第37話 畑作り


 カマロッツ達がイルク村を去った翌日の朝食後、私はチルチ婆さんとターラ婆さん、見学をしたいというフランシス、フランソワと共にイルク村から少し離れた、村の南に位置する場所へと移動しての畑作りを始めていた。



「ディアスちゃん、まずは取っ手はしっかりと握るのよ」


 横に立つチルチ婆さんにそう言われて、しっかりとそれの取っ手を握る。


「そうしたらね、その取っ手を下に押し込むの、そうやって刃を地面に刺すのよ。

 地面が硬いようなら、そこのでっぱった部分を足で踏んで押し込んでね」


 言われるまま取っ手を操作して、変な形に曲がった出来損ないのクワ……とでも言いたくなるような変わった形の刃を地面に刺し込む。


「そうそう、それで良いわよ。刃が途中で抜けないようにちゃんと力を入れておくのよ、刃に何かに引っかかったりしたら、焦ったりしないで取っ手を持ち上げて刃を地面から抜けば良いから。

 準備が出来たら白ギーちゃんに歩くようにって声をかけなさい。

 この子はプラウを曳くのに慣れてるみたいだから、後はこの子が上手くやってくれるはずよ」


「わ、分かった。

 ……良しっ、歩いてくれ!」


 チルチ婆さんに言われるがまま私がそう掛け声を上げると、白ギーがモォォォウとの太い声での返事をしてから、ゆっくりと前に進み始める。


 すると白ギーの体に革ベルトで繋がれたプラウが前へと引っ張られていって……地面に刺さったプラウの刃がグググと土を持ち上げて……なんとも綺麗にひっくり返して行く。


 取っ手の付いた大きな木枠に、二つの車輪と大きな変形クワを付けたといった感じの構造のプラウは、こんな風にして使う農具であるそうで……その性能は凄まじいものだった。


 白ギーはプラウを曳きながらどんどんと前に進み、そうやって進んだ分だけ土がひっくり返されて、その際に土の表面にあった草などは土の中に埋め込まれるので、事前に草刈りをする必要も無く、プラウを走らせながら水や葉肥石の粉を撒けば、プラウの刃がそれらを土に混ぜ込んでくれたりもするそうだ。

 

 刃を差し込む深さを調節したりしながら、縦に横にと2・3回程往復したら、それで土を耕す作業は完了となるそうで、クワでそうするよりも何倍も早く土を耕せるプラウの便利さにはただただ驚かされてしまう。


「ほれっほれっほれっ、しゃんと歩きなさいな」


 なんて声を白ギーにかけながらもう一台のプラウを操っているターラ婆さんの方へと視線をやれば、あまり力があるとは言えないターラ婆さんでも問題無くプラウを扱えているようで……いや、本当に凄いな、これ。


 ……この調子で作業が進むならば、昼食前にはここいら一帯を耕し終えて今日のうちに種まきまでいけるかもしれないな。


「プラウで起こした土は数日は寝かせて休ませないといけないから、種まきは3日後にしましょうね」


 考えていることが顔に出てしまっていたのか、チルチ婆さんにそんなことを言われてしまう。

 ……まぁ、うん、作業が早く終わるに越したことは無いはずだ。

 この調子なら体力も十分に余ることだろうし、種まきが3日後だというなら、午後は更に畑を広げることを考えても―――。


「土起こしが終わったら溜池作りの為の穴掘りをして貰うつもりだから、お願いね。

 ……あれこれ手を広げる余裕はしばらくは無いのよ」


 またも考えが顔に出ていたのか、私のそんな思考を遮ってニッコリと微笑みながらそう言い放つチルチ婆さん。


 そうして始まったチルチ婆さんの説明によると、北の山から流れて来てイルク村の側を通る小川の水量は川というには少しばかり心細い量であるらしい。


 あの水量だと夏場には渇れてしまう可能性があるとのことで、そうなった時に備えて溜池を作っておく必要があるらしい。


 生活に必要な水は井戸でなんとかなるが、畑に必要な水となると、井戸では足りなくなる可能性があるのだとか。


 溜池を掘り、小川と水路で繋ぎ、少しずつ小川の水を溜池に貯めて夏場への備えとする。


 川上でそれをやると川の水を汚してしまう事があるとかで、村から見て川下となる南の一帯を畑にしようとチルチ婆さん達が言い出したのはそういう事情があっての事だったそうだ。


 ……私は畑なんて何処に作っても変わらないだろうと考えていたので、結構場所も重要なんだなと今更ながらに思い知る。



「土を起こし終えたら、土を休ませる間に溜池を掘って、種まきをしたら、芽が出るのを待つ間に溜池を掘って……と、そうやって進めていきましょう。

 ディアスちゃんから聞いた、ここでは作物が育たないっていう話については……まずはやるだけやってみて、その結果を見てから考えることにしましょう」


 まぁ……知識と経験のあるチルチ婆さんがそう言うのであれば否も無い。

 私は分かったよ、との一言と共に頷いて……プラウを操作することに意識を集中させていく。


 

