6 得体の知れない異能者
くたくたのモッズコートを羽織った男は、ボサボサの長いくせ毛の間から細い目を覗かせた。本気ではないにせよ、与平の不意討ちの攻撃を防ぐなんて、ただ者じゃない。
もしかしたら「あやかしかも」と思ったが、人に化けている自分たちを毛嫌いしている様子から、彼らはやはり人間で、人の国には珍しい特殊な能力を持った者だと思われた。
「今の一つ貸しな。確実に死んでたぜ」
「うっさいっ!」
女の顔には、はっきりと斜めに切り傷が付いていて、そこから血がにじみ出していた。与平の刃を紙一重で避けた証拠だ。
「こいつら、今すぐに喰ってやる!」
「ええ~、もったいない。そっちのお姉さん、めっちゃキレイじゃん。こっちの子も可愛いし。ちょっと楽しみたいじゃん」
「いくらおキレイだって、犬相手にやるのと変わらないじゃないの」
今度は「犬」──。その侮蔑的な言葉に紫月は怒りを通りすぎて恐怖を覚える。阿の国でも差別されたり馬鹿にされたり、そういうことはいっぱいあった。しかし、それでも「犬」扱いをされたことはない。
彼らにとって、自分たちは下等な存在でしかないんだと
そんな紫月の気持ちを察したのか、モッズコートの男が興味深そうに彼女を見る。
「ごめんね、口の悪い女で。でも──、人じゃないんだからさ。人並みに扱われなくても仕方ないよね」
与平が紫月たちを庇うように数歩
ショートヘアの女が驚いた様子を見せ、モッズコートの男が興奮ぎみに目を見開いた。
「……鬼?」
「マジか。鬼なんて、見るの初めてかも。あの国の生き物じゃん。これは長柄さんに報告しないといけねえな」
深芳が二人をにらみつつ不快げに鼻を鳴らした。
「ねえ、ヘイさん。人の術者って、こんなにろくでもないの?」
「いや、単にこいつらがろくでもないだけだ」
言って与平はモッズコートの男に声をかける。
「人の国の術者だな。無駄な争いをするつもりはない。人に
「……強気だねえ。見逃してやるってか?」
男が細い目をさらに細めて笑う。と、その瞳の黒が血のような赤に変わった。
刹那、男の手から一振りの刀がすらりと出てくる。
「!」
さすがの与平も目をしばたたかせた。人の国の術者と言えば、総じて気の
こんな、瞳の色が変わったり、体内から刀を取り出したりするなんて見たことがない。
「──人間、か?」
思わず与平が驚きを声に出すと、目の前の二人は面白そうに笑った。
「あらあ、人間よ。あんたたちと違ってね」
ショートヘアの女も目を赤く変化させ、その手から刀を抜き出す。漆黒の刃は、まるで闇夜に光る血糊のようだ。
「私たちに出会ったのは不運だったわね。あんたたち」
「……何者だ?」
「
「……」
与平が刀の柄を握り直した。これは、ただの「術者」ではない。彼は厳しい面持ちで二人の異能者と対峙する。ややして、与平は真偽を問うような眼差しを二人に投げた。
「あやかしを喰らう……。聞いたことがある。人間の中に特異な能力を持つ、闇の淵に住まう集団がいると」
「なんだ、知ってるじゃない」
ショートヘアの女が満足げな顔で、刀の切っ先を紫月たちに向けた。
「つまり、あんたらはこの鬼喰いのエサだってこと!」
言い終わるやいなや、ショートヘアの女とモッズコートの男が与平に向かって斬りかかった。
「まずはあんたよ、二本角!」
「久しぶりの強い獲物だ! 楽しませてくれよお!」
両サイドから二つの刃が襲いかかる。
「ヘイさん!!」
刹那、与平は女の刃を素早くいなして体勢を崩し、男のを自身の刃で受け止めた。そしてそのまま、女の体を蹴り飛ばす。女が数メートル後ろへと吹き飛んで、ごろごろと地面を転がった。
モッズコートの男は、与平と刃をぎりりと合わせながら背後に向かって声をかけた。
「おい、生きてるか?」
しばしの沈黙の後、ショートヘアの女が低い呻き声とともにゆっくりと体を起こした。しかし、与平の蹴りが相当効いているようで、立ち上がったものの再びがくりと膝をついた。
「馬鹿が。鬼相手に油断すんな。もっとしっかり体に結界を結んどけ」
「わ……分かってる……わよっ」
一方で、ショートヘアの女がよろけながらも立ち上がったことに深芳や紫月は内心驚いていた。人と鬼では
与平の蹴りをまとも受けたのだ。死んでしまってもおかしくない。それが、立ち上がった。
「俺ら、そこそこ強いはずなんだけどな。眉一つ動かさないなんて、余裕だな」
「悪いが、相手をするつもりはない。──紫月!」
紫月が何もない空間に手をかざす。と、そこの空気がゆらゆらと揺らいだ。モッズコートの男が「え?」と怯む。
「結界に干渉できるのか?! おい待て、ここは長柄さんの結界だぞ」
「そう、この結界の
紫月は嫌みたっぷりに男に答える。
結界に干渉を始めると、当然ながら大なり小なり抵抗される。しかし、この結界の持ち主は、こちらの干渉を逆手にとって、さらに捕らえようとしてくる感じだ。
それならば、と紫月は歌を口ずさむ。いつだって歌声は彼女の力の源であり、戦う
歌声とともに周囲の建物がぐにゃりと歪んだ。
次の瞬間、人の異能者二人を残し、紫月たちは偽りの街並みから姿を消した。
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