第109話 公爵の特権
宴の翌日。
日課だの家事だのを手早く済ませて、今日も朝からエルダン主催の貴族に関する勉強会だ。
今日から私だけでなくアルナーも一緒に参加することになり……幕屋に用意された椅子に二人で並んで座り、幕屋の中を右へ左へと歩きながら機嫌良く語るエルダンから貴族に関するあれこれを教わっていく。
そもそも貴族だ平民だという身分制度である『貴族制』を考え出したのは建国王なんだそうだ。
今よりもずっと広かったという国土を管理する為に貴族制を考え出し、競い合うことで成長するようにと貴族階級を定めて、その最上階級である公爵には王族の暴走を防ぐための様々な特権を与えた。
それらの特権の中には他の階級には無い、誰もが羨むような凄まじいものがいくつもあり、公爵になりたいとの意欲を沸かせることで健全な努力と成長を促す意図もある……とかなんとか。
その分公爵になるには厳しい条件がいくつもあるんだそうで……エルダンは公爵家の嫡男ということでその条件を満たしており、私は戦争での活躍とドラゴン討伐、ドラゴンの魔石の献上でその条件を満たしていた……ということになるらしい。
そして公爵だけが持つ特権について。
下位貴族への叱責権やら何やらと、法律や税金に関する何やらと……あまりに多すぎて覚えきれなかった程の特権を公爵は持っているらしい。
その中でも特に驚かされたのが、摂政として王様を支える立場になれることや、公爵全員の賛同を条件にした王様への罷免権、半数以上の公爵の賛同を条件にした王子王女の廃嫡を決定する権利で……公爵とは私が考えていた以上に偉い存在であるらしい。
「―――そうした特権の中でも、僕が特に重要視しているのが『領地の裁量権』であるの。
陛下に逐一お伺いを立てる必要なく領地を売買出来たり、あるいは無人の土地を開拓することで領地として獲得することが出来たりと、この権限の持つ力はとんでもないものであるの。
カスデクス領が今の広さとなったのも、父エンカースがその財力でもって近隣の領地を買い広げたからであるの。
領地を買い広げることで更なる発展をしていくというのも一つの道、あるいは逆に領地を売って得た収入で納税をしたり経営を安定させたりするのも一つの道ということであるの」
大きな木の板を幕屋の奥に立ててカスデクス領の地図を張り、あちらこちらを指し示しながらそう言うエルダン。
それに対し私が少しだけ首を斜めにしながら「なるほど」と頷き、アルナーがしっかりと「なるほど」と頷くと、エルダンはコホンと小さな咳払いをしてから、居住まいを正し私達の方をしっかりと見据えてから言葉を続けてくる。
「と、いう訳でディアス殿……ここで一つ実践をしてみるであるの。
僕達の領の境界にあるこの森の、こちら側半分をディアス殿にお売りしたいと思うであるの。
ディアス殿がふさわしいと思うお値段を提示して欲しいであるの」
地図の森の辺りを指しながらさらりと、とんでもないことを口にするエルダン。
それはまさかサンジーバニーの件の礼のつもりなのかと、そんな言葉を私が口にしようとすると、エルダンはそれを読んだのか、私が口を開くよりも先に顔を左右に振って否定の意を示してくる。
「あの件のお礼ではないであるの……流石にいくらなんでも僕個人のお礼を理由に、領民の財産たる領地は譲らないであるの。
譲ろうという決心自体に少なくない影響があったことは否定しないものの、対価はちゃんと頂くつもりであるので安心して欲しいであるの。
……それにこれはディアス殿『達』にとっても必要なことだと思うであるの。
この目で見させて頂いたディアス殿『達』のお家や生活の中で使っている木材は、果たして何処から手に入れたものなのかと……そういうお話であるの」
妙に神妙な、固い表情で『達』という部分を妙に強調しながらそう言ってくるエルダン。
その言葉の意味が、意図がわからず、私は首を傾げながら言葉を返す。
「ユルトやら何やらの木材は……アルナー達の村から譲ってもらった物になるが……」
「では、その木材を『アルナーさん達』は一体何処から調達していたであるの?」
私がそう言うのとエルダンは、またも『アルナーさん達』という部分を強調しながら言葉を続けてくる。
その言葉を受けて私が「まさか……」と思いながら隣を見ると、アルナーは無言でさっと顔を逸らす。
あまりにも露骨なその態度が『エルダンの領地である、あの森から盗んでいた』という事実を如実に示していて……私はなんとも言えずに「あー……」との唸り声を上げる。
確かに言われてみれば私達はユルトやら何やら、生活の各所でかなりの量の木材を使っている。
私はそれらを鬼人族達から譲ってもらうばかりで気にしてもいなかったが……そもそも鬼人族達が何処からその木材を調達していたかを考えてみると、その答えはあの森からということになるのだろうな。
基本的に草原にない資材はゾルグのような遠征班が調達しているか、村人達が近場から調達しているかのどちらからしいのだが……それはつまり、他所から資材を持ってきているという……盗んで来ているということになる訳で、エルダンはそのことに気付いた上で、こう言ってくれているのだろう。
……妙にアルナー達のことを強調しているのは、私が鬼人族達のことについてを詳しく語っていないことに対する気遣いなのかもしれないな。
「木材が必要だから売って欲しいとのお声をかけて頂ければ、必要な分をこちらで用意してお売りするという選択肢も勿論存在しているであるの。
ただその度に事務処理だのといった手間をかけるくらいなら、いっそのこと十分な対価を頂いた上で領地をお売りしてしまうというのもまた、一つの選択肢であるの。
『この件』が今後の揉め事にならない為にも、これは必要なことであるの。
……と、いうわけで『この件』に関してはここでさくりと解決してしまうであるの」
続くエルダンのそんな言葉に、私は「ふぅむ」と唸り、考え込む。
仮に私がエルダンの森に手を出さないようにしてくれと頼んだとしても、鬼人族達が素直に従ってくれるかどうかは……微妙な所だろう。
……いや、木材が生活に欠かせないものである以上は、これからも手を出し続けてしまうに違いない。
ならばいっそのこと、あの森を私達の領地にした上で、堂々と木材を調達させたら良いと。そういう訳か……。
「あの森を買う必要があるというのはよく分かったが……ふさわしい値段を付けるというのは、なんとも難しいものだなぁ。
土地の値段なんか全然分からないし、今支払えるものといってもなぁ……」
考え込んだ末に私がそう言うと、エルダンはにんまりとした笑顔になって言葉を返してくる。
「そこが公爵様の大変なところであるの。
値段の交渉に、支払いの為の工面、お互いの利害の調整に、誰かが住んでいる土地であれば住民の説得も必要であるの。
自由にできる特権があるからといって何でもかんでも思う通りに行く訳ではない……そのことをしっかりと胸に刻み込みながら考えて欲しいであるの」
そのエルダンの言葉に従って、しっかりと胸に刻み込みながら私は「ふーむ」と唸り、何度も唸り……ありったけを出すしかないか? と、そんなことを考えて言葉を口にする。
「今私達に出せるものといったら、いくらか余っている金貨と、ウィンドドラゴン二匹半の素材くらいのものだが……それでどうだろうか?」
私がそう言った瞬間、にんまりとした笑顔のままエルダンが硬直する。
しばらくの間硬直し続けて、硬直したまま少しだけ顔色を悪くして、重いため息と共に言葉を吐き出す。
「ディアス殿……またであるの? またドラゴンであるの?
しかも二匹と半分って、それはいくらなんでもずるいであるの……。
価値としては十分……いや、希少さを考えたら余る程で、それだけあれば解決なんだけども……なんだかとってもずるいであるの!!」
そう言って、がっくりと肩を落としてしまうエルダンを見て私は、そう言えばエルダンにはウィンドドラゴンの件を話していなかったな……と、そんなことを考えながら、なんと言葉を返したら良いものやらと頭を悩ませるのだった。
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