 そうして南の一帯の土を耕す作業は私が予想していた通りに昼食前に完了となった。


 プラウの取っ手に桶を吊るし、桶の中に入れておいた水や葉肥石の粉を蒔くという作業も同時に済ませていて、私が耕した畑は葉肥石の粉と水が混ぜられた土となっていて、ターラ婆さんが耕した畑は草木灰と水が混ぜられた土となっている。


 なんでもチルチ婆さん達の村では草木灰を使っての土作りをしていたそうで、そちらの方法も試してみたいとのことで、そういうことになった。



 土を耕すのが終わったなら、次は溜池作りの為の穴掘りになる訳だが……そろそろ昼食の時間でもあるのでと一旦休憩しようとなって、離れた位置で草を食みながら私達の作業を見学していたフランシス、フランソワと合流、村へと戻る。


 途中、畑と村との丁度中間の位置にある厩舎へと寄って、白ギー達を中で休ませてー……プラウはー……まぁ、また近いうちに使うだろうから、厩舎の横に置いておくとしようか。

 

 厩舎の側にプラウを置いて刃にこびり付いた土を払っていると、村の方からセナイとアイハンがタタタタッと駆けてくる。


「ディアス、畑作りは終わった?」

「……ディアス、おわった?」


 私のすぐ側まで駆けて来て、ズボンを引っぱりながらそう言う二人を、両腕で抱き上げながら、


「いや、まだまだ準備の段階だよ。

 畑が出来上がるまでにはもう何日か、かかるみたいだ。

 それで二人はどうしてこっちに来たんだ? 何かあったか?」


 と言葉を返してやると、2人は村の方へと指を差す。


「アルナーがご飯出来たから帰ってこいって」

「……アルナーがよんでる」


「ああ、わかったよ。

 わざわざ呼びに来てくれたのか?ありがとうな」


 そう言って2人を抱きかかえたまま村の方へと歩き出すと……セナイとアイハンは私の腕の中でボソボソと何か言葉を交わしたかと思ったら……何故だかもぞもぞと身を捩らせ始める。

 何があったのかと2人の顔を覗き込むと……何故だかセナイは俯いていて、アイハンは眉をしかめながら何かを言いたげにしている。

 何か言いたいことがあるのなら、こちらから聞くべきだろうか?なんてことを考えていると……ゆっくりと口を開いたアイハンが私に話しかけてくる。


「あのね……ディアス、はたけは、たいへん?

 つかれる?」


「んん?今はそんなに疲れることはしていないな。

 これからの作業は少し疲れるかもしれないが……まぁ大変ってことは無いさ」


「……はたけがうまくできなかったら、ディアスはかなしい?」


「……うん?

 ……いや、悲しいってことは無いかな。

 やるだけやって、それで駄目だったならそれは仕方のないことだ」


 いつも2人一緒に喋りかけて来る子達だというのに、何故アイハンだけがこうして喋りかけて来るのか。

 そしてアイハンは一体何を私に聞きたいのか。

 そんな疑問を抱きながらも、真剣な色を宿しているアイハンの目に応えて、真剣に考えながら回答を返していく。


「……。

 ……ディアスはわたしたちが、かくしごとしていたら、かなしい?」


「んー……。

 それが悪い隠し事なら悲しいかもしれないな。

 悪いことで無いのなら……少しくらいの隠し事は誰だってするものだろうから、悲しんだりはしないよ」


 随分と脈絡の無い質問だなと思いつつ私がそう答えると……セナイとアイハンは私の腕の中で、じたばたともがき始める。

 そんな2人の様子に抱っこが、嫌なのかな?と思い至って2人をそっと地面に下ろすと……セナイとアイハンは言葉を発さないまま、こちらを見ようともしないまま……目の前という所まで近づいていた村の中へとタタタタっと駆け込んでいってしまう。


 

 メァァ?

 メァ~?


 と、そんな声を上げながら、私達の近くで様子を見ていたらしいフランシス達が何があったの? と言いたげな顔を私へと向けてくる。


 そして同じく会話を聞いていたらしいチルチ婆さんとターラ婆さんも不思議そうな顔をしながら私を見てくるが……私にも全く事情が分からないので、ただ肩をすくめることしか出来なかった。



 それから機会がある度に、私はセナイとアイハンにあの質問は一体何だったのか? と尋ねてみたのだが……二人から答えが返ってくることは無かった。


 アルナーに何か知らないかと聞いてみても、アルナーも何も知らないようで……アルナーが二人に尋ねてみても二人は何も答えず……誰が何をしても何を聞いても、セナイとアイハンがその不思議な問答についてを語ることは無かった。


 その件は、色々と疑問が尽きず二人に何かあったのかと心配になってしまう出来事ではあったのだが……いつもと変わらない元気な姿で、いつもと変わらない明るい笑顔で日常を過ごす二人を見るうちに……まぁ、あのくらいの年頃の子にはこういうこともあるかと思うようになっていって……。


 そうしていつしか私は、そんな出来事があったということすらも思い出さなくなるのだった。

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