第55話 ディアスからの手紙

――――領主屋敷にて エルダン




 この日、エルダンは自らに従う各種族の長達を領主屋敷に招いての会議を開いていた。


 独特の刺繍がなされた絨毯を床に壁にと飾った屋敷の一室で、エルダンと長達が車座になりながら意見を交わし合っている。


 エルダンとエルダンの意見に賛成する者達と、エルダンの意見に反対する者達の2つに分派してのその会議の議題は『第三王女ディアーネにどう対処するか』である。



 ディアーネは数日前に突然……50名程の兵士達と200名程の傭兵達を引き連れながらカスデクス領にやってきた。

 なんとも物騒な一行の来訪に一体何事だと領民達が驚いていると、ディアーネは領主エルダンと面会させろとの要求をし始めた。


 相手は王族であり、拒否する理由も無いのでとエルダンが面会に応じるとディアーネは面会の場で……自分はディアスを討ち取りディアスの持つ財産を奪う為にやって来たのだと今回の来訪の目的を明かし、その上でエルダンに協力を求めて来たのだ。


 そんなディアーネに対しエルダンは、相手は仮にも王族だからとその内心を押し隠しながら、やんわりと遠まわしに、言葉を選びながら協力の求めを拒否しようとした。


 すると、そんなエルダンの態度を見たディアーネは、拒否などさせてたまるかとばかりにエルダンを一喝し、


『これは王命である!』


 との声を上げて、懐から取り出した一枚の紙切れをエルダンへと突きつけた。


 稚拙な文字と文体で、


『反逆者ディアスを討たんとするディアーネに兵力、資金、糧食などあらゆる方面で協力せよ。

 戦利品は全てディアーネに明け渡すように』


 と、そんなことが書かれた一枚の紙切れ。

 

 その紙切れに書かれた文章は全く王命の体を成しておらず、誰が見ても偽物だと分かってしまうような代物であり、その紙きれを受け取ったエルダンは失笑しそうになるのを堪えながら、紙切れを突き返そうとする……が、そこでエルダンは文章の末尾に押印された……父エンカースの書斎で何度か目にした本物だと思われる王の印章に気付いて……その紙切れを突き返せなくなってしまう。


 王にしか持つことが許されない、それが王の発した公式文書だと証明する王の印章が押印されている紙切れ……王命書を王家の者が直接手渡した。


 その王命書が偽物であることは間違いないのだが、しかし状況的、法的にはその王命書は本物ということになってしまっている。


 果たして今のエルダンの立場でこの王命書を突き返して良いものかとエルダンは頭を悩ませる。

 

 エルダンがある程度の爵位を持っていれば、王命書とディアーネに対し取れる手段がいくつかあるのだが……しかし今のエルダンは爵位を持たないただの平民だ。


 父と兄が死亡し、領主としての立場を引き継いだといってもそれはあくまで仮のこと。

 王都に出向き王に謁見し、王の正式な認可がなければ領地も爵位も引き継いだことにはならない。


 ようやく王都に向かう準備が整って、まさにこれから王都へと出向き、領地と爵位の継承を認めて貰おうとしていたエルダンは、全くなんという間の悪さで厄介事がやって来てしまったのだと王命書を握りしめながら歯噛みすることになる。


 ……結局エルダンはその紙切れを受け取りつつも返答することは避けて、軍事が絡む話となると自分だけでは判断出来ないので家臣達に相談させて欲しいと願い出て……ディアーネはそれを了承した。


 そうしてエルダンはディアーネを贅沢な食事や、歌手や踊り子で歓待し、そうすることで時間を稼ぎながら会議を開き……この事態に、厄介者の王女にどう対応するかを話し合っていたのだ。



 この会議でエルダンが出した意見は、


『あんな馬鹿王女に協力するなんて冗談じゃないの!

 あの馬鹿王女は従う者達諸共、相応の手段で始末するであるの!!』


 というものだ。


 親友であるディアスを害するなど、エルダンにとってはあり得ない選択肢だ。

 しかもその親友は、父エンカースの代に多くの者達が挑戦し、誰も成し得なかった草原での開墾を見事に成功させていた。


 一体どのような手段でもってディアスがそれを成し得たのかは不明だが、もしディアスが更に畑を増やせるのなら、あの広い草原地帯を畑にしてしまえるのなら、地形と天候に恵まれたあの草原は大穀倉地帯へと生まれ変わる可能性がある。

 

 仮にそうなった場合、その恩恵を受ける事になるのは他の何処でもないカスデクス領だろう。

 草原に接する唯一の王国領であり、平坦な地形が領の境界に跨っている為、交易路の開発もたやすい。


 その時になって得られるだろう莫大な利益と糧食のことを考えれば、草原開墾の成功の鍵であるディアスを見捨てるなどという選択肢は、エルダンの個人的な感情を差し置いてもあり得ない。


 ディアーネに協力は出来ないし、ディアーネ達にディアスを討たせる訳にもいかない。

 ……ならばもう元凶であるディアーネ達を偽の王命書ごと始末するしか手は無いだろうというのがエルダンの意見だった。



 エルダンの意見に反対する者達は、エルダンがその胸に抱いている想いを十分に理解した上で、それでも今の大切な時期のエルダンに無茶無謀な真似はして欲しく無いと、エルダンのこれからの事を考えて慎重に行動して欲しいと、反対の声を上げていた。


