ち上がり、肩を回し腰を回し、冷えて硬くなった身体をほぐしていく。


 十分に解したら着替えを済ませて……アルナーが用意してくれた革袋の口を開き、その中身を……大体このくらいが一匙分くらいだろうという量を指で摘みとって口の中へと放り込む。


「か、辛いっ?!」


「……香辛料なのだから、辛いのは当然だろう」


 半目のアルナーにそんなことを言われながら、セナイ達とフランシス達に笑われながらなんとかそれを飲み下し……早く温まってくれと、再度身体を解していく。


 そうやって身体を汗ばむくらいに温めたなら、戦斧を担ぎ、アルナーの「日が暮れる前に帰ってこい」との言葉に背を押されながらユルトの外へ出る。


 厚い雲の下に吹く強く冷たい風という吹雪一歩手前の天候。

 どのユルトも入り口を締め切っていて、誰の気配も無い……と思っていたのだが、私の気配を感じ取ったらしいマスティ氏族長のマーフが、ぼふぼふと雪をかき分けながらこちらへと駆けてくる。


 マスティ氏族は元々寒い地域で暮らしていたのだそうで、そのふさふさの冬毛のおかげで冬服がなくても冬の寒さに打ち勝つことが出来る上に、エリーの冬服があるおかげで雪の中でも何の支障も無く過ごすことが出来ている。


 そういう訳で冬の間の見回りはマスティ氏族が中心となって行ってくれていて……ちょうど今も見回りをしているところだったようだ。


「ディアス様、どうかし……ましたか?

 ご用があればなんでも言って……ください」


 そう言ってくるマーフに「ちょっと狩りに行こうかと思ってな」と言葉を返すと、マーフは冬服の中でぶんぶんと尻尾を振り回し、マントのような形になっている冬服をばふばふと暴れさせる。


「ご一緒します!!」


 尻尾を振り回しながらそう言ってくるマーフに、私は「頼む」とそう返して……さて、何処に行ったものかなと、雪景色の周囲をぐるりと見回すのだった。

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