8 深芳の告白(2)
「伯母上、あなたは
「ひどい言い方ね」
「すみません。しかし、当然に感じる疑問です」
肩をすくめる深芳に苦笑を返しつつ碧霧は自分の考えを述べた。
そして彼は、ひと呼吸置いてから単刀直入に言った。
「紫月の父親は、元伯家の清影さま──。違いますか?」
婉曲な物言いは、いたずらに話を長くするだけである。彼はそのまま言葉をたたみかけた。
「紫月が元伯家の血筋を受け継いでいると考えれば、あれだけ月詞を歌いこなすのも合点がいきます」
「清影さまは、二百年の間、座敷牢に囚われていた。簡単に会うことなんてできないわ」
「知っています。座敷牢の門には強固な結界が結ばれ、そこを常に牢番が守っていた。そうだな、与平?」
かつての牢番頭である与平にちらりと目をやる。すると、彼はただ黙ってうなずいた。無表情はさすがと言うべきか、彼は成り行きを見守っているだけである。碧霧は再び深芳に視線を戻した。
「しかし、そこに通い続けた女性がいたと聞きました。そして、その女性が伯母上ではないかという噂があったということも。当然、
「……よく回る口ね。そんな下世話な話を伯子がなさるなんて」
艶めいた笑みを浮かべ、深芳が不快げに鼻を鳴らす。もっともな反応である。
しかし、この推測は間違っていないはずだ。
碧霧は怯みそうになる気持ちを叱咤し、彼女をまっすぐ見つめた。
「六洞家管轄の座敷牢にわざわざ
「そんな小難しい話ではないの」
ぽつり、と深芳が呟いて碧霧の言葉を止めた。そして彼女は、ふうっと大きく息をつくと、申し訳なさそうに与平を見た。
「ヘイさん、碧霧さまと二人で話がしたいわ。あなたに隠し事はないけれど、私以外の者のことを話すことにもなるから」
「儂はかまわないが」
「ありがとう」
深芳が与平の首に両腕を回し、二人は碧霧の目の前で口づけを交わす。お互いに深く信頼し合っていることが見ていても分かる。
与平は「では儂はこれで、」と碧霧に目礼しつつ立ち上がると、そのまま寝室へと戻ってしまった。
「本当に仲がいいんですね」
「もちろんよ。ヘイさんは、私の全てを受け止めてくれる男だもの」
「それは、伯母上の秘密も全部という意味ですか?」
碧霧が含みのある言葉を深芳に投げる。深芳は艶やかな笑みをふわりと浮かべ、「ここからは、私の思い出話みたいなものよ」と前置きをしてから、穏やかな口調で話し始めた。
深芳は、幼い頃から千紫といつも一緒だった。角の数は違ったが、父親同士が同じ伯学子であり仲が良かったからである。
ある時、深芳に転機が訪れる。彼女の父親が亡くなり、母親が鬼伯の後妻となって奥院に入ることになったのだ。深芳は後妻の子として、母親と一緒に奥院に入ることになったが、千紫との仲は変わらることはなかった。
そんな中、深芳は初めて恋をする。相手は当時の伯子であり、義兄でもある清影である。しかし、義兄に親友の千紫を紹介すると、彼は機知に富む千紫を瞬く間に好きになった。
それが二人の不幸の始まりだった。
当時の鬼伯であった
周囲には「角の数にこだわらない」と言っていたはずの
理由は、二つ鬼は
なんてくだらない、と深芳は思った。月詞を歌えずとも千紫の聡明さは余りある。その才を見いだすことなく、彼女を旺知の慰み物として排除するなんて、暴挙に等しい行為だ。
かくして伯家の凋落は深芳にとって必然と言えた。どんどん力を増していく
女はいつでも男の
ところが、深芳が連れていかれた先は、旺知の兄で「なし者」である九洞
拍子抜けした深芳であったが、事はそう単純なものではないことをすぐに知ることになる。
角のない鬼であるがゆえに世間から隔離され、隠された存在だった九洞成旺。そのなし者が、千紫のことを「千」と愛称で呼んだのである。
今まで千紫のことを愛称で呼んだ男などいなかった。少女のような表情を見せる千紫の姿も初めてだった。
同時に深芳は自身の立場をあらためて理解する。自分が成旺の
愕然とする深芳に千紫はさらなる要求を突きつけた。
「……それが、月に一度だけ伯子の元に通うこと。千紫は私に清影さまの子を生むことを望んだ」
「ち、ちょっと待ってください──っ」
深芳の話を止めて、碧霧は片手で口元を覆った。
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