第150話 魔石炉
朝食後。
厩舎の側を通り、村の南にある畑を通り過ぎると、以前は無かったそれらが姿を見せる。
大きめのユルトを中心に、石造りやレンガ造りの竈やら何やらが雑然と並んでいて……ナルバント達はそれらが並ぶこの一帯のことを『工房』と呼んでいる。
工房に並ぶ竈の材料は主に南の荒野で手に入れたものなのだそうで……荷車を引いて荒野へと向かい、落ちている石を拾ったり、ちょっとした小山を掘り返したりして材料を調達したんだそうだ。
石はそのまま積むなり、削って形を整えてから積むなりして、小山を掘り返して手に入れた土は、色々なものを混ぜてから焼くことでレンガにして……。
そうやって作った竈で更に多くのレンガを焼いて……と、ナルバント達は日夜、仮設工房を少しでも良い形にしようと懸命に励んでいる。
工房が理想通りに完成したなら、壊れてしまった私の鎧を直すどころか、新しいものを量産することも容易なんだそうで……鎧を作れる程なのだから、日用品やら何やらそういった物も作ることが出来るのだろう。
村の中で色々な物が作れるようになれば、一気に生活が楽になるのは間違いないことで、工房を作ること、それ自体には反対しないのだが……その為に冬超え用の薪を使い切っては元も子もない。
兎にも角にもナルバント達と話をしなければと工房の中へと足を進めていくと……なんともおかしな作りの竈の前で、あれこれと話し合っているナルバント達の姿が視界に入り込む。
地面を盛り上げて斜めにして、そこに横たわった壺のような胴長の竈を作り、傾斜の先……一番高くなっている部分に背の高い煙突を作って、胴体の部分にいくつかの窓を作って。
あまり見ないというか、初めて見る形の竈に目を奪われていると……私の来訪に気付いたナルバントが、笑みを浮かべながら弾んだ声をかけてくる。
「どうだ、坊! 立派な魔石炉だろう!」
「魔石炉?」
と、私が初めて聞いた単語を口にすると、ナルバントはやれやれと言わんばかりのため息を吐き出して、目の前のそれについての説明をし始める。
「そうじゃ、魔石炉じゃ。
坊もモンスターを狩ったことがあるなら知っておるじゃろう、モンスターの体内にある瘴気の塊……魔石のことを。
……瘴気がモンスターを生み出し、モンスターが魔石を生み出す。
どちらが先にこの世界に生まれ出たのかは知らんが、とにかくモンスター達は自らが生み出した魔石を使って、自らの版図を……瘴気に汚染された地域を増やすことを何よりの目標としておる。
モンスターを生み出し、モンスターの活力源にもなる瘴気は、そのまま放っておくと厄介なものなんじゃが、専用の炉で燃やしてやると良い燃料になってくれてのう……更に燃やすことで浄化も出来て一石二鳥という訳じゃのう。
ここらは厄介なモンスターがよく出ると聞いての、急ぎで拵えてやったからのう、ドラゴン級の魔石があれば、春まで火が絶えることはないじゃろう。
……という訳で坊、お主が狩ったというドラゴンの魔石をさっさと寄越すと良い」
そう言ってその手をずいと差し出してくるナルバントに……私は頭を掻きながら言葉を返す。
「……あー、ナルバント。
その、言いにくいんだが……魔石にそういった使い方があるとは全く知らなくてな、全て手放してしまったんだ」
「……は?
す、全てじゃと!? 一つも手元に残しておらんのか!? ど、ドラゴン級の魔石じゃぞ!?
……た、確かに使い方を知らなければ魔石もただの石……いや、瘴気をまとう厄介な石でしかないが、まさかそれを全て手放すとは……。
……ぐぬうう、であれば仕方ない。まったくもって不本意じゃが致し方ない、適当な魔石で代用するとしようかのう。
確か以前大蜥蜴の大群とやりあったとか言っておったな? その魔石で我慢するから、ほれ、寄越すが良い」
「いや、その魔石も含めて全て手放してしまったんだ、ドラゴンだけでなく、大蜥蜴の分も全部。
丁度ナルバント達がやってきた時にいた、あのフロッグマンの行商に、回収作業を手伝ってくれたゾルグが―――」
と、私の言葉の途中で、ナルバントは頭を抱えて大きなため息を吐き出す。
側で話を聞いていたオーミュンとサナトも似たような仕草を見せていて……一家揃って大きなため息を吐き出し、どうしたものだろうかと頭を悩ませ……三人であれこれと言葉を交わし、相談し始める。
その相談の内容を要約するとこういうことらしい。
ナルバント達が薪を大量に使っていたのは、この魔石炉を作る為だった。
魔石炉さえ作ってしまえば、それ以降は薪に頼る必要はなく、魔石で工房の燃料全てをまかなえるはずだった。
一時的に薪の消費量が増えてしまうが、以降は消費しなくなるし、それ以上の利益をイルク村に、村の皆にもたらしてくれるはず……だった。
だがしかし、肝心要の魔石がなければその前提はもろくも崩れてしまい……これではただただ薪と労力を無駄に消費してしまったということになってしまう。
そんなことは絶対に、職人として受け入れることが出来ないと鼻息を荒くしたナルバントは、ユルトの方へとどすどすと駆けていって……ユルトの中から無骨な、使い古した大きな斧を持ち出してくる。
「こうなれば仕方ないのう!
モンスターを狩って魔石を調達するしかないのう!!
ドラゴン級までは無理としても、この炉をまかなえるような、それ相応の大きさか、数を狩ってやるしかないのう!!」
肩を怒らせ、どすどすと地面を踏み鳴らしながらそう言ったナルバントに、そういうことなら私も手伝おうと、そう声をかけようとすると、それよりも先に私のことを鋭い目で見やったナルバントが声をかけてくる。
「坊!
モンスターがよく居る場所へと、ドラゴンを狩った場所へと儂を案内せい!
そんでついでにお主も狩りを手伝えい! 手伝ってそのついでに儂の斧捌きを見習うと良いわ!
……オーミュン! サナト! お主達は魔石炉の点火準備を進めておいてくれい!!」
いつもの穏やかな喋り方から一転して、力強い……地の底から響いてくるような声でそう言ったナルバントは、工房に停めてあった荷車の荷台の上に斧を放り投げ、荷車の持ち手をわっしと掴み、どすどすと歩き始める。
「ごめんなさいねぇ、ディアスさん。
あの人、言い出したら聞かないから……。面倒でしょうけど付き合ってあげて頂戴な」
「親父ならドラゴンに丸呑みにされても平気だろうから、適当に付き合ってやってくれよ。
魔石がないことにはオレ達も仕事を始められないんでな……頼むよ、領主様」
と、そんなオーミュンとサナトの言葉に頷いた私は、あらぬ方向へ歩いていくナルバントの下へと慌てて駆けていくのだった。
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