 ディアーネ達をどう始末するにしても……病死させるにしても行方不明として処理するにしても、その行いは今後に大きな禍根を残してしまうことだろう。

 

 隣領が、ディアスが……エルダンにとって、カスデクス領にとって重要なのは分かってはいる。


 だがしかし、それよりも何よりもエルダンとエルダンの未来の方が重要であり……それらを守る為ならばディアス達を見捨てるのも止むを得ない事だと、彼らはエルダンの意見に反対だとの声を上げていたのだ。



 エルダンとしては事が事だけに、全員の意見を一致させた上での結論を出したいと考えているのだが、どちらの意見にも相応の理がある為に、話は平行線を辿り続けており……どうしても結論に至ることが出来ない。


 そうしてただただ時間だけが過ぎていって、それぞれの発する言葉が熱を帯びていく中、忠誠心からエルダンの意見に賛成し、賛成してはいるのだが全く意見を口にすることなく会議の流れをただ静観していた犬人族の長が、落ち着いた様子で静かな声を上げる。


「エルダン様、一つお聞かせ願いたいのですが……今回の件について、当事者であるディアス殿はどういった考えをお持ちなのでしょうか?

 この件についての決断を下す前に、ディアス殿の考えも伺うべきかと思うのですが……」


 クルタとこの地方で呼ばれる袖と裾のゆったりとした衣装に身を包み……白い毛で覆われた耳を揺らす犬人族の長のそんな言葉にエルダンは、ゆっくりと頷いてから言葉を返す。


「……ディアーネが来訪したこと、ディアーネの目的、兵力とかの詳細についてはゲラントを使いに出して、既にディアス殿に知らせてあるの。

 ディアス殿からの返事は……向こうで何かトラブルが無い限りは今日中には届くはずであるの」


「で、あれば議論は一旦休止として、ディアス殿の意見が届くのを待つというのは如何でしょうか。

 まずは当事者であるディアス殿が今回の件にどう対応するのか、エルダン様に何を求めているのかを知るべきでしょう。

 ……ゲラント殿が定期的に届けてくれる娘……いえ、カニスからの手紙に書いてあるディアス殿の人品から私が愚考します所、ディアス殿はもしかしたら―――」


 と、犬人族の長が言葉を続けている中、エルダンを始めとした耳の良い種族の長達が、何かを聞きつけて、その視線を窓の方へと移す。

 それから少し遅れて他の長達の耳にもバババッとの特徴的な羽音が聞こえて来て……その直後にゲラントが窓から飛び込んでくる。


 疲れているのか力なく飛ぶゲラントを見てエルダンは、すぐに立ち上がって駆け寄り、そっとゲラントを抱きとめながら声をかける。


「ゲラント、お疲れ様であるの。

 ちょうど今ゲラントのことを話していた所であるの、良いタイミングで帰ってきてくれたの。

 ……それでディアス殿は、今回の件について何と言っていたであるの?」


「は、ははっ。

 その件に関しましては、ディアス様からエルダン様宛てのお手紙をお預かり致しましたので、そちらをご覧になってくださればと……」


 隣領への行き来で疲れ果ててしまったのかぐったりとするゲラントを、そっと撫でて労ったエルダンは、その首に下げられた鞄から筒状に丸められた小さな手紙を取り出す。


 そうしてエルダンは自らの席へと戻り……手近なクッションへとゲラントをそっと下ろしてから、ゆっくりと手紙を広げて目を通し、楽しげな声を上げ始める。

 

「ディアス殿の手紙は字が綺麗で、文章がまるで詩のようだから読むのが楽しいである……の!?」


 ディアスからの手紙に一体何が書いてあったのか、楽しげだったエルダンの声はその最後で驚愕の色へと染まってしまう。


 一体何がその手紙に書いてあるのかと会議の参加者達が訝しげな視線を送る中、エルダンは無言で手紙を読み耽る。


 そんな状態がしばしの間続いて……一体その手紙に何が書いてあるのか気になって仕方ないと、会議に参加していた者の一人が、クッションの上で羽根を休ませていたゲラントにそっと近付いて小声で話しかける。


「……おい、あの手紙には一体何が書いてあるんだ?

 諜報隊のお前さんのことだ、しっかりと中身を覗き見てあるんだろ?

 エルダン様があそこまで驚かれている理由……教えてくれよ」


 そう話しかけてくる獅子人族の長に、ゲラントは何を言っているのだと半目での視線を送るが……獅子人族が好奇心旺盛な性格であることを思い出し、渋々にそのクチバシを開く。


「ディアス様が書かれたあの手紙には、王命書の通りディアーネに協力せよ……と、まぁ、そんなことが書いてありますので、エルダン様は恐らくその部分に驚かれたのでしょう」


 ゲラントがそう小声で言うと、獅子人の長……と、ゲラント達の会話を盗み聞きしていた長達はその顔を驚愕の色で染め上げて、そして異口同音に、



『はぁぁぁぁぁぁ!?』



 と、大声を上げてしまうのだった。


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