2 二人からの追及

 着替えを済ませて紫月たちがキッチンと一体型の食堂に行くと、ちょうど鷹也がテーブルに食事を並べているところだった。


「おはよう紫月、ゆっくり眠れた?」

「うん」


 美玲はキッチンで洗い物をしている。その顔がいささかむすっとしているように見えるのは気のせいだろうか。


「美玲、おはよう。いろいろありがとう」

「いいから食べて」


 挨拶をすると、素っ気なく返された。紫月は碧霧と顔を見合わせつつ、目で鷹也に尋ねる。しかし、彼は肩をすくめ返すだけである。

 仕方がないので、紫月と碧霧は大人しく並んでテーブルに座った。

 テーブルには、味噌汁にだし巻き卵、白菜と昆布の浅漬けの入った小鉢が並べられていた。そして、メインの皿には明らかに焦げた厚焼きのベーコンが二枚ずつ。


(うん、焦げてるわね)

(焦げてるな)


 声には出さないものの二人はじっとベーコンを見つめた。すると、その様子に気づいた鷹也が、「ああ、」と二人の向かい側に座りながら笑った。


「そのベーコンね、美玲が──」


 刹那、キッチンから湯飲み茶碗が飛んできて鷹也の頭に直撃する。

 鷹也が大きな音を立てて椅子ごとひっくり返る。紫月と碧霧は、さあっと青ざめた。

 キッチンから美玲が出てくる。彼女は、床に倒れる鷹也を冷ややかに見つめながら向かいの席に座ると、ふぅっと大きく息をついた。


「私、カリッカリに焼いたベーコンが好きなのよ。分かったら、さっさと食べて」


 二人は無言でこくこくとうなずき返した。

 一方、鷹也はうめきながら立ち上がり、のろのろと椅子を元に戻した。さすがに不服そうな顔をしていて気の毒ではあったが、美玲の逆鱗げきりんに触れそうなので助けてやることもできない。

 とにかくベーコンから話題を変えよう。碧霧は口を開いた。


「あの美玲、」

「なんでしょう? 伯子」


 めっちゃ他人行儀である。こういう時の美玲は怖い。しかし碧霧は歯を食いしばって言葉を続けた。


「頼みがあるんだけど、」

「これ以上私に頼み? どの面を下げて?」


 いや、本気で怖い。何かしでかしただろうか?

 すると鷹也が二人の会話に割って入った。


「葵、美玲には阿の国から式神が届いた話はしてあるよ。美玲、意地悪するなよ。だいたい、なんでそんなに怒ってるの?」

「それはあなたが──!」


 美玲はガタッと中腰になって立ち上がり、しかし、紫月と碧霧の視線に気づいて、納得いかない顔で椅子に座り直す。

 そして腹立たしげに焦げたベーコンを箸でぐさりとぶっ刺した。


「分かっています。言われなくても、紫月が心配ですからしばらく残るつもりです」

「そ、そうか。ありがとう、美玲」

「いえ」


 美玲はばくんとベーコンを頬張る。ほんの少し、怒りを収めてくれたようである。

 ほっと胸を撫で下ろし、ようやく紫月と碧霧は朝食を食べ始めた。

 そしてふと──、鷹也の皿にだけ、ほどよく焼けたジャガイモとニンニクのスライスが乗っていることに二人は気がついた。




 朝食を食べ終えて、碧霧は深芳と与平の寝室へと向かった。阿の国に帰ることを二人にも話しておかないといけない。

 美玲に頼まれ、お粥の入った土鍋も一緒に持参する。土鍋が乗ったトレイを持ち、寝室のドアをノックすると、すぐに「どうぞ」という深芳の声が返ってきた。


「伯母上、おはようございます。与平、具合はどうだ?」


 滅多に入ることがない二人のプライベートな空間は、今でも少し緊張する。キングサイズのベッドがまず目に入り、そこにスエット姿の与平が半身を起こして背もたれに寄りかかっていた。傍らの椅子には昨日と同じ格好の深芳が座っている。

 深芳は碧霧からトレイを受け取ると、サイドボードに置いた。


「ヘイさんのお粥ね。美玲がいてくれて、助かるわ」

「はい。それで、忙しなくて申し訳ないのですが、阿の国に戻ります。左近から至急戻るよう式が届いたので」

「何かあったの?」

「おそらく。紫月が心配なので、美玲は置いていくつもりです」


 深芳が「ありがとう」と目を和ませ与平を見る。与平は顔色も良くなって、大怪我ではあるものの心配はなさそうだった。


「碧霧さま、ご迷惑をおかけしました。後のことは猿師と相談するとして──、一つだけ確認したいことが」

「なんだ、与平?」

「白銀の子──月影のことです」


 ぴくりと碧霧が片眉を上げる。その反応を確認してから、与平は思案げに口を開いた。


「……紫月から碧霧さまに何か話は?」

「いや。でも、鬼斬たちの話をあらためて聞いて、おまえがやられてから鷹也に会うまでの間のことが不明瞭でもしやと気になっていた。やっぱり、出てきたか?」

「正確には、極限の状態で紫月が呼び出したと言うのが正しい」


 言って与平が嘆息する。


「あの状況では、白銀の子の絶対的な力にすがろうとしたのも致し方なかったかと。儂らでさえ、この足をなんとかしてもらおうと頼りました」


 碧霧は「そうか、」と視線を落とした。


「そして、拒否された?」

「その通りです。それが、あなたさまとの取り決めだと」


 与平が答える。そして彼は、鋭い視線を碧霧に向けた。


「碧霧さま、あの者と何を取り交わしていらっしゃるので?」

「……紫月以外の者を助けることを禁じているだけだ。あの力はまずい。放っておけば、紫月は瀕死の者をどんどん助けるようになってしまう。右近のあれは──、本来受け入れなければならない死だった」

「そこは理解できます。おっしゃる通りです。腑に落ちないのは、その取り決めを紫月に話していなかったことです。なぜ、隠す必要が?」


 思わず碧霧は返答に困る。そこへ深芳がさらに切り込んできた。


「あの者には明確な取捨選択があったわ。碧霧さまは、どのような条件であの者と交渉をされたのです?」

「……」


 だから二人と話をするのは嫌なのだ。

 ため息一つ。碧霧は、月影との契約について話すため、静かに口を開いた。

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