7 それなりな爆弾発言

 疲れきって家に帰ってきた紫月たちをテラスで出迎えたのは、小袖とうちき姿の美玲だった。傍らには狛犬の吽助うんすけもいる。


「紫月!」


 彼女は紫月の姿を見るなり抱きついてきた。手も頬も、来ている服さえ冷たい。テラスでずっと待ってくれていたのが分かった。


「美玲、こんなに冷たくなっちゃって」

「吽助がいてくれたから大丈夫。そこまで寒くなかったわ」

「来てるって碧霧から聞いていたけど、今日は服じゃないのね」

「ああ、だって碧霧さまに無理やり連れて来られたんだもの」


 美玲が冷めた目を碧霧にやると、彼は気まずそうに目をそらした。彼女は伯子を威嚇いかくしつつ、その視線を紫月に戻す。


「心配したのよ。人間の異能者の抗争に巻き込まれたって──」

「うん、でも、おかげで無事に帰って来れたわ。それよりも母さんとヘイさんは……」

「寝室でお休みいただいているわ」


 すると、紫月の隣で鷹也が「へえ」と感心した声を上げた。


「女の子が一本で、男が二本なのかと思ってた。違うんだな。あんたは二本だ」

「はい?」


 美玲が唐突かつ不躾な物言いにひくりと顔をひきつらせる。そもそも、鷹也は知らないかもしれないが、頭の角をじろじろと見るのはかなり失礼だ。


「誰? 藪から棒に、この男は」


 美玲が変なものを見るかのように鷹也をにらむ。紫月は、慌てて彼女に答えた。


「私たちを助けてくれた人よ。名前は久澄くすみ鷹也、人の異能者なの。鷹也、こっちは私の友達の美玲」


 鷹也がちょこんと頭を下げる。美玲は胡散臭そうな顔をした。


「どうして人間がここに?」

「怪我をしているし、お礼がしたくて家に招待したの。せっかく知り合ったんだもの」

「……」


 人間にお礼がしたくてなんだって? 美玲はちらりと碧霧を見た。伯子は声に出しはしないものの明らかに不機嫌だ。どうやら、この人間の男と何かあったらしい。一難去ってまた一難と言ったところだろうか。


(まったく世話がかかるわね)


 美玲は、はあっと大きくため息をついた。


「とにかく分かったわ。立ち話もなんだから入って。まずは温かいお茶でも入れるわ」

「ありがとう、美玲」


 まるで自分の家のように取り仕切る美玲が頼もしい。そんな彼女に感謝しつつ紫月は碧霧たちと家に入った。


 それから紫月は、寝室で休む深芳たちに無事に戻ったことを伝えに行った。片足を失うという大怪我をした与平も深芳と一緒に待ってくれていて、彼は紫月の顔を見てようやく安心したのか、紫月の少しも言葉を交わした後、ほどなく眠りについた。

 母親も一緒に休めばいいと思ったが、鷹也が来ていることを知ると、彼女はリビングに顔を見せた。


「お世話をかけてしまったわね」


 リビング中央のテーブルには、温かいお茶が置かれ、ソファー側に碧霧が座り、それに向かい合う形で鷹也と美玲が座っていた。待っている間に碧霧と美玲は、あらかたのことを鷹也から聞いたようだった。

 深芳は、立ち上がって席を譲ろうとする美玲を止めつつ、テーブル側面の鷹也の隣に座った。


「あなたがいてくれて助かった」

「いえ。あの、与平さんって人は?」

「ようやく安心して寝てくれたわ。傷も塞がりつつあるし、あとは紫月に癒してもらうから大丈夫よ。あらためて、はじめまして。もう分かっていると思うけど、紫月の母親よ」

「うん、内心ちょっとびっくりしてた。でも、じゃあ──おばさん?」


 首をかしげて鷹也が呟く。その場にいた全員が凍りついた。

 「おばさん」って、なんて恐ろしい爆弾発言を──!

 しかし、深芳はさして気分を害した様子もなく、むしろ可笑しそうにクスクス笑った。


「そうね、おばさんよ。よろしくね」


 そんな、「おばさん」呼びが許可された!

 まさかの展開にみんなは驚いた。しかし、その反応の方が深芳には気に入らなかったようで、彼女はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「若さに追いすがるなんて、それ以外に取り柄のない女のすることよ」

「あー……」


 鷹也以外の全員が黙る。深芳の本当の美しさは見た目ではないことをあらためて痛感させられた。

 神妙な面持ちになる若者を見て、深芳は満足げに笑いながら立ち上がった。


「今日はヘイさんを一人にしたくないから、詳しいことは明日聞くわ。碧霧さま、来てくださってありがとう。美玲もごめんなさいね。鷹也、あなたは頬の火傷を紫月に治してもらえばいいわ。じゃあ紫月、後のことはお願い」


 最後は、各々を気遣って深芳が部屋を去る。その後ろ姿を見送りつつ、紫月が「さて、」と場を仕切り直した。


「鷹也の火傷を直すわ。鷹也、頬を出して」


 言って彼女は、膝立ちをして鷹也に体を伸ばした。鷹也も膝立ちをして、右頬を紫月に向かって突き出す。紫月は、彼の頬に手の平を置いて目をつむった。

 しばしの沈黙──。紫月が手を離すと、綺麗になった彼の頬が現れた。


「うん、これでいいわ。違和感は?」

「ない。すごいな。これって、神憑かみつきの力?」

「違うわ。もともと得意なの」

「……カミツキって、なんのことだ?」


 怪訝な顔をしながら碧霧が会話に割って入る。鷹也が、なんでもないといった口調で答えた。


「ほら、紫月の中に神族級の何かがいるじゃない。それの話」


 碧霧の顔がぴくりと強ばり、美玲が眉をひそめた。二人の反応を見て、さすがにまずいと思ったのか、鷹也は戸惑い気味に紫月と碧霧たちを交互に見た。


「え? これオフレコ? でも、葵は知っているよね。だってその存在から紫月を守っている訳だし」

「何をどこまで──」


 思わず碧霧は中腰になって鷹也に詰め寄る。だいたい、いつの間にか「葵」呼びが定着してしまっている。

 紫月が慌てて碧霧を止めた。


「待って。違うの、葵」

「何が違う? こんな重要なこと、初対面の奴にべらべら話したのか?」

「だから違うってっ」

「ちょっと二人とも待った」


 鷹也が言い争いを始める碧霧と紫月を止めた。そして彼は、「落ち着いて」と二人をなだめる。


「紫月の言う通りだ。彼女とシンクロした時に、俺が一方的に気づいただけで」


 鷹也が誤解がないよう補足する。が、しかし、


「シンクロって──?」


 それはそれで、それなりな爆弾発言だった。

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