第87話 エリーとアルナー


――――エリー


 イーライとアイサがイルク村を去ってから今日で五日……そろそろギルドに私のアイデア入りの手紙が届いた頃かしら?


 お父様が言っていた、近い内にここに来るという「血無し」さんという人達に、使っていない馬車を貸し与えて交易をして貰うというアイデア。


 そのアイデア自体は悪くは無いんだけど……獣人の血の残る人達に排他的な王国内で商売させるというのは……問題が起きそうというか、不安が残るのよね。


 でもあの獣人が普通に生活し闊歩するカスデクス領なら問題無く商売が出来る訳で……そこから先の、王国内での売り買いに関しては私達ギルドの人員が、販売網を補ってあげれば良いんじゃないかって思いついちゃったのよねー。


 その為のギルドのカスデクス領支部を作るという私の出したアイデアは、ギルドにも大きな利がある話だし……きっとゴルディアさんはすぐに動いてくれるはず。


 何しろ一切の税がかからないのだから、血無しさん達の商売の件に関わらず支部を置かなきゃ損ってものでしょ。


 遥か西にあるというカエルさんの国の品物を仕入れ、ここで作ったメーアちゃん製品を荷に加えて、それらを支部に預けて国内で売って貰って……その資金でギルドが買い集めた王国の品々と、カスデクス領の品々をカエルさんの国に売りつける。


 悪くない……自分の案ながらとっても悪くないアイデアだと思うわ。


 そうやって商売をして人と物の流れを作っておけば、カスデクス領との仲も一層深まるはずだし……これこそ一手を放って二つを得るってやつね。


 ……っていうかカスデクス領のあの鳩人って何よ、何なのよ、アレ。


 お父様がお隣の領主のエルダンさんに、ギルドの件を相談するとかいって書いた手紙を渡していたのを見かけたけども……アレはいくらなんでも反則でしょう。


 あんなのが居たら勝てる訳ないじゃないの、商売にしても軍事にしても。


 情報の伝達は早いし確実だし、お空から情報を盗みたい放題。


 そんなズルい人材を山程抱えている上に、土地が広くて名産品がいくつもあって? 領内には砦が複数あって? お金に物を言わせて常備軍を多数抱えていて? 毎日のように領内を駆け回っているから練度も高く精強?


 あー……ヤダヤダ……。

 敵じゃなくて良かったわよ、ほんと。


 とにかく今はお隣さんとは仲良くして……仲良くしながらじっくりお金と力を溜め込む。

 これしか無いわねー。


 

 と、そんなことを考えながら爽やかな風の吹く夏空の下で洗濯物を干していると……糸を紡ぐおばあちゃん達の歌声が聞こえてくる。


 メーアちゃんが増えて、毛がいっぱい刈れるようになって嬉しい、とっても嬉しいけど、忙しくって困っちゃうーって、そんな内容の歌。


 すると今度は竈場で働く犬人ちゃん達の、美味しい作物達、もっと美味しいご飯になぁれって歌が聞こえてきて……そんな歌達に触発されたのか、広場で遊んでいた子供達が元気にわちゃわちゃした歌を歌い始める。


 ……この村は本当に良い村だわ。


 活気に溢れていて、笑顔に溢れていて、歌に溢れていて……毎日のなんでもない日々が、まるでお祭りかピクニックかのよう。


 それは本当に素敵なことで……きっとお父様のことが無くても、私はこの村を助けようと、力になろうと思ったんじゃないかしら。


 まぁー……お父様が居なければ、そもそもこんな風にはなってないんでしょうけどね。


 ―――っと、あら?


「どうしたの? アルナーちゃん?

 卵なんて持って……それ、ガチョウの卵?」


 三つの卵を両手で大事そうに抱えながらこっちに歩いてくるアルナーちゃんを見つけて、私がそう声をかけると、アルナーちゃんはにっこりと微笑んで、卵を見せつけるように持ち上げながら声を返してくる。


「ああ、今日の卵はどれも魂が入っていなかったんでな。

 夕食行きだ。

 いつもはスープに混ぜ入れていたが、茹でると美味しいそうだから、そうしてみようかと思う」


 あぁー……そう言えばアルナーちゃんは魔法で魂を見ることが出来るんだっけ?

 その魔法で私の魂が女であることも見抜いたとか、なんとか?


 それを上手く応用して、魂の入っていない孵らない卵を見分けて、持って来たー……と。


 それはまた便利というかなんというか……的確にヒヨコを増やしながら、産みたての卵を食べることが出来るなんて……うぅん、羨ましくなっちゃうわねぇ。


「他の卵は順調なの?

 そのー……魂が入っているほうの卵」


「ああ、順調だ。

 ……というか丁度今朝になって、二羽の雛が孵ってくれたよ。

 地面や草をせわしなく啄みながら元気に親の後を追いかけていて……そんな雛達の姿が可愛いと、ディアスとセナイとアイハンが夢中になって追いかけている。

 エリーも暇が出来たら見てくると良い」


 あらヤダ。

 何をしているのよ、お父様。

 らしいと言えばらしいのだけど……。


 と、そんな風に私が呆れ半分でいると、アルナーちゃんが言葉を続けてくる。


「ま、しっかりと仕事をした上で遊んでいるのだから構わないさ。

 子供の面倒を見てくれていると思えば、それはそれで父親の仕事だと言えなくも無い。

 働いてばかりというのも体と心を病むものだしな」


 そう言って竈場へと足を向けるアルナーちゃん。

 私はそんなアルナーちゃんを追いかける為に、ささっと残りの洗濯物を干し終えて、洗濯物籠を抱えて駆け出す。


 そうしてアルナーちゃんに追いついて、アルナーちゃんの横に並んで、アルナーちゃんの顔を覗き込みながら……以前から気になっていたことを問いかける。


「アルナーちゃん達の考え方というか、価値観のー、男気だっけ?

 あれの話を聞いてずっと気になっていたんだけど……アルナーちゃんも中々の働き者よね?

 そういう働き者の女の子の場合も男気がある、って言うのかしら?」


「普通は言わないな。

 働き者の女を見て言う言葉は普通に働き者だとか、美人だとか、良い女だとか……そこら辺になる。

 仕上げた織物の数や、面倒を見て育て上げた子供の数が多いとそう言われることが増える感じだな。

 ……まぁ、私は普通とは色々と違ったので、男気があるだの何だのと言われることも多かったがな……」


「あら? アラアラアラ。

 気になるわー、気になっちゃうわー、アルナーちゃんの男気エピソード!

 聞かせて聞かせて!」


「そう大した話でもないぞ。

 実家が貧しい家だったから、年嵩(としかさ)の私がなんだかんだと働く必要があった……それだけの話だ。

 普通の女がやらないような、狩りの仕事や見回りの仕事にも手を出して……それで皮肉のような形で男気があると言われていただけなんだ。

 ……まぁ、その仕事のおかげでディアスと出会えたのだから、今更文句も無いがな」


「……あらヤダー。

 惚気けられちゃったワー……。

 ち・な・み・に……どうしてご実家が貧しかったとか、そういう話は聞いても良い感じかしら?」


「別に構わない。

 実家が貧しかったというのも、もう過去の話だしな。

 私の実家が貧しかった理由……それは一人の穀潰しを抱えていたせいなんだ」


 穀潰し。

 その部分だけ声を太くして、顔を顰めて……そう言ったアルナーちゃんに驚きながら、私は穀潰しって? と一言だけを返す。


「私の父親は……まぁ、普通の男気を持つ普通の男でな。

 普通に稼いでくれる貧しさと縁遠いはずの人だったんだが……私の上の兄、長男がそれはもう酷い……穀潰しという言葉では足りない程の酷い有様でな。

 遠征班という長期の間、村の外に出て村の外で働くという稼げる仕事をしているにも関わらず、稼いだ金の全てを村の外の女に入れあげて、挙げ句実家の財にまで手を出すような、借金を作るような、そんな男だったんだ。

 ……幼い弟妹が飢えているというのに、平気な顔でそれをやるのだから手に負えなかったな……」


 アルナーちゃんのそんな話を聞いて……私は懸命に笑顔を保ちながら相槌を打ってアルナーちゃんの愚痴を促したわ。

 こういう酷い話は溜め込むよりも愚痴ってしまったほうが良いに決まっているもの。


「まぁ……あんな男の話はもう良いんだ。

 ディアスのおかげで実家は十分な財を手に入れて、弟妹達が飢えることも無くなった。

 ディアスと……それと色々と手を回してくれたモールには感謝してもしきれないな」


「モール?

 初めて聞くお名前ね?」


「ああ、鬼人族の族長の名前だ。

 族長のモールはそんな状況で働く私に色々と気を使ってくれていてな……モールが私とディアスをくっつけようと、あれこれとしてくれたのも、私に同情していたからなのだろう。

 ディアスに貴重なメーアの番を……フランシスとフランソワを与えたのも、ディアスの為というよりは、私の為だったのかも知れないな」


 と、そう言ってアルナーちゃんは少しだけ遠い目をして……そうして到着した竈場の中へと入っていったわ。


 お父様のお嫁さんという位置を私から奪ったアルナーちゃん。

 私を女と認めてくれて壁を作らず接してくれたアルナーちゃん。

 私がいくら酷い言葉をかけても笑顔を崩さなかったアルナーちゃん。


 そんなアルナーちゃんを憎むことが出来なかったのは……アルナーちゃんの境遇が、私達のそれとよく似ていたからなのかも知れないわね。


 あの時の私達がそうだったように……アルナーちゃんもお父様という白馬の王子様に救われたと、きっとそういうことなのね。


 やだわー……もう。

 そんな話を聞いちゃったらますます嫌いになれないじゃないの。


 そんなことを考えながらアルナーちゃんの後を追っていくと、アルナーちゃんは竈場に立ちながら、ガチョウの卵を浅いお鍋で茹でようとしていて……。


 ……ああもう、全く仕方ないわねー。


「ああもう、ほらほら、アルナーちゃんはゆで卵の作り方知らないでしょう!

 私がお手本を見せてあげるから、まずはそれを見ていなさいな!」


 改めてという訳じゃないけども、気を引き締め直して、お父様達の……アルナーちゃん達のお手伝いをしてあげるとしましょう……!